第22話 邂逅する悪意
僕たちは休憩を挟みつつ、第二層につながる階段を探すことにした。
点在している陸地には半壊している建物があって、モンスターに見つかることなく休むことができた。
さらに、手つかずのアイテムが落ちていることがあるのも良い。
このダンジョンはC級なので、いきなりレアリティが高いアイテムが出ることはまず無いけれど、小遣い稼ぎにはなる。
とはいえ、探索は休憩のついで。
僕たちに課せられているのは、メスヴェル氷窟の深部にあるダンジョンコア破壊で、探索はコアを破壊した後に来る別働隊の仕事だ。
「……ねぇ、デズきゅん。これって魔術書だよね?」
休憩がてら廃屋探索をしているとリンさんが声をかけてきた。
彼女の手にあったのは、一冊の魔術書。
「ですね。見たところ【
ドロシーさんやララフィムさんが使える魔術書だ。
レアリティで言えば、下から2番目。
初級か中級クラスの魔術書かな?
何にしても、特段珍しいものでもない。
「アンコモンだと、貰えて10リュークくらいだと思いますよ」
「あ〜、そっかぁ……でも、晩ごはんに一品追加できるくらいにはなるか」
リンさんは少々残念そうに魔術書をポーチの中に入れる。
こうやって探索中に手に入れたアイテムは全てクランに渡すことになっていて、入手したアイテムによって臨時ボーナスが支払われる仕組みになっている。
ただ、自分で使いたい武具や魔術書が手に入った場合はクランに申請することで優先的に与えられるらしい。
ララフィムさんの【朧火】もそうやって手に入れたと言っていた。
「あ、見て、なんか変な人形も落ちてる」
「え? 人形?」
リンさんが瓦礫の中から何かを拾いあげて見せてくれた。
木彫りの人形……と言えばいいのだろうか。
だけど、確かに変な形をしているな。
ぱっと見は人間の形をしているんだけど、足がひとつしかなくて手が4つある。
何ていうか……全然かわいくない。
子供がもらったら、泣いちゃいそうだ。
『ほほう?』
ひょいと覗き込んできたのは、ララフィムさんだ。
『ゴミしか出ぬC級ダンジョンで探索などやる必要はないと思っていたが、考えを改める必要がありそうじゃの』
「え? これってもしかして、良い物なんですか?」
『ああ。それはエピッククラスの魔導具じゃ』
「……ええっ!?」
びっくりした。
エピックって、上から3番目のレアリティじゃないですか。
そんなものがなんでこんなところに?
「すんごっ! エピッククラスって、ボーナス結構凄かったよね!?」
「そうだな。確か数万リュークほど貰えるはずだ」
「数万! うひょっ!」
「す、すごい……!」
ガランドさんの言葉に、リンさんやドロシーさんの顔がぱぁっと明るくなる。
うん、そんな顔になっちゃうよね。
数万って言ったら、僕たちがシュヴァリエから貰ってる月給と同じくらいだし。
これは今晩は盛大にパーティかな?
エピッククラスのアイテムなんて初めて見るのか、リンさんの周りに集まるガランドさんたち。
そんな彼らを眺めながら、僕は小休止。
エピックアイテムを手に入れたけど、僕たちの目的は別だからね。これからの戦闘のことを考えて、しっかりと休んでおかなきゃ。
「……あれ?」
と、不思議そうなリンさんの声が浮かんだ。
「なんか人形が小刻みに動いてる?」
『……え?』
「ほら、なんだか人形の手がピクピク動いて──」
『……っ!? ウソじゃろ!? そいつを早く捨てろ!』
ララフィムさんが叫んだ瞬間だった。
凄まじい衝撃が、辺りの空気を震わせた。
「きゃああっ!」
「ぬうっ!?」
「……っ!?」
その衝撃で弾き飛ばされるリンさんたち。
僕は少し離れていたから無事だったけど、他の三人は人形から弾き飛ばされてしまう。
「み、みんな!?」
「……」
慌てて近くに倒れていたドロシーさんの体を起こしたが、意識がなかった。
他のふたりもピクリとも動かない。
これは、魔導具の効果か?
『魔導具が発動したじゃと!? 一体誰が……いや、それより早くこの場から離れんと──』
「……っ!? ララフィムさん……っ!?」
ジジッと焼き切れるような音がすると同時に、ララフィムさんの幻影が霧のように消えていった。
廃屋に残されたのは、倒れたメンバーと人形。
そして、運良く難を逃れた僕──。
失敗した。これは
ララフィムさんが一緒だからと油断していた。こんなことになるなら、【視覚強化】で罠の警戒をしておくべきだった。
だけど、と地面に転がっている人形を見て思う。
エピッククラスの罠なんて聞いたことがない。
ここはC級ダンジョンだし、これってもしかして──。
「よう」
不意に廃屋の中に男の声が響く。
咄嗟に身構える僕だったが──。
「……エピッククラスの魔導具の味はどうだ?」
廃屋の外からこちらを見ているその男の顔に、唖然としてしまった。
「キ、キミは……アデル!?」
「久しぶりだな。デズモンド」
いや、アデルだけじゃない。
彼の後ろに立っているのは、マリンとカロッゾ。
以前僕が所属していたエスパーダのメンバーが全員揃っている。
「お前を探すのに随分と苦労したぜ? おかげで貯めた金もすっからかんになっちまった」
「ど、どうしてキミがここに」
「どうして? 決まってんだろ。お前が俺らにかけたクソみたいな付与術を解いてもらうためだよ」
「……付与術?」
って、何のことだ?
「い、一体キミは何の話をしてるんだ?」
「そういうごまかしはいらねぇんだよ。時間の無駄だ。お前がエスパーダを離れるときに俺たちにデバフの付与術をかけたのはわかってんだからなぁ」
「デバフ?」
余計に困惑してしまった。
エスパーダを離れるときに持っているポーションやダンジョンマップはあげたけど、そんな付与術なんてかけた覚えはない。
というかそんな魔術、使えないし。
「今すぐ俺たちにかけた魔術を解け。そうすりゃ、お前とそこに転がってる仲間の命は助けてやる」
「で、でも、僕はキミたちに付与術なんか──」
「ああもう! ごちゃごちゃうるさいわね! さっさと魔術を解きなさいよ!」
金切り声を上げたのはマリンだ。
「あんたを探すためにどんだけ苦労したと思ってんのよ! こっちはスラムのゴロツキに全財産渡してんのよ!?」
「スラムのゴロツキ?」
その言葉に引っかかりを覚えてしまった。
先日、スラム街でとある男が言っていた「僕を探していた」という言葉を思い出す。
「……まさか、黒の下膊のことか?」
「フン。知らねぇな?」
アデルがキュッと口角を吊り上げる。
黒の下膊のリーダーは、僕のことを探しているようだった。
もしかして、アデルが彼らに僕を探させていたのか?
そのありもしない付与術ってやつを解除させるために?
ふつふつと怒りが込み上げてきた。
そんなわけのわかならいことのために、ドロシーさんは危険な目にあったというのか。
「面倒だ」
ドスンと地面が揺れた。
カロッゾが巨大な盾を地面に置いた音だ。
「この付与術を解く気がないのなら、殺してしまえばいい。さっさとやるぞアデル」
「まぁ待て。ダンジョン内での同業者殺しはご法度だ」
冒険者協会はブリストンでの喧嘩は目を瞑っているが、ダンジョン内でのいざこざは見逃さない。
ダンジョン内で冒険者たちが殺し合えば、一日と待たずにブリストの全ダンジョンが血の海になってしまうからだ。
故に、同業者殺しはブリストンで一番重い罪になっている。
「だが……あくまでしらばっくれるってんなら、やるしかねぇよな? 術者が死ねば術も解ける」
「……っ! 協会に見つかればキミたちも終わりだぞ!」
「わかってるよ。やるなら『事故』に見せかけないとなぁ?」
チラリとアデルが視線を逸らす。
その視線の先にあったのは──あの人形だ。
「そろそろ魔導具のもう一つの効果が現れるはずだぜ。『触れているものを異空間に送る』っていう効果がなぁ?」
そのとき、人形に異変が起きた。
再び小さく震え出し、地面の中に消えていったのだ。
そして、僅かな沈黙の後、人形が消えた場所にどす黒い闇が現れた。
「……っ!? 地面が」
それが暗闇ではなくポッカリと空いた穴だと気づいたのは、周辺の瓦礫がガラガラと吸い込まれていったからだ。
まずい。
このままだと、僕たちも──。
「クソッ!」
急いでリンさんたちの元に駆け寄ろうとしたが、ダメだった。
地面に現れた穴はまたたく間に廃屋の床一面に広がる。
アデルが一向に部屋の中に入ってこようとしなかったのは、このためか。
「……っ! ガランドさん、リンさん! ドロシーさん!」
彼らの名を叫んだが、三人の体は闇の中に吸い込まれていく。
そして、僕の体も。
「じゃあな、デズモンド」
空いた穴に落ちる寸前、僕の目に映ったのは歪な笑みを浮かべるアデルの顔だった。
「そのまま落下死してモンスターに食われちまえ」
「……アデルッ!」
その名前を引き連れ、僕の体は暗闇に飲み込まれていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます