第21話 紅赤色の狂気

「……む」



 中層第一階層に入り、第二階層に続く階段を探していると、ふと先頭を歩くガランドさんが何かに気づいた。



「気をつけろ。モンスターだ」



 ガランドさんの声に導かれるように水の中から音もなく現れたのは、エメラルドの鱗に覆われた大きな馬。


 すかさずリンさんが剣を抜く。



「あれってケルピーだよね?」

「ですね」



 ケルピーはただの馬みたいに見えるけど、危険な水棲モンスターだ。


 友好的な素振りを見せて人に近づき、水中に引きずり込んで命を奪うという凄まじくたちが悪い性質を持っている。


 モンスターランクで言えばD+からCだけど、こういった水に囲まれた地域ではC+クラスまで上がる。



『ま、手頃な相手じゃろ』



 そう切り出したのは、ララフィムさん。



『早速、ヌシの付与術を体験させてもらおうかの?』



 チラリと僕に視線を送る。

 そういえば、ララフィムさんが同行したのって僕の付与術を体験するためだったっけ。


 すっかり忘れてた。



『なんじゃ? ほれ、どうした。早く付与術をかけぬか』

「は、はい」



 おやつを前にした子供みたいにソワソワしているララフィムさんに少しほっこりしつつ、失礼して【鑑定眼】でステータスを覗かせていただく。


 

 名前:ララフィム・ノラン・マスターノア

 種族:元人間

 職業:魔術師

 レベル:98

 HP:1580/1580

 MP:4150/4150

 生命力:765

 筋力:130

 知力:1570

 精神力:2600

 俊敏力:105

 持久力:98

 運:650

 スキル:【縮退魔術】【インビンシブルブロック】【バンジャック】【コンバーチブル】【無信仰】【リクスマネジメント】【魔力永劫】

 状態:普通



 これはすごい。


 確か幻影って本体の三分の一の能力しかないって言ってたよね。


 幻影の状態なのにシンシアに勝るとも劣らないステータスだけど、本体の力はシンシア以上ってことなのかな?


 魔術師という職業柄か、知力・精神力寄りだけど、ケルピーくらいなら肉弾戦等でも十分戦えそうだ。


 というか、種族の「元人間」って何だろう……。ちょっと怖い。


 めちゃくちゃ気になるけど、今は戦闘のサポートに集中しよう。


 ララフィムさんは近接戦闘をするわけじゃないだろうから、近接系ステータスは上げる必要がない。


 となると、上げるのはやっぱり知力・精神力だよね。


 それと、いつものMP回復付与セット。


 あとは……そうだ、アレを使ってみよう。



「……よし。ララフィムさん、準備オーケーです。いつでもどうぞ」

『うむ。それではまずは挨拶といこうかの』



 ララフィムさんがケルピーに人差し指を向ける。


 そう言えばララフィムさんって、ドロシーさんみたいに杖を持っていないよな。


 普通は魔術の威力を高めたりするために魔石がはめられた杖を使う。

 なので、「持たないメリット」って無いはずだけど。



「……ん?」



 などと考えていると、天井に雷雲が発生していることに気づく。


 ダンジョンに雨雲!?



『いくぞっ! 【天雷】っ!』



 ララフィムさんの声が響いた瞬間、巨大な雷がケルピーに落ちた。



「うわっ!?」



 凄まじい衝撃が空気を震わせ、まるで爆発が起きたかのように巨大な水しぶきを上げる。


 色々と信じられなかった。


 ダンジョンの中に雷が落ちたり、雷で爆発が起きたりってのもだけど──雷の魔術を使ったことがありえない。


 攻撃系の四大元素魔術に雷は存在しないのだ。


 現代技術で複製ができない魔術を新たに生むのは不可能なはず。


 なのに、一体どうやって雷の魔術を?



「……あ、あれは【縮退魔術】というスキルですよ」



 そう説明してくれたのは、ドロシーさんだ。



「高濃度に魔力を練りこむことで通常とは違う効果が出せるスキルなんです。お師様の得意技というか……」

「な、なるほど。そのスキルで雷の属性に変えたってわけですね」

「は、はい。【縮退魔術】は私も練習中なのですが、まだ上手く使えこなせなくて……」



 そう言えばドロシーさんのステータスにも【縮退魔術】ってあったな。


 てことは、ドロシーさんも四大元素に無い魔術を使えるのか。


 流石は王国最強の魔術師ララフィムさんのお弟子さんだ。



『ほほう、これは凄いの』



 ララフィムさんが感心したような声を漏らす。



『魔術の威力が向上しているだけではなく、魔力の減りも感じん。それに、なんだか思考が加速しとるというか……む?』



 騒ぎを聞きつけてか、数体のケルピーが水中から姿を現した。



『……ふむ。【天雷】」



 すかさずララフィムさんがケルピーに雷を落とす。


 けたたましい悲鳴が上がり、黒焦げになった数体のケルピーの死体が水面にぷかりと浮かぶ。



『……お?』



 ララフィムさんが不思議そうな顔をする。


 すぐさま、魔術を発動させ、ケルピーの群れに巨大な雷を落とす。



『おお!』



 間髪入れず、もう一発。



『おおおおっ!?』



 さらにさらにもう一発。


 天井から凄まじいスピードで切れ間なく雷が落とされる。

 まるで流れ着いた漂流物のように、ケルピーの死体がそこら中に浮かぶ。


「す、すんごっ! ララフィムさんって、魔術をあんなに連発できるんだ!?」

「い、いえ。さすがのお師様でもあんな芸当はできないはずですが……あっ」



 ドロシーさんがちらりと僕を見る。



「もしかして、デズモンドさんが?」

「はい。ララフィムさんに【詠唱速度上昇】という付与術をかけました」



 効果は単純で、術の発動速度を上げるというもの。


 初級魔術なので誤差程度くらいの変化しかないけれど、乗算付与のおかげで20倍くらい速く魔術を打てるようになっているはず。


 基礎ステータスが高いララフィムさんにピッタリだと思ったんだよね。



『ぬっふっふ……良いぞデズモンド!』



 ララフィムさんが小さい肩を小刻みに震わせる。



『魔術を連発できるなんて最高じゃ! ワシは神! 魔術の神になった! ほれ、ワシの前にひれ伏せモンスターども! 頭がたか~い! ぬわっはっはっは!』



 ララフィムさんの高笑いと共に、天井から次々と雷が落ちてくる。


 その度に凄まじい爆発が起き、さながら戦場に舞い込んでしまったかのような錯覚に陥る。


 ──いや、これは錯覚じゃなくて本当に戦場だ。


 このままじゃ、僕たちも死んじゃう。



「ラ、ララフィムさん! 流石にちょっとやり過ぎだと思うんですけど!」



 凄まじい水しぶきを受けながら、ララフィムさんに駆け寄る。



「自重してください! これじゃあ、どっちがモンスターかわかりませんよ!?」

『がっはっは! 毒を食らわば皿までじゃ!』

「それ、意味が違います多分!」



 僕の制止を無視して、さらに魔術をぶっ放しまくるララフィムさん。



「こ、これは流石に逃げたほうが良いのではないか!?」

「だだ、だよねだよね!? 味方の巻き添えくらって死んじゃうなんてやだよあたし!?」

「と、とりあえず、岸に避難しましょう!」


 あわてふためくパーティメンバーたち。


 その意見に僕も賛成だ。そろそろ水上歩行の付与術も切れちゃいそうだし。 


 ガランドさんに守られながら、ララフィムさんの傍をそそくさと離れる。


 ララフィムさんの一方的な殺戮ショーは2分ほどで終わった。

 彼女にかけた僕の付与術が切れたからだ。



『……んむ?』



 山のように重なっているケルピーたちの死体。

 その上で仁王立ちしていたララフィムさんが首をかしげる。



『なんじゃ。もう効果が終わってしもうた。つまらん』

「……」



 そんな彼女を唖然とした顔で見る僕たち。


 そうですか。あれだけやって、まだやりたい無い感じですか。


 どんだけ破壊衝動があるんですか、あなたは! 



「す、すみません、みなさん」



 ドロシーさんが申し訳無さそうに肩をすくめる。



「お師様って、調子にのるとすぐこうなっちゃって……だから『血の悪魔』とか『紅赤色の狂気』とか呼ばれてるんですよね」

「あ〜、なるほど。その二つ名の意味が良くわかりましたよ。あはは」



 引きつった笑いが出てしまった。


 シンシアも大概だなぁとは思ったけど、彼女以上の戦闘狂っていうか。


 しかし、と不満げに唇をとがらせながらこっちに戻ってくるララフィムさんを見て思う。


 今日同行してくれたのが、本体の三分の一の力しかない幻影でよかった!

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