第15話 副業

 魔術書店というのは、その名の通り魔術師が魔術を覚えるために必要な「魔術書」が売られている書店のことだ。


 ここで売られている魔術書を読み解くことで魔術を習得することができる。


 だけど、自分の「適正」外の魔術書を読んでも習得はできない。


 攻撃魔術を使うドロシーさんみたいな魔術師が治癒術書を読んでも習得できないし、付与術書を読んでも意味がない。


 ちなみに、自分に何の魔術に適正があるかは一通り魔術書を読んでみて判別するしかない。



「うわぁ……魔術書店ってはじめてきたけど、種類がたくさんあるんだね」



 立ち並ぶ本棚を見ながら、らしくなく静かな声でリンさんがささやく。


 魔術書店の雰囲気は他のお店と違って、少し静謐な雰囲気があるから流石のリンさんも自重してるっぽいな。


 この雰囲気と古書の匂い、苦手なひとも多いけど、僕は大好きなんだよね。



「そうですね。こっちの棚は攻撃系の魔術書で、こっちは治癒系……上段に行くほどレアリティが上って感じです」

「へぇえええ……たまにダンジョンから魔術書持ち帰ることがあるけど、こうやって並んでいるのを見るとなんだか壮観だわ」



 ここに並んでいる魔術書は、すべてダンジョンから持ち出されたものだ。


 古代文明の遺産ともいえる魔術は現代技術では再現できず、魔術書の複製もできない。


 だから、もし欲しい魔術書があっても、ダンジョンから持ち出されるのを待つしかないのだ。



「……あれ? でも上に行くほど品数が少ない?」

「レアリティが低い初級魔術は低ランクのダンジョンでも出ますけど、上級とか特級の魔術書はあまりお目にかかれないんですよ」

「なるほどね〜、そこあたりは魔導具と一緒か」

「ですね」



 魔導具はレアクラスひとつ数万リュークで取引されているけど、魔術書も同じくらいの金額で取引されている。


 ちなみに、レアリティは一番低い「コモン」からはじまり、「アンコモン」「レア」「エピック」「レジェンド」、そして最上位の「アーティファクト」まで6段階ある。


 エピック以上の魔術書は「特級魔術書」と呼ばれていて、お目にかかることはほとんどない。


 魔導具と一緒で市場には出回らずオークションにかけられ、高名な魔術師やコレクターの手に渡るからだ。


 なんでも、一生遊んで暮らせるくらいのお金で取引されてるとかなんとか。

 実に夢があるなぁ。



「デズきゅんって、初級の付与術しか使えないんだよね?」

「はい。理由はよくわらかないですけど、乗算付与の副作用的なものだと思います」



 なので、僕がいつも見ているのは一番下の「コモン」クラスだけ。


 まぁ、乗算付与のおかげで効果は折り紙付きだけど。


 それに、初級はリーズナブルだし人気がないから品揃えが豊富とメリットずくしなんだよね。


 難点なのは本棚から探すときに屈むから腰が痛くなるくらいかな?


 というわけで、早速お目当ての魔術書を探すことにした。

 僕が使う魔術なので、付与術の棚の一番下。



「ええっと……【着ている服に生乾きの匂いを付与する魔術】……違う。【少しだけ便意が強まる魔術】……これも違う」

「なにそれ、面白そうな魔術書」



 目を輝かせるリンさん。

 リンさんってば、こういう魔術、好きそうだよね。


 そうして棚を漁るディグること15分ほど。



「……あった、これだ!」



 ようやく目的の魔術書を発見した。


 全く人気がない魔術書だから在庫はあると思ってたけど、いかんせん初級魔術書は種類が多いから探すのに時間がかかってしまうなぁ。



「それって?」

「ええっと……【錬成力強化】と【錬成速度上昇】の付与術書ですね」



 僕が探していたのがそれだった。


 錬成力強化は「生成するアイテムの出来がほんの少しだけ強化される付与術」で、錬成速度は「生成速度が気持ち速くなる」もの。


 戦闘では全く使えないし、鍛冶や錬金をする人にとっても「無いよりあったほうがいいかな?」レベルなので人気は全くない。


 さっきの変な魔術書といい、こういう訳のわからないものもダンジョンから結構出てくるんだよね。


 多分、古代文明人がお遊びで作ったんだと思うけど。



「なるほどね。その付与術を使って、剣作りを手助けしようってわけか」

「そういうことです」

「でも、微妙な効果なんだよね?」

「普通の付与術師が使ったら微妙だと思います。でも僕には乗算付与があるので」

「……あっ、そういうことか」



 普通に使っても効果は微々たるもの。

 だけど、乗算付与で使えば驚くべき効果が出ると思う。


 やったことがないから、どれくらいのものかは未知数だけど。



「とりあえずこれを買って、リーヴェンさんの所に戻りましょう」

「おっけ!」



 2冊の初級魔術書を買って、書店を後にした。


 使ったお金は30リューク。一冊につき15リュークだ。

 多分、リンさんが買ってた串焼き一本くらいかな?


 う〜む、やっぱり初級の魔術書ってリーズナブルでいいな。



***



「はぁ……俺に付与術」



 炉の前でリンさんの剣の製作準備をしていたリーヴェンさんが首をひねった。



「はい。今からリーヴェンさんにいくつか付与術をかけます。その状態で剣を打って欲しいんです」

「なるほどねぇ」


 

 と言いつつ、どこか信じられないと言った顔をするリーヴェンさん。


 そんなことで剣を速く打てるんなら、もう皆やってるよ。

 ──なんて言いたげな顔だ。


 そんなリーヴェンさんに、覚えたての付与術と、身体能力強化系の付与術をかける。



「……よし、一通り付与術をかけました。きっと良い結果が出ると思います」

「ホントですか? や、魔術を信じてないわけじゃないですよ? だけど、そんなもんで剣の出来が変わっちまったら──」



 などと言いながら、リーヴェンさんが熱した鋼に鎚を振り下ろす。


 カキンと小気味良い音が、鍛冶場に広がる。


 異変はすぐに起きた。

 その一回で、鋼の形が大きく変わったのだ。


 専門知識があるわけじゃないからうろ覚えだけど、鋼を引き伸ばす鍛造ってもっと時間がかかったはずだよね?



「わ、すご。一回鎚を打っただけで形が変わったよ?」

「……あ、ありえねぇ……ありえねぇぞこんなの!?」



 リンさんとリーヴェンさんが驚嘆の声をあげる。

 やっぱり普通じゃなかったみたいだね。


 リーヴェンさんが再び鎚を振り下ろす。



「う、うわぁ!? マジかよ!? 数回打っただけで鋼が伸びちまったぞ!?」

「すごーい!」

「な、なんだこの剛性……それに焼入れするたびに桁違いに固くなっていくぞ!?」

「よくわからないけど、すごーい!」



 鎚を打って冷やすたびにリーヴェンさんが驚きの声を上げ、リンさんがどうでも良い合いの手を入れる。


 そうこうしているうちに、鋼がみるみる剣の形になっていく。



「す、すげぇ。こんな速さで打てるなんて……しかも、これまでにない最高の出来だ。仕上げたらとんでもない物が出来上がっちまうんじゃねぇか、これ……」



 リーヴェンさんがため息混じりで、出来たばかりの剣を光にかざす。


 素人目でも、太陽光を反射する剣のきらめきが普通じゃないのが分かった。

 くもりがないというか、不純物がないというか。


 リーヴェンさんが丸くした目で僕を見る。



「あ、あんた一体何をやったんだ? 俺にかけたのは何の付与術なんだ?」

「ええっと……【錬成力強化】と【錬成速度上昇】……それに、【身体能力強化】の【筋力強化】をかけました」



 ざっと店主さんにかけた付与術の説明をする。



「……ううむ。あまり詳しくはないが特別な魔術じゃなさそうだな。でも、こんな効果があるなんて、付与術ってのは凄い魔術だったんだな。知らなかったぜ」

「あ、でも、他の付与術師さんには無理な芸当だと思うよ?」



 そう補足したのはリンさんだ。



「デズきゅんの付与術って特別でさ。乗算付与っていうらしいんだけど、普通の付与術と比べて、効果が何十倍もあるんだ」

「乗算、付与?」

「そ。デズきゅんだけが使える付与術っていうかさ」

「……なるほど」



 その説明だけで理解したのか、リーヴェンさんは再び剣を手に取る。


 そして念入りに出来を確かめた後、僕に視線を向ける。



「あんた、名前は?」

「……え? 僕ですか? デズモンドです、けど」

「デズモンドさん、か」



 リーヴェンさんは剣を起くと、あろうことか僕に深々と頭を下げた。



「デズモンドさん。あんたに折り入ってお願いがある。是非、ウチの仕事を手伝ってくれないだろうか?」

「うえっ!?」



 いきなり過ぎてびっくりしてしまった。



「ぼ、僕が鍛冶の仕事を、ですか?」

「そうだ。あんたの協力でこれほどの剣を打てるなら、今の10倍……いや、20倍は稼げる。もちろん見合った報酬は出す。今、冒険者で稼いでる金の倍を払ってもいい。どうだろう?」

「ちょ、ちょちょ、ちょっと待ってください!」



 困ってしまった。


 なにせ、今回リーヴェンさんの仕事を手伝ったのはリンさんの武器を作るためで、転職先を探していたわけではないのだ。


 正直、今の報酬の倍っていうのは少しだけ惹かれる。


 だけど、僕のやりたいことは鍛冶屋ではなく冒険者。

 目指しているのは一流の鍛冶職人じゃなく、前人未到のS級ダンジョン踏破者なのだ。



「ご、ごめんなさい。せっかくのお話ですけれど、お断りさせていただきます」



 僕は深々と頭を下げる。



「冒険者をやめるつもりはないんです。お金とか、そういう問題じゃなく」

「そ、そうか……」

「でも、たまにここにお手伝いに来ますよ。お仕事としてやるのは無理ですけど、ご協力させていただきます。それでどうですか?」

「……っ!? ほ、本当か!? それでいい! よろしく頼むよ!」



 ぱあっと破顔したリーヴェンさんが、岩のように硬い手で握手してきた。

 僕の貧弱なステータスのせいか、めちゃくちゃ痛い。


 リーヴェンさんとの協議の結果、手伝いに来るのはダンジョン探索が無いオフの日で、協力の報酬は一回につき2000リュークということになった。


 良い宿で一泊1000リュークくらいなので、結構な金額だ。これだけでも生きていけると思う。


 これは相当良い副業が決まっちゃったな。


 その契約に満足したのか、リーヴェンさんは満面の笑みを浮かべながら剣の製作に戻った。


 ほぼ完成しているらしいんだけど、柄の部分を作って仕上げ作業をする必要があるのだとか。


 30分ほどですべての作業は終わった。


 驚いたことに、製作代金をかなり安くしてもらえた。

 理由をリーヴェンさんに尋ねたところ、「これから稼がせてもらいますからね」と笑っていた。



「えっへっへ……」



 鍛冶屋を後にして通りを歩いていると、リンさんがニヤけているのに気づく。



「ど、どうしたんですか? そんな顔して」

「いやぁ、嬉しくってさ」

「嬉しい? ……あぁ、剣のことですか」



 新しい装備ってワクワクしちゃいますもんね。

 修繕するつもりだったのに安価で新しい剣に新調できて、そりゃニヤケちゃうか。



「いやいや、全然違うから」



 だけど、リンさんは首を横に振る。



「デズきゅんの凄さがわかる人が増えて嬉しいなってさ」

「……え?」

「同じパーティにいるあたしも鼻が高いよ」



 嬉しそうに鼻を鳴らすリンさん。


 ぽかんとしてしまった。 


 未だかつて、そんなことを言われた記憶がない。

 エスパーダのメンバーは、僕の能力すら理解しようとしなかったし。


 なんだか恥ずかしいけど……ちょっとだけ嬉しいな。



「でも、副業ができてよかったね。結構な稼ぎになりそうだ」 

「……あ、そうだ。あの報酬ですけど、僕個人じゃなくてパーティで使えるお金にしましょう」

「うえっ!?」



 リンさんが素っ頓狂な声をあげる。



「なんで!? いいの!?」

「もちろんですよ。報酬からみんなの装備のメンテナンス費を出せば、探索が楽になりますからね。それに、仕事を手伝うって言ってもリーヴェンさんに魔術をかけるだけなんで」



 ポーション類の雑貨はクランで出して貰えるけど、その他の費用は自腹になっちゃうからね。

 これでダンジョン探索がはかどるなら、僕としてもありがたいし。



「……はぁ、本当にデズきゅんってば」



 リンさんが呆れたような顔で笑う。



「前から思ってたんだけどさ、デズきゅんって冒険者っぽくないよね?」

「え? そ、そうですか?」

「うん。なんていうか……がめつくないっていうかさ。そんな人はじめて見るよ」


 がめつくない、かぁ。


 確かにお金に無頓着ってのはあるかもしれない。

 実力が冒険者っぽくないってのは自覚しているけど。


 万年D級だし。



「でもまぁ、それがデズきゅんの良いところなんだけどね」

「あ、ありがとうございます」

「どういたしまして。というわけで、早速酒場に行こっか?」

「わかりました……って、酒場?」



 え? 何で酒場?


 ぽかんとしてしった僕をよそに、リンさんが意気揚々と続ける。



「あたしの剣の完成祝いプラス副業祝いも兼ねて飲もうよ。もちろんデズきゅんのおごりで」

「うえぇっ!? お、おごり!? なんで!?」

「え? だって、デズきゅんのお金はみんなのものなんだよね?」



 リンさんは悪びれる様子もなく首をかしげる。


 ちょっと待って!?

 リンさんってば、さっきの話……超絶に過大解釈しちゃってない!?

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