第14話 新しい武器
メスヴェル氷窟の上層階層主を倒してから2日。
僕はブリストンの広場にいた。
「迷宮広場」とも呼ばれ、街の人々に親しまれているここは街の南地区、ボロ屋が立ち並ぶ辺鄙な場所にある。
そんなところにどうして広場が作られているのかといえば、ブリストンの顔とも言える「とあるダンジョン」があるからだ。
広場に寄り添うようにそびえ立つ、まるでお城かと思うくらいの立派で堅牢な門扉。
世界で唯一、迷宮協会からS級を与えられた超難関ダンジョン「
踏破者が未だに出ていないグランドネイヴルの全貌は明らかになっていないが、生息するモンスターはすべてS級の「災害クラス」の化け物だと言われている。
このダンジョンを踏破することが全冒険者の夢であり目標──なんだけど、未だに深部はおろか上層すらクリアした者はいない。
「デズきゅん、おっす〜」
ぼんやりとグランドネイヴルの入り口を眺めていると、気の抜けた女の子の声が聞こえた。
金髪のボブカット。
異様に肌の露出が多い、背の小さな可愛らしい女の子。
リンさんだ。
「あ、おはようございます。リンさん……って、どうしたんですかそれ?」
あいさつもそぞろに、つい尋ねてしまった。
現れたリンさんは、両手に10本近く串焼きを抱えていたのだ。
「これ? やっぱり聞きたくなっちゃうよね? ね?」
「……いえ、そこまでじゃないです」
すでに表情がうるさいし。
リンさんは美味しそうに串焼きを一本頬張ると、僕の返答をガン無視して意気揚々と続ける。
「ほら、この前のアイスゴーレム討伐の臨時報酬をシンシア様から貰ったじゃない? それで、たまには串焼き食べたいなって思ったんだけど、屋台のお兄さんが『可愛いお嬢ちゃんにはサービスしてあげる』って言ってさ。や〜、分かる人にはわかっちゃうっていうか? お嬢様オーラがにじみでてるんだね、あたしって」
「……あ〜」
話の半分以上はわからなかったけど、要するに臨時収入が入ったから奮発したってことでいいのかな?
うん。そういうことにしとこう。
先日のメスヴェル氷窟上層最速クリア報酬として、僕たち55番パーティは臨時ボーナスをいただけることになった。
シュヴァリエのメンバーは基本給与制だけど、そういう輝かしい功績を残した人間には特別報酬が支払われるらしい。
う〜ん、なんて素晴らしいクランだろう。
ちなみに、シンシアから金一封を渡されたとき「また、お祝いの場を設けよう」とウキウキで耳打ちされたけど、次の日、可哀想なくらい凹んでいた。
なんでも、2日かけてA級ダンジョンに潜ることになったとか。
というわけで、シンシアとご飯に行くのは彼女が戻ってきてからということになり、臨時ボーナスで装備のメンテナンスをすることになった。
これは後で気づいたんだけど、ガランドさんの装備だけじゃなくリンさんの剣もボロボロになっていたんだよね。
その原因は僕がかけた【属性付与】だと思う。
強力な属性付与は装備にかかる負担も大きく、修繕が必要になるくらいダメージを負うことがある。
だからリンさんの装備のメンテナンス費は僕が出そうと思って、こうやって彼女に同行することにしたんだけど──。
「──だから言ってるでしょ。あたしの装備なんだし、自分で払うから」
もう一度、弁償すると申し出たんだけど断られてしまった。
リンさんは頑なに自分のポケットマネーで払うと聞かないのだ。
「でも、リンさんの装備をボロボロにしたのは僕の魔術だし」
「デズきゅんの乗算付与がなかったら、絶対アイスゴーレムに勝てなかったじゃん。だからこれは必要経費なの。あんだすたん?」
「……もがっ」
その口を閉じろと言いたげに、リンさんが串焼きをひとつ僕の口に押し込んできた。
甘酸っぱい串焼きのタレの味が口の中に広がり、つい咀嚼してしまった。
うん、美味しい。
しかし、とリンさんを見て思う。
呆れるくらいに適当な性格なのに、そういうところはしっかりしてるんだな。
あまり踏み込んで聞いてないけど、もしかするとお金に苦労してたりするのかもしれないな。
「……ん?」
などと考えていると、刺すような視線を感じた。
ゴロツキが多い冒険者という職業柄、衛兵さんから胡乱な目で見られるのは慣れている。
だからああやって睨まれるのは別にいいんだけど……不思議に思ったのは、衛兵さんの数だ。
ざっと見ただけで、広場に5人くらいの衛兵さんがいる。
いつもはこんなにいないのに、どうしたんだろう?
「というか、やけに衛兵さんが多くないです?」
「あ、デズきゅんも気づいた? あたしは一時間前くらいから気づいてたけど」
「そうですか。何かあったんですかね」
変なところで張り合ってきたけれど、華麗にスルーした。
慌ててる雰囲気は無いし、何か事件があったってわけじゃなさそうだけど。
そんなことを考えていると、丁度別の衛兵さんが目の前を通りかかった。
「あ、ちょっとそこの衛兵さん?」
すかさずリンさんが声をかける。
「なんだか衛兵さんが多いみたいだけど、何かあったの?」
「……ん? お前、冒険者か?」
「そうだよ」
あっけらかんとした表情でリンさんが答える。
「ふむ。だったら無関係でもないし教えておいたほうがいいかもしれんな」
そう言って、衛兵さんは険しい顔で続ける。
「ここ数日、街のゴロツキどもが殺気立っててな。冒険者が襲われる事件が多発してるのだ」
「え? 冒険者が?」
「そうだ。襲われるだけじゃなく拉致されたりな。中には殺された者もいる」
「何それこわっ」
オーバーリアクション気味にリンさんが身を震わす。
「……そっか。それで衛兵さんたちがこうやって見張ってくれてるってわけね」
「そういうことだ。お前たちも注意しろよ」
「あんがと。お仕事頑張ってね」
去り際、串焼きをひとつ衛兵さんに渡すリンさん。
険しい顔をしていた衛兵さんが、にこやかに僕たちを見送る。
それを見て、つい「ううむ」と唸ってしまった。
リンさんってば、めちゃくちゃコミュ力高いよなぁ。
その部分だけで言えば、シンシアより凄いかもしれない。
しかし、ゴロツキの冒険者傷害事件、か。
犯人は腕に覚えがある「冒険者崩れ」ってところなのかもしれないな。
元冒険者が犯罪に手を染めるなんて話はめずらしいものでもない。
シュヴァリエの第五旅団にもゴロツキみたいな連中は多いし。
でも、冒険者を狙ってるってことは、クランをクビにされた連中が「お礼回り」をしてるんだろうな。
無関係な僕たちがいきなり襲われるなんてことはないだろうけど……まぁ、注意しておくか。
そうして僕たちが向かったのは、ブリストンの南地区にある、とある鍛冶屋。
シュヴァリエの連盟拠点にも鍛冶屋はあるんだけど、ここがリンさん行きつけのお店らしい。
なんでも店主のリーヴェンさんという人が色々と融通してくれるのだとか。
「……ん〜、こりゃ修繕はやめといたほうがいいかもな」
そのリーヴェンさんは、リンさんの剣を見るやいなや眉根を寄せた。
「刃が欠けてるくらいならなんとかなるけど、芯までやられちまってる。こりゃ相当凄い付与術をかけられたんだな」
「え? わかるの?」
「そりゃあな。たまにシュヴァリエの第一旅団の方たちが相談にくるんだよ。同じような消耗の仕方でな。聞いてみたら、付与術によるもんだってさ」
「へぇ〜……」
納得したようなしなかったような微妙な返事をするリンさんの隣で、恐縮してしまった。
僕の付与術が第一旅団のメンバーと同等だなんて、ちょっと盛りすぎじゃないですかね。
「とにかく、この剣は修繕してもまたすぐダメになる。金の無駄だよ」
「打ち直したしたほうが安くすむってことか」
「そういうことだ」
「んむ〜」
リンさんが難しい顔で首をひねる。
多分、彼女が悩んでいるのは、お金じゃなくて時間だろう。
なにせ、ララフィムさんと一緒に中層探索をはじめるのは2日後なのだ。
一から作り直すとなると、探索に間に合わなくなる。
「あの、リーヴェンさん」
なので、ちょっと手助けしてあげることにした。
「よろしければ、僕が剣の製作に協力しましょうか?」
「……え?」
リーヴェンさんが目を丸くする。
「協力って……あんた、鍛冶師なのか?」
「いえ、ただの付与術師です」
「……?」
ぽかんとするリーヴェンさん。
「とりあえず、準備してからまた来ますね」
「え? お、おう。わかった」
困惑顔のリーヴェンさんを横目に、リンさんと一緒に店を出る。
「ちょ、ちょっとデズきゅん?」
早速、リンさんが尋ねてきた。
「協力ってどゆこと? てか、どこ行くの?」
「魔術書店ですよ。そこでリンさんの新しい剣を作る準備を整えるんです」
「…………あ〜、なるほど。はいはい」
理解したような口ぶりだけれど、頭の上には大量にクエスチョンマークが並んでるように見えた。
まぁ、それだけじゃわかるわけないよね。
時間がないので説明は後にして、リンさんと一緒に魔術書店へと急いだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます