第7話 幕間 エスパーダ
デズモンドがエスパーダから去った次の日──。
ブリストンの北区画にあるC級ダンジョン「グリーンバイツ」に、アデルたちエスパーダのメンバーたちの姿があった。
彼らの周囲を取り囲んでいるのは、非力なモンスターの代名詞的存在であるゴブリンの群れ。
いつもなら相手にもならないモンスターだが──今回ばかりは違っていた。
「ちょ、ちょっとカロッゾ!? こっちにゴブリンが来たんだけど!?」
ゴブリンの集団が盾師カロッゾを素通りして、後衛のマリン目掛けて突っ込んでいく。
「……くそっ」
慌ててマリンの前までさがってターゲットを引き受けるカロッゾ。
「おい! 何やってんだカロッゾ! 一体何度目だ!? しっかりゴブリンの標的を固定しろ!」
「だまれアデル。お前こそゴブリンくらい一人で仕留めろ。さっきから逃げられてばかりではないか」
「ああ!? ンだとこの野郎!? 今日は調子が悪いだけだっつってんだろ!」
「喧嘩しないで! 新しいのが来るよ!」
わらわらと群れをなしたゴブリンたちが岩陰から現れた。
「クソっ! 数が多すぎる! お前の魔術でなんとかしろ、マリン!」
「だから今は魔術が使えないんだってば!」
「ふざけんな! さっきから一発も魔術を撃ってねぇじゃねぇか!」
そうこうしているうちにアデルたちを取り囲むゴブリンの数はどんどん増えていく。
ざっと数えて数十体。
ゴブリンは単体の能力は極めて低い雑魚モンスターだが、これほどの数になると非常に危険な存在になる。
「くそっ! 一旦離脱するぞ! カロッゾ! 退路を切り拓け!」
「……承知した」
カロッゾは巨大な盾を構え、壁が薄いゴブリンの包囲網の一角に向かって突っ込んでいく。
ゴブリンに体当たりした瞬間、逆に吹き飛ばされそうになりバランスを崩してしまったが、なんとか包囲網に穴を作りそこから離脱することに成功した。
そうしてアデルたちはゴブリンに追い立てられながら、ダンジョン内を一心不乱に逃げた。
「……何だってんだ、クソ」
ようやくゴブリンの気配がなくなったところで、ほっと一息をつくアデルだが、その顔に安堵の表情はない。
それもそうだろう。
昨日までB級ダンジョンを探索していた自分たちが、C級……それも最弱モンスターと名高いゴブリンに遅れを取ったのだ。
「間違ってS級ダンジョンに入っちまったとかねぇよな?」
「あ、あり得ないわ」
マリンが上がった息を整えながら答える。
「ゴブリンが出るのはC級ダンジョン以下だし」
「だったらなんでゴブリンがあんな強えんだよっ!」
「あ、あたしが知るわけないでしょ!」
ついマリンに怒鳴ってしまうくらい、アデルは焦燥していた。
おかしい。一体何がおきているんだ。
デズモンドをクビにして加入させた新しいメンバーの実力を確かめるためにC級ダンジョンに入ったが、これでは実力を測るどころの話ではない。
「……ねぇ、大丈夫?」
その新加入したB級冒険者の女性付与術師が、心配そうにアデルに声をかけてきた。
「なんだかゴブリンに苦戦してたみたいだけど……」
「う、うるせぇっ! テメェの付与術が頼りねぇから俺らにツケが回ってきてんだろうが! しっかりサポートしろ!」
「……はぁ!?」
一瞬、キョトンとした顔をする女性付与術師だったが、すぐに顔を真っ赤にして激昂した。
「ちょっと待って、何言ってんの!? どっからどう見てもサボってるのはあんたたちの方でしょ!? カロッゾは満足にターゲット取れないし、アデルはゴブリン一匹すら満足に倒せないじゃない! マリンに至っては、一発も魔術が撃てないし!」
「……っ!」
痛い所を突かれ、アデルが息を飲んだ。
「雑魚モンスターも満足に倒せないくせに、あたしのせいにしないでくれる!? てか、これが噂のエスパーダなの!? はっ、笑っちゃうわ! あんたらどんだけ盛ってんのよ!?」
「な、な、なんだとこの野郎っ!」
女性付与術師の胸ぐらを掴むアデル。
だが──。
「……痛っ!?」
アデルは女性付与術師に手を掴み返され、簡単に捻り上げられてしまった。
まさかこれほど簡単に捻り上げられるとは思ってもみなかったのか、女性付与術師が目を丸くする。
「……ウソでしょ。付与術師のあたしに力負けすんの? どんだけ貧弱なのよあんた」
「テメェ……っ! ぶっ殺してやる……っ!」
「ちょ、ちょっとやめなよアデル」
剣を抜こうとしたアデルをマリンが止める。
「他の冒険者が見てるから! ここで揉めるのはまずいって!」
「……クソっ! 今日はやめだ! 拠点に帰るぞ!」
アデルはポーチの中から【転送】の魔術書を取り出し、発動させる。
高価な【転送】の魔術書なんて使いたくないが、これ以上醜態を晒すわけにはいかない。
視界が光り輝いたかと思った瞬間、薄暗いダンジョン内から見慣れたエスパーダの連盟拠点へと移動していた。
「ああ、チクショウ! 一体何だってんだ!? 昨日までB級ダンジョンも楽勝だったじゃねぇか! 何で急にこうなった!?」
「もしかして疲れが溜まってるのかもね。ここんところ、ずっとダンジョン入ってるし……」
小さくため息を漏らすマリン。
確かに、とアデルは思った。
ここ数ヶ月、エスパーダは破竹の勢いでダンジョン踏破を続けてきている。
休み無しで探索を続けてきたため、ここにきてその疲れが出てきたという可能性は否定できない。
しかし、とアデルは苛立ちを募らせる。
あの役立たず女付与術師め。
高い金を払って雇ったのに、デズモンド以下の使えない付与術師だったとは。
──良かったのは昨晩のベッドの上だけだったか。
しかしあれでB級とは、冒険者ギルドのランク付けも適当なんだな。
「おいマリン、あのクソ女を連れてこい。俺が直接引導を渡してやる。あいつは今回限りでクビだ」
「その必要はなさそうだぞ」
そう返したのは、カロッゾだ。
彼はアデルに一枚の手紙を渡す。
「なんだこれ?」
「置き手紙だ。エスパーダを辞めるらしい」
「……はぁ!?」
アデルが素っ頓狂な声をあげる。
辞めるだと?
自分の力量も測れない雑魚付与術師のくせに、生意気にもほどがある。
役に立たない無能冒険者だと言いふらしてやろうか。
「どうするアデル? 別の付与術師を入れる?」
マリンが尋ねる。
「……そうだな。バランスを考えると付与術師が欲しいところだが」
「もっと腕の良い付与師を雇わないと意味がないかもしれんぞ」
カロッゾが唸るように言った。
「意味がない? どういうことだ?」
「付与術は能力を底上げする魔術だ。疲労状態にある俺たちの力を元の状態にまで引き上げるには相当なレベルの付与術でないと無理だろう」
「……疲れてる俺たちをサポートするには、さらに上位の付与術が使えるヤツじゃないと意味がないってことか」
あり得ると、アデルは思う。
疲れで能力が落ちている今、底上げできるのは最上級クラスの付与術を使える人間だけだ。
あのアバズレ付与術師はB級だった。
「B級の上となるとA級か……」
「金はかかるが仕方あるまい。これ以上の失敗は許されん」
一昨日のカトブレパスの件も含めると、二回連続でダンジョン探索に失敗している。
これ以上失敗が続けば、冒険者ギルドからB級ダンジョンに入ることを禁止されるかもしれない。
それどころか、冒険者ランクを下げられる可能性もある。
「クソが。付与術師ってのはどいつもこいつも役立たずだらけだぜ。忌々しい」
無能の疫病神どもめ。
アデルは心の中でそう吐き捨てた。
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