第2話 シュヴァリエ・ガーデン
もうすぐ街の門は閉じられる時間なのに、大通りにはランタンを掲げた荷馬車が行き交っていた。
ここ、迷宮都市ブリストンの夜は長い。
街の中に無数にあるダンジョンから戻ってきた冒険者たちが、手に入れたお宝を換金するために冒険者ギルドに運ぶからだ。
ブリストンだけではなく、世界各地にある古代遺跡の名称だ。
ダンジョンには古代人が残した豊富な資源と知識、それに目もくらむような財宝が眠っていて世界各地で探索が進められている。
ダンジョンで冒険者が収集したものはまずギルドに運ばれ、そこから鉱石や装具などの資源は商会へ、書物や魔導書などの知識書物は迷宮協会へと運ばれる。
この町のすべては、ダンジョンによって成り立っている。
生活に商売、人の生き死に至るまで。
「……さて、これからどうしようか」
エスパーダの拠点を後にした僕は、行く宛もなく街を歩いていた。
僕がこの街で生きていくには、冒険者を続けるしかない。
けれど、
能力を数十倍に上げることができる乗算付与を使えばソロでもダンジョン探索ができそうだけど、僕のステータスは元の数値が低すぎるので数十倍に上げたところでたかが知れているのだ。
名前:デズモンド・ストライフ
種族:人間
職業:付与術師
レベル:7
生命力:13
筋力:1
知力:0
精神力:9
俊敏力:7
持久力:9
運:10
スキル:【乗算付与】【鑑定眼】
状態:普通
これが僕のステータス。
アデルたちと一緒にB級ダンジョンを探索していたのにレベルが低いのは、僕が初級付与術しか使えないからだ。
剣士や魔術師などのアタッカーは倒したモンスターのランクによって取得できる経験値が変わるが、支援職は使う魔術のランクによって経験値が変わる。
つまり、危険なB級ダンジョンでモンスターと戦っていても、初級魔術を使っていると微々たる経験値しか入らないのだ。
しかし、見るたびにため息が出てきそうなくらいにステータスが低いな。
腕力が低いのは職業適性だと思うけど、習得できる魔術の種類や魔術の威力に影響する「知力」がゼロってどういうことだよ。
僕は
おまけに最大MPに影響する「精神力」も低いし。
こんな僕がこの街で生きるには、どこかの冒険者クランに所属してパーティを組むしかない。
「ということで、まずは冒険者ギルドだよね」
冒険者ギルドはダンジョンの出土品を換金する以外に、クランメンバーの募集をかけることができる。
ブリストンには星の数ほどのダンジョンがあるので、人員を募集しているクランはすぐに見つかるだろう。
大通りにある冒険者ギルドはダンジョン探索から帰ってきた冒険者たちで溢れかえっていた。
彼らの間を縫って、メンバーを募集している掲示板の前に向かう。
予想通り、沢山の募集告知が貼られていた。これなら後衛の支援職の募集もすぐに見つかるかもしれない。
「……もしかしてクランを探しているのか?」
「そうなんです。実は所属していたクランを追放されちゃって──」
てっきり冒険者ギルドの受付嬢さんに声をかけられたのかと思った。
だけど、僕の背後に立っていたのは意外すぎる女性だった。
「何? デズを追放だと? 見る目がないクランがあるものだな」
「……えっ!? シ、シンシア!?」
「ふふ、久しぶりだな」
彼女は嬉しそうに頬をほころばせる。
黒を貴重とした軽装の鎧に、美しい白銀の髪。
その肌は氷のように透き通っていて、どこかの舞踏会に出席しているご令嬢みたいな雰囲気だ。
彼女の名前はシンシア・マクドネル。
同郷にして幼馴染の冒険者だ。
***
シンシアと会うのはいつぶりだろう。
僕が故郷の村を出たのは1年半くらい前だけど、それよりも前にシンシアは村を出ていったので、かれこれ3年ぶりくらいかな?
僕のふたつ年上だから、今は17歳か。
しかし全く変わってない。
いや、前よりもずっと大人っぽくなってるかな。
「まさかデズもブリストンに来ているとは思わなかったぞ」
「シンシアこそ。会えて嬉しいよ」
冒険者ギルドの一角に設置されたテーブルに僕たちはいた。
本当は酒場にでも行って再会を祝して乾杯したかったんだけど、シンシアは探索から戻ってきたばかりで、これから所属するクランの拠点で事務仕事があるのだという。
ダンジョン探索だけじゃなくて書類仕事もしているなんて、もしかしてクランの重要な役職を任されているのかもしれない。
ひょっとして冒険者ランクも高いのかな?
そう思って彼女の首元の冒険者認識票を見てびっくりした。
「うわっ、そのプレート!」
「ん? どうした?」
「そ、その冒険者認識票だよ! それってS級のプレートだよね!?」
シンシアの首元に輝いていたのは、かすかに青白く発光している認識票。
希少金属ミスリルで作られた、
「す、すす、すごい。実物を見るのは初めてだよ」
「これみよがしにぶら下げるのは嫌なのだがな」
「いやいや誇るべきでしょ。だってS級冒険者って片手で数えるくらいしかいないんだし。幼馴染として鼻が高いよ」
「そ、そうか? デズにそう言われるのは嬉しいな」
照れたように頬を赤らめるシンシア。
こっちがドキッとしてしまった。
子供の頃から強かったシンシアは、僕にとっての憧れだった。
村を出て冒険者になったのも、いつか彼女の隣に立つような人間になりたかったからだ。
そう言えば子供の頃に「冒険者になって、まだ誰も成し遂げたことがないS級ダンジョンを一緒に踏破しよう」なんて話してたっけ。
もしかしてまだあの約束を覚えていてくれたして──なんて思うのは、ちょっとキモいかな?
「でも、S級なんて本当に凄いね」
「あ、あまり褒めないでくれ。それに、昔からデズの魔術もすごかったじゃないか。キミもすぐにS級になれるはずだ」
「いやいや僕は無理だよ。1年頑張ってもまだD級だし、クランをクビになっちゃうくらいなんだから」
「そういえば追放されたと言っていたな。本当の話なのか?」
「う、うん」
僕はかいつまんで状況をシンシアに話した。
「エスパーダ……最近噂になっているクランだな」
ふむ、とシンシアが納得がいったと言いたげに頷く。
「まだ新人ばかりのメンバーでB級ダンジョンを探索していると聞いたが、なるほど。デズが所属していたからか」
「え? どういうこと?」
「ん? 言葉通りの意味だが? キミの付与術は村にいたころからすごかったからな。きっとそのおかげでエスパーダが活躍していたのだろう?」
ちょっと驚いてしまった。
確かに村にいたころから付与術を使っていたけど、お遊びで使ってた程度だし、僕自身も乗算付与だって知らなかった。
なのにシンシアは気づいていたんだな。
僕のことをしっかり見ていてくれてたなんて、なんだか嬉しい。
「しかし、フリーになったのなら話は早い。どうだろうデズ? うちのクランに来ないか?」
「シンシアのクラン?」
「ああ。実は明日、クランの入団試験が行われる予定なのだ。デズならきっと合格できるはずだ」
「う~ん、そうだね……」
有り難い話だけど、ちょっと悩んでしまった。
パーティを組んでの試験なら大丈夫だけど、ソロで模擬戦とかだったら絶対合格出来ないだろうし。
でもまぁ、せっかくだから受けてみようかな。
合格できたら、憧れのシンシアと同じクランに所属できるわけだしね。
「ありがとうシンシア。合格できるかどうかは運次第なところはあるけど、受けてみるよ」
「本当か!? それは良かった!」
僕以上に目を輝かせるシンシア。
そんなに喜んでもらえるなんて、こっちも嬉しくなる。
なんだか合格できる気がしてきたな。
クランをクビになった日にシンシアと再会できるなんて、神様も背中を押してくれてる気がするし。
「それで、シンシアのクランってどこなの?」
「ああ、すまない。まずはそこから伝えるべきだったな。シュヴァリエ・ガーデンだ」
すっと周囲から喧騒が消えた気がした。
しばしの沈黙。
「……ごめんシンシア。今、なんて言った?」
「
「……」
知らない名前だったらって、そんなわけないでしょ!
なにせシュヴァリエ・ガーデンは、ブリストン最大にして最強のクランなのだ。
所属する冒険者の数は数百人にものぼり、前人未到のS級ダンジョン踏破に最も近いクランだと言われている。
冒険者なら知らない者はいない、まさに、ブリストンの代名詞とも呼べる最大手のクラン。
……え? ちょっと待って。
シンシアさんってば、S級冒険者になってるだけじゃなく、そんな凄いクランの要職についていらっしゃる感じですか?
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