【コミカライズ】追放された付与術師、最強の乗算付与で成り上がる 〜初級付与術しか使えないけど、僕の付与術は+20じゃなく×20なんです〜

邑上主水

第1話 乗算付与師、追放される

「良く聞けデズモンド。お前は今日限りで俺のクランを抜けてもらう」



 僕が所属する冒険者クラン「エスパーダ」の連盟拠点クランハウジングの一室に、リーダー、アデルの静かな声が浮かぶ。


 僕は唖然としてしまった。



「ぬ、ぬ、抜けてもらうって、どうして!?」

「いちいち説明しなきゃわかんねぇのか? 今回、ダンジョンの探索に失敗したのは索敵を怠ったお前のせいだろうが! さらにクソ高価な緊急脱出用の【転送】の魔術書まで勝手に使いやがって! この無能付与術師が!」



 アデルが吐き捨てるように言う。


 確かに、今回のB級ダンジョン探索は失敗に終わった。


 発見した財宝を物色していたところに雄牛の頭を持つ巨大なモンスター、カトブレパスが襲いかかってきたからだ。


 アデルたち前衛は大混乱に陥り、危険と判断した僕が【転送】の魔術書を使ってダンジョンの外まで緊急離脱した。 


 カトブレパスはB級に属する危険なモンスターだが、いつもの僕たちであれば敗走するような相手じゃない。

 準備がしっかりできていれば、問題なく倒せるモンスターだ。


 なのに大混乱に陥ってしまったのは、深いわけがある。



「ちょ、ちょっと待ってよ。索敵に失敗って、ちゃんと事前にアデルに報告したじゃないか。僕は【嗅覚強化】の付与術でカトブレパスの位置は把握していたんだ。だけどキミが僕の報告を無視して財宝を漁ってたから──」

「はあっ!? 俺のせいだと!?」

「……っ!」



 激昂したアデルが、僕に向けて空になったポーションの瓶を投げつけてくる。



「ふっざけんなよ!? カトブレパスに不意打ちされたのはお前が初級付与術しか使えねぇ役立たずだからだろうが! 俺に失敗をなすりつけてんじゃねぇ!」

「な、なすりつけるなんてそんな」

「舐めやがって! ここで半殺しにしてやろうか!」

「ちょっと、やめなよアデル」



 アデルと僕の間に、グラマラスな女性がそっと割って入ってきた。


 彼女はマリン。


 エスパーダのメンバーのひとりで、黒魔術師をやっている。


 流石に僕のせいにするのは言いがかりだって仲裁に入ってくれたのかと少しだけ期待したのだけれど──。



「その役立たずをぶん殴りたい気持ちはわかるけど、ダンジョン内ならまだしも、ここでやるのはマズいって。騒ぎが起きたら衛兵がすっ飛んでくるよ?」

「……チッ。確かにマリンの言う通りだな」



 アデルが僕を睨む。


 どうやらマリンも今回の失態は僕のせいだと思っているらしい。


 まぁ、彼女が今まで僕の肩を持ってくれたことはないので驚きもしないけど。



「というか、あたしも魔術師だからわかるんだけどさ、初級の【嗅覚強化】でモンスターの位置なんてわかるわけないじゃない。偶然カトブレパスが現れただけでしょ? なのに、さも自分の手柄みたいに言わないでくれる?」



 マリンの言う通り、初級の【嗅覚強化】を使ったところでモンスターの位置を把握するなんて無理だ。


 付与術は身体能力を向上させたり周囲探知などの補助支援を行う魔術で、同じ魔術でもランクが高いほど効果は高い。


 最上級の「特級」クラスの【嗅覚強化Ⅴ】であれば、近くのモンスターの匂いを感じるくらいになるけど、初級の【嗅覚強化Ⅰ】じゃ体感できる変化はない。


 だけど、それは一般的な付与術での話だ。



「だ、だから前から話してるじゃないか。僕の付与術は普通の付与術じゃないんだって。強化計算式が『』じゃなくて『』なんだよ」



 それが僕の秘密だった。


 例えば、僕が使える身体能力強化の【筋力強化Ⅰ】は、筋力のステータスを+20する程度の効果しかない。


 だけど、僕の付与術の計算式は加算じゃなく乗算。


 つまり「+20」ではなく「×20」なのだ。


 その乗算付与術を使って、僕はこれまでエスパーダに多大な貢献をしてきた。


 駆け出し冒険者の僕たちが破竹の勢いでダンジョンを踏破し、巷の冒険者から「超新星」なんて呼ばれているのは、この乗算付与によるところが大きい。


 だけど、いくら説明しても彼らは理解してくれなかった。



「冗談は顔だけにしておけよデズモンド」



 体の芯に響くような低い声。


 そちらを見ると、壁に背を預けてこちらを睨んでいる巨躯の男がいた。


 彼はカロッゾ。


 巨大な盾でモンスターの攻撃を引き受ける、クランの要とも言える盾師タンクだ。



「そんな付与術など聞いたことがない。我々が戦闘時に強くなれるのは熟練度が高いからだ。断じて貴様の力ではない」

「だ、だったらここで確かめてみようよ。今から皆に付与術をかけるから違いを確かめてみて──」

「ごちゃごちゃうるせぇんだよ!」



 吐き捨てるようにアデルが言う。



「ありもしねぇ虚言を並べてどうにかクビを免れようって考えてるんだろうが、そうはいかねぇぞ!? お前の代わりは用意してるんだからなぁ!」

「か、代わり?」

「おい、入ってこい!」



 アデルの声に呼応するように、拠点のドアが開いた。


 現れたのは白い魔法衣に身を包んだ女性。


 その首には、白銀のB級の冒険者認識票が輝いていた。


 彼女はアデルにうやうやしく頭を垂れる。



「有名なエスパーダに加入できて嬉しいわ。よろしく」

「ああ、こちらこそよろしく頼むぜ」



 アデルはキュッと片頬を釣り上げ、僕を見た。



「見ろよ、デズモンド。彼女はB級の付与術師。D級のお前の数段上だ」

「……」



 言葉を失ってしまった。


 B級だからD級の僕よりも優れた付与術師だと言いたいのだろう。 


 彼らはB級ダンジョンで戦えていたのは、自分たちの実力によるところだと本気で思っているらしい。


 僕は毎日、付与する前の彼らのステータスを見ているからわかる。


 【鑑定眼】のスキルを持っている僕だけは、ステータスを数値で確認することができるのだ。


 アデルたちのステータスはお世辞にも高いとは言えない。

 上級付与術をかけたところで、B級はおろかC級ダンジョンに入ることも難しい力量。


 なのに、B級モンスターとも互角に戦える自分たちの力に陶酔して、「どうして駆け出しの自分たちがそんな強敵と戦えるのか」を分析しようとしなかった。


 ちょっと考えてみればわかるはずなのに。


 カロッゾが言う「熟練度」で駆け出し冒険者が強くなれるなら、世の中の冒険者全員がB級以上になってるはずでしょ。



「あはは、格上の付与術師が現れてぐうの根も出なくなったみたいね?」



 マリンが笑う。



「残念だったわねデズモンド。あなたのクビはもう決まってたってワケ」

「フン。寄生虫の如く甘い汁を吸いたいと思っていたのだろうが、そうはいかんぞゴミめ」



 マリンに続いて、カロッゾが鼻を鳴らす。


 なんだか悲しくなってきた。

 彼らとクランを組んだのは、一年前。


 全員が町に来たばかりの駆け出し冒険者で、組んだばかりの頃はよく酒場で「頑張って皆で一緒に成り上がろう」なんて熱く語り合っていた。


 だから僕も皆のため、クランのために頑張ろうと思ってきたけれど、名が売れ始めた途端にこの仕打ちだ。



「……わかった。そこまで決めてるなら、辞めさせてもらうよ」



 僕はため息混じりで返す。


 もう、色々と疲れてしまった。



「あ、そうだ」



 拠点を出て行こうとした僕に追い打ちをかけるようにマリンが口を開く。



「出て行く前にポーチの中のポーション類は全部置いていきなさいよ? それはアデルの物なんだから。パクろうったってそうはいかないからね?」

「腰に下げているランタンとダンジョンマップも忘れるな」



 今度はカロッゾ。



「それもクランのものだ。背中のマントは……どうする、アデル?」

「あ? ンなクソ汚ねぇマントなんているかよ。服飾店に売っても1リュークにもなりゃしねぇ。お前にくれてやるデズモンド。ゴミ野郎にはお似合いだぜ」

「あは。良かったわねデズ。アデルが良く似合ってるってさ」



 ケラケラと笑うマリン。


 ああもう、すごく嫌だ。

 これ以上、何も聞きたくない。

 一秒でも早くこんなところから立ち去りたい。


 僕はポーチごとテーブルの上に投げ捨てると、拠点を飛び出す。


 後ろでアデルが何かわめいていたけど、気にしないことにした。


 考えなければいけないのは、これからのこと。


 知り合いのひとりもいないこの街で、どうやって生きていくかなのだ。

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