第25話 勇者考察 その2

 話に一息入れる為に一旦小休止する事にした。リヴィアは部屋が汚いのが我慢ならないらしく、俺とエレリが外に出てお茶菓子を買いに行く。


「リヴィアの目が本気だったから少し帰りは遅らせた方が良さそうだな」

「お姉ちゃんああなると言っても聞かないからね」


 綺麗好きでもあるのだが、何よりきちんとしてないと気がすまない質だ。あの雑然とした部屋を見たら体が動かずにはいられないのだろう。


 付き合いはそんなに長くないけれど、過ごした時間は濃い、だからお互いの事は結構分かってきていた。


「しかし、やっぱエレリって強かったんだな」

「何よ急に?」

「ホブゴブリンの相手、聞いてる限り楽勝だったんじゃない?」


 実際に打ち合って打ちのめされている経験もあるし、実戦がどうだったのか直に見てみたい気持ちもあった。


「相手が相手だから負ける事はないよ、でも、やっぱり魔物に変化が起こってると思う。気は抜けないわ」


 俺の思った反応と違い、エレリの顔は真剣で難しいものだった。


「苦戦しなかったのに?」

「あいつの行動、使える戦力が無くなったら即逃げに転じた。多分、あのまま逃していたらもっと厄介な魔物になっていたと思う」

「…普通の魔物にはそこまで判断力がない?」

「それは分からない、だけどあれだけ戦術を駆使して動けるなんて不気味だと思わない?」


 罠を用いて警らを行い、短絡的に動く個体がいつつも、数匹はホブゴブリンの元に残った。どれも一つ一つを取って見るとお粗末なものだったが、言われてみるとこれでは人間の戦い方のようだ。


「そうなると気になる事がある」

「何?」

「誰、というより何から入れ知恵された?ホブゴブリンは確かに生存競争に打ち勝ってきた個体かもしれないけれど、それに罠や戦術って必要かな?」


 そうした方法を用いないとは言わない、だけどそれが必要だとは思えない。その考えに到れるのだろうか、そこまで知性や理性のある魔物に感じなかった。


「それが魔王復活の影響かもね、断定は出来ないけど」

「…兎に角メグに話を聞いてみようか、リヴィアの熱もそろそろ収まってきただろうし」


 俺たちは適当に買い物を済ませると、急いで二人の元に戻った。




「うわあ、すごい…」


 開口一番出てきた感想はそれだった。あれだけ汚かった足の踏み場もない部屋が、綺麗に整頓されている。


 流石に本は積まれて端に寄せてあるだけだったが、来た時の雑然とした様子は見られない。


「あっ!優真様、エレリちゃん、おかえりなさい!」

「ただいま、何かやりきった感じだね」

「ええ、手強かったですけれどその分やりごたえありました!」


 リヴィアのスッキリした顔に比べて、メグは口を開け放ち、そこから魂が漏れ出ているように放心していた。


「メグはどうしたの?」

「手伝わせました」

「本当にそれだけ?」

「自分で出来るようにならなければこの子の為になりません」


 それは余程厳しかったんだろうな、リヴィアに勉強を教えてもらった俺なら分かる。だけど、態度が厳しいだけでちゃんと要領よく教えてくれるのに、メグはどうしてこんなに放心しているんだろう。


「メグ、おい、メグ!」

「んお?」

「何でそんなに憔悴してるんだ?」

「ああ優真か…、ははっ部屋が片付いただろう?ははは、アタシだってやれば出来るんだ。はははは」


 駄目だ。もう何を言っても耳に届かないだろう。リヴィアはそんなメグを放っておいて、笑顔で「お茶を入れて来ますね」とスタスタと行ってしまった。




 綺麗になった机を皆で囲んでお茶をいただく、メグには悪いが、やっぱり部屋は綺麗な方がいいなと思った。


「む、美味い」

「そう?適当なお店で買ったお菓子だけど」

「アタシは滅多に外に出て買い物とかしないからな、こんな菓子がアステルにあったなんて知らなかった」


 メグは買ってきたお菓子を次々と口に運んだ。こうして見ていると、少し年相応な見た目に見える。


「それにこうして部屋を綺麗にすると、案外スッキリするものだな。必要な物が何処にあるのかは把握していたから困る事はなかったが、整理しておいた方が効率的だ」

「何か意外な発言だな」


 俺がそう言うとメグはむっとした顔で言った。


「意外とは何だ意外とは」

「あの有様だったしそういう事にまったく無頓着だと思ってた。汚い部屋の方がいいのかと」

「無頓着だったのは否定しないが、別に汚い部屋が好きな訳じゃない。アタシだってやる時はやる」

「へえ?そうなんですか?」


 リヴィアの一声でメグはヒュッと息を吸い込んで黙ってしまった。まあ、手伝ってもらってここまでにしたのだから、あまり大きな事言わない方がいいだろう。


「じゃあこのまま話の続きをしよう。メグが確かめたかった俺の気になる所ってなんだったんだ?」

「ああそれな、神獣の紋章について知りたかったんだ」


 言われて俺は左腕を前に出す。


「もう聞いたかもしれないが、過去そこまで大きな紋章を宿した勇者はいない。形も大きさも色も、全部優真が初めてだ」

「やはりそうでしたか…」

「エラフ王国にも資料はないか?」

「ええ、歴代勇者様の記録はありますが、優真様程の紋章を宿した方はいません」

「だろうな、アタシも見たことがない」


 それの何がすごいことなのか俺にはまだいまいちよく分かっていない、正直派手なタトゥーって感じで俺はあまり好ましくない。


「神獣の紋章についてどこまで知っている?」

「神獣様がエタナラニアに勇者様をお迎えする時に授けるご加護だと伝わっています」

「差はあったようだけど、神獣様の紋章が大きく刻印された勇者様ほど大きな力を持っていたと言われているわ」

「そうだ、アステルを作った勇者にも左手の甲に神獣の紋章があったらしい。そして彼は、魔王との戦いが終わった後、アステルを作るのと他に紋章についての研究も始めた」


 メグは片付けた資料の中から一冊の本を手に取った。予め一番上に置いておいたのだろう、迷うこと無くそれを手にし机の上に広げた。


「残念ながら紋章の謎の解明にまでは至らなかった。神の力だ、本来なら暴く事さえ禁忌なのだろう。しかし彼は別の世界の人間だからな、アタシ達が口出し出来る事じゃない」

「…そこには目を瞑るとしますが、では何が分かったんですか?」


 リヴィアの問いにメグが頷いた。


「神獣の紋章は加護なんて生易しいものじゃない、神獣の力そのもの、もっと言えば神獣の一部と言っていいものだ。紋章からは絶えず力が流れ込み、勇者の特異的な能力の強化を行う。勇者は神をその身に宿しているに等しい」

「神獣様をその身に…」

「あっ!」


 何かに気がついたのかエレリが声を上げる。


「どうしたのエレリちゃん?」

「だからあの時、優真だけ何ともなかったんだ。ほらお姉ちゃん、神獣様に呼び寄せられたあの時、私達は神気にあてられて気を失っていたけど、優真だけは平気だった」

「…そうか、優真様は神獣様をその身に宿している。しかも左腕全体を覆う程の紋章、神域に踏み込んでも問題がなかったのはそのため…」


 事情が分かっている三人で話が進んでしまう、口を挟む余裕のない俺は、黙ってお茶を飲みながらお菓子を食べてこの様子を見守っていた。


「勇者とは、その本質は別の世界の人間と言うよりも、神獣を身に宿す神に近しい存在だ。人々が持ち得ない強力無比な力を持ち、多大なる叡智を持ち世界を導く、常に人々の前を歩み先を切り拓く者。だからこそ最も初歩的ながら大きな疑問が浮き彫りになる」

「オルド様が仰っていた事ですね」

「何故才能も能力も持ち合わせていない優真が、歴代の勇者の中で一番の神獣の紋章を与えられたのか、何故優真が選ばれたのか。そしてアタシは先の試練でその疑問に対する答えを一つ見つけた」


 メグは立ち上がってビシッと俺を指さした。


「聞け優真、リヴィアとエレリも怒らずに聞いてくれ。これは貶める目的があって言うんじゃない。優真は謂わば、世界に差し迫る魔王に対する勇者としてはハズレ勇者と称していい程に力がない。だけどアタシは、優真だからこそなし得るものがあるとあの戦いの中で見た。アタシは優真を認め協力を惜しまない事を約束する。アステル情報集約局長メグ・マジェイアの名にかけて」


 俺だからなし得るものなんて買いかぶりが過ぎるとは思う。だけど、確かに俺の事を認めてくれたというメグの本気は十分に伝わってきた。


 俺は立ち上がってメグと固く握手を交わした。

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