第24話 勇者考察 その1

 翌日になって村を出る前、村人達から猛烈に感謝された。それはもうすごい勢いで。


 特に助けた女性の家族達からは泣きながら感謝された。それは本当に嬉しかった。助ける事が出来たのだから。


 しかし当の本人達は外に出てくる事は出来なかった。当然だ、それだけの体験をしたのだから、助けてくれてありがとうと何度も言われたけれど、何だか割り切れない気持ちが腹の奥に溜まった。


 自分に出来る事は限られている。それを知っている筈でわきまえている筈なのに、こうしてモヤモヤとした気持ちに襲われる。今までそんな事なかったのに、こちらにきて、力をつけて、俺は少し欲張りになったのかも知れない。


 今一度気持ちを切り替える必要がある。俺は何も特別な力はないし、今回の事もたまたま上手くいっただけだ。必死だったから何とかなったけれど、今でも肉を裂き、骨を砕き、頭蓋を割ったあの感覚が忘れられない。


「優真様?」

「えっ?あ、何リヴィア?」

「顔色が優れないようでしたので…、まだお疲れでございますか?」


 リヴィアから見たらそう見えたか、顔に出して心配させてしまうのはよくない、俺はぶるぶると頭を振ってニッと笑った。


「こんなに誰かから感謝されるのって慣れてなくてさ、こうして囲まれると照れくさいな」

「…それだけの事をしたと、胸を張ってもよろしいと思います。心までは救えずとも、いつか傷は癒えます。生きてさえいれば」

「…バレてたか、自分で出来る事と出来ない事があると言った癖に情けない」

「そんな事はありませんよ、その優しい御心こそ神獣様が見出した勇者の資質。でも、一人で抱えず私達にも分けてくださいね」


 そう言うとリヴィアはにこりと笑った。俺も微笑み返すと、村長に声をかけた。


「では俺たちはこれで行きます。お世話になりました」

「本当にありがとうございました。勇者様、巫女様、村を代表して改めてお礼申し上げます」


 そうして俺たちは村を去った。村人達は俺たちが見えなくなるまで、ずっと手を振って見送ってくれていた。




 改めてアステルに戻ってくる。やはりここの都会感はすごい、村に滞在している時と時代が違うのではないかと錯覚してしまう程だ。


「それで、どこに行けばいい?」

「取り敢えずもう一度情報集約局へ向かう、あそこはアタシの管轄だからな」

「管轄とは?」

「ああ、アタシが局長を務めてるんだ。親父から貰ってな」


 俺たちは顔を見合わせた。一様に驚きを隠せない表情をしている。


「なあ、言い方は悪いけど、その若さでか?」

「ここでは能力さえあれば年齢は関係ない。アタシに文句言う奴はいない。親父が後ろ盾にいるからじゃないぞ、全員にアタシの存在を認めさせた。それだけの話だ」


 自信満々にそういうメグはどこか誇らしげにも見える。どうやら本当の事のようだ。どうにも幼い見た目と尊大な態度からは想像が出来ないが、それに見合う実力は確かにあるらしい。


 メグと一緒に情報集約局に入ると、受付にいた男性が声をかけてきた。


「おかえりなさいませメグ様」

「うん。来客はあったか?」

「こちらですべて片しておきました」

「助かる。これから自室に戻る、大切な話をするから邪魔の入らないようにしろ」

「かしこまりました」


 男性とメグは年齢差を感じさせないやりとりをして淡々と会話をしている。そこにはある種の貫禄さえも感じられた。


 メグに連れられてまたあの泡エレベーターのような物に乗り込む、上へたどり着く前に俺はメグに聞いた。


「なあ、あの受付の人は身内の人?」

「ん?違うぞ。あいつは前情報集約局の局長だ。有能だからあそこに置いている」

「はあ!?」

「そんなに驚くことか?」


 それは驚くだろう、要はメグが上の立場から失脚させた人だ。そんな人をああして顎で使うなんて、不平不満が出ないのだろうか。


「その、関係は良好なの?」

「ああそういう心配か。言っただろ?アステルは能力さえあれば年齢だろうは関係ないって。あいつ、いやロバートもここの人間だ、そこはちゃんとわきまえているよ」


 聞けば聞くほどアステルってすごいなと舌を巻いた。徹底した実力主義というのだろうか、それをすべての住民が受け入れている事がまず信じられなかった。


「着いたぞ。適当に座ってくれ」


 そうこうしている内にメグの部屋へと運ばれた。が、しかしそこを部屋と呼んでいいのか不安になる有様だった。


 山と積まれた本がぐらぐらと揺れて、床には何かの資料が散乱していた。足の踏み場もないのに、メグはすいすいと物を縫うように歩いて行って、自分の椅子にどかっと腰掛けた。




 仕方がないので、俺たちは協力して本を少しどかし、スペースを作ってそこに座った。狭いので、両隣にいる二人の体が俺にどうしてもくっついてしまう。俺は荒ぶる心臓を理性で押さえつけて、表情だけは何でもないように努めた。


「それで?あなたの考えとは何ですか?」


 リヴィアが話を切り出した。声の様子からちょっと怒っているのが分かる、まあそれはゴブリン退治での出来事ではなくて、この部屋の惨状について怒っているのだろうけど。


「アタシには確かめたい事があった。一つは優真の実力だ。親父から聞いていたように、優真には秀でたものが何もない、これが不思議だった」


 当の本人はどこ吹く風というか、部屋の事でリヴィアが怒っている事なんて気にならないように話を進めた。


「ねえ、才能がないって言うけど、私はそうは思わないわ。優真は、ちゃんと自分に足りないものを見つけてそれを補おうと努力が出来る人よ。それって十分才能なんじゃないの?」


 エレリの言葉に不覚にもジーンときた。しかしメグはその発言をバサリと切り捨てた。


「それでは駄目だ。間に合わない」

「駄目ってどういう事よ」

「過去、魔王討伐の為に呼び寄せられた勇者には、必ず何かしらの飛び抜けた才能があった。それ一つで世界を変革しうる力がな。それはつまり、魔王復活から侵攻までにあまり猶予がなかったと捉える事も出来る。神獣は勇者をこの世界の即戦力として招いていたと推測する」


 そう言われて思い出した。最初の頃、ドウェイン様とシュリシャ様に折り紙を折ってドヤ顔して引かれた事があった。その時も才能や能力についての話をしていた。


「アステルの記録の中に、逆境に力を発揮する勇者の記述を見た事がある。その勇者は、普段はそこまでパッとした実力を見せないのだが、ここ一番の時と、絶体絶命の時には、誰よりも強く勇敢に戦い、そして比類なき才を見せたという。追い込まれてからという制約があったとしても、その実力は歴代勇者の中でもトップクラスだった」


 すごく主人公みたいだなと思った。ヒーロー映画の終盤の逆転劇のようだ。俺にはそういうのはないけれど。


「ちなみにアステルを作った勇者は、稀代の天才魔法使いで、かつ研究にも力を注ぐ人だったらしい。この世界の魔法学の基礎を作り上げ、様々な魔法具を開発し世界の発展に貢献したそうだ。アステルの基礎は、この勇者の活躍が元になっている」

「それは私も知っています。生涯をエタナラニアの魔法学に捧げた人、今日に至るまで彼の魔法理論がすべての魔法の祖となっています」


 リヴィアがメグに同調して言った。魔法の才能か、俺が出来るのは精々手品程度だ。しかも長続きはしない。


「要は勇者というのは、世界に対する影響力が強い人が選ばれるのだと考えられる。その理由ははっきりしないけれど、アタシは即戦力が必要なのだと推測した。だから優真の実力が知りたかった」

「そのついでに他の目的も達成したかったと」

「上手くいかなければ手を貸すつもりだった。死にかけるまでは手を出さないと決めてはいたけれど」


 リヴィアはまた眉を顰めたが、俺は肩をぽんと叩いて首を横に振った。気にする必要はないし、また話も進まなくなってしまう。それに、メグの言っている事に俺は同意できた。


「正直に言う、アタシは当初、優真が勇者である事に不安を覚えた。適任ではないと思った。世界を救うに足る人物だとは思えなかった。それはさっきアタシが言った事も含めての結論だった」

「だった?」


 エレリが首を傾げて聞いた。メグは頷いて答える。


「今は違う、優真が勇者足り得る人物だと分かる。それは確かめたかった他の事にも関係してるんだ」


 俺が勇者だと認める何かがメグの見た中にあったのだろうか、俺には何も思い当たる節がないので、何のことだろうかと疑問しか浮かばなかった。


 しかし、メグの断言は何故か信頼出来るというか、説得力があった。何か掴んだに違いないと、俺は話に耳を傾けるのだった。

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