第15話 〜《魔王軍(スサノオ)》の使い方……?〜

「……え、な、なにを言っているのよ……!? あなた……意味がわからないわ……り」


 ポケーッとしてようやく口を開いたかと思えば、つまらない答えだな。


「私の班に入れと誘っているんだ。それのなにがわからない? それとも、理解したくないのか?」


「そういうことではなくて……。わたしは、班リーダーなのよ」


「……なら、やめればいい」


「はぁぁぁぁあっ……!?」


 ルングは口を開き、呆れたように私を見て言う。


「馬鹿を言わないことね。わたしが班リーダーを辞める理由は何がなんでもないわ。」


「私の班に入れば、クルミと仲良くできるぞ? そのチャンスを逃すのか……?」


 その言葉が癪に障ったのか……ルングはキッと睨んできた。


「そのお人形さんの事を妹だと思ったことなんて一度もないわ!!」


 言い捨て、ルングは自席へ戻っていった。


「ごめんな……?」


 隣の席のクルミが切なそうに呟いた。


「はぁ……。お前が謝る必要はない。私に因縁をつけてきたのはあいつだからな。」


 すると、「いいや……」と言いながらふるふるとクルミは首を振った。


「本当はルングはいい子なんや…………。」


 姉だから庇っているのか、それとも本当にそう思っているのか。

 クルミの表情からは、いま一つ判断しにくいな……。


「わたしのせい……なんや……。」


 ふむ。ガラクタ人形などと言われておきながら、クルミは姉のことを憎からず思っているようだな。


「なら、言い直そう。いきなり<滅びの魔眼>で睨み殺そうとしてくるあたり、元気がよくてなによりだ。お前のせいでもなんでもない」


 クルミはじっと俺を見た。


「……ほんま、あんたは優しいな。」


 とはいえ、少々……気になるな。


「そう言えばなんだが……お人形っていうのは、どういうことだ?」


「…………」


 クルミは口を閉ざし、答えようとしない。


「━━━━━━━言わなきゃだめなん……?」


 はあ……。言いたくない、か。

 まあ……クルミが魔法人形だろうとなんだろうと私にとって友達であることは変わりあるまい。


「別にいいぞ。ちょっと訊いてみただけだ」


 すると、安心したようにクルミは微笑んだ。


「……そうか!!」


 そこで仕切り直すように、手を叩く音が聞こえた。


「はいはい。それじゃ、班が決まったみたいだから、説明を進めますよ。みんな、席に戻ってください」


 ヘカーの声で生徒たちは自席に戻っていく。


「これから、しばらくは<魔王軍スサノオ>の魔法を中心に授業を行います。どの魔法もそうですが、<魔王軍スサノオ>は特に実戦ありきのものになります。一週間後にまずこのクラスで班別対抗試験を行いますから、そのつもりでしっかり勉強をしてください」


 そう言って、へカーは<魔王軍スサノオ>とそれを使った班別対抗試験の説明を始める。


 <魔王軍>は集団を率いて戦う際、全体の戦闘能力を底上げするための軍勢魔法である。

 少し変わった魔法なのだが、術者とその配下には七つのクラスというものが与えられる。


 魔王オーディン築城主ヨグ=ソトース魔導士アビス治療士イシス召喚士アザトース魔剣士オーランス呪術師カオス


 この七つには……それぞれ魔法によって付与されるクラス特性が存在する。

 たとえば、築城主は城やダンジョンを建築する創造魔法。防壁や魔法障壁を構築する反魔法に、魔法強化の恩恵が付与される。


 一方で武器魔法や攻撃魔法には、魔法弱化の効果を強制される。


 このクラス特性を守る限り、集団での総合的な魔法力が向上するのが、<魔王軍>の魔法である。


 術者は必ず魔王となり、配下の者たちに絶えず魔法効果を付与し続ける。また魔力を供給することも可能だ。


 魔王が死亡、あるいは魔力が枯渇すると、当然のことながら<魔王軍>の魔法は維持することができず、魔法効果は消える。


「それでは、先に班リーダーに立候補した人が<魔王軍>を魔法行使できるか判定します」


 これで魔法行使できなければ、リーダーを選んだ班員も見る目がなかったということになるのだろうな。

 

 それぞれ順番に<魔王軍>の魔法を行使したが、立候補した班リーダー五人の内で特に失敗した者はいなかった。


 正直に言えば、実戦では使い物にならないようなレベルの代物ばかりだったが、ルングだけはなかなか安定した魔法行使を行っていた。混沌の世代と呼ばれるだけのことはあるのだろう。


「はい、けっこうです。では、<魔王軍>の詳しい説明を行います。まず始めに━━━━━━━━」


 ヘカーが授業を再開する。

 しかし、これは私が開発した魔法だから、知っていることばかりだ。


 しかも、たまに間違っていることを堂々と説明する始末だ。

 とはいえ、いちいち指摘してはきりがない。スルーしておくとしよう。


 退屈な授業にだんだんと眠気を感じ、気がつけば、私はうつらうつらと微睡んでいたのだった。


 ぼんやりとした意識の中、授業終了の鐘が鳴る。


「クルミ……!!」


 刺々しい声が耳を撫でる。ルングのものだ。


「そいつに伝えておいてくれるかしら?」


 そいつ、というのは私のことか?


「起こしたらいいんか……?」


「はぁ……。別にいいわ。」


 すぐに用件を切り出すと思ったのだが、なぜか無言が続いている。


「ねえ……。それはあなたのなに?」


 一拍おいて、ルングが言う。


「え……。何って言っても……友達やで……?」


「あ、そ。そいつと居て楽しいの?」


「そうやな。楽しいで……?」


「あ、そ。ふーん。なら、よかったわねり」


 ルングの言葉は刺々しいのだが……どことなく嬉しそうにも思えてしまったのは私だけか……?

 

 仲が良いのか悪いのかわからない、と言っていたな。

 クルミがルングを嫌っていないということもある。

 あのガラクタ人形という発言にも、なにか事情があるのか?


 まあ、姉妹といえども、喧嘩ぐらいはするだろうしな。


「それで……用件はなんだ?」


「━━━━━━っ……!? きゃあぁっ!!」


 ビックリして一拍置いた後、驚いたようにルングは後ずさった。


「いきなり起きないでくれるかしら? ……びっくりするわ!!」


「魔力の流れで……起きているかもわからないのか? 情けない奴だな……。」


 そう言うと、キッとルングが睨んでくる。


「それで……どうした?」


 ルングのその瞳に<滅びのの魔眼>を浮かべる。

 私の見たてでは、自分の感情の変化、激しさに伴って、自然と魔眼が出てしまうのだろう。


 つまり、制御ができていない。

 だが、制御ができていないわりには、綺麗な<滅びの魔眼>だ。その美しさは、才能の表れであろう。


「……勝負をしましょう?」


 思いもよらない提案だった。

 なにせ二千年前は、私にそんな言葉を堂々と発するような勇気のある者は、魔族にも人間にも殆どいなかったからな。


「私と……? どんな勝負だ……?」


 くつくつと私は声を出して笑う。

 どんな勝負であれ、負ける気はまったくしなかった。


「ヘカー先生が言ってたでしょ。一週間後に<魔王軍>の班別対抗試験をするって。負けた方が相手の言うことをなんでも聞くってことで……どう?」


 ━━━━━━━なるほど。それはそれは……。


「中々に面白そうだ。いいだろう。」


「もしも……あなたが勝ったら、班リーダーを辞めてあなたの班に入ってもいいわ。」


「もしも、お前が勝ったら……?」


 微笑して、ルングは言った。


「……あなたをもらうわ。」


「なるほど……ルングの班に入れと?」


「いいえ。そこのお人形さんと縁を切って、わたしのものになりなさい。わたしの言うことには絶対服従、どんな些細な口答えも許さないわ。」


 高慢な表情で、ルングは妹を見下した。


「クルミ……覚えておきなさい。あなたのものはぜんぶわたしのもの。友達もなにもかも、あなたにはなに一つだってあげないわ。こんな面白いオモチャ……あなたにはもったいないもの。」


 はぁ……やれやれ。妹へのあてつけか知らないが、私をオモチャ扱いとは、なかなか見上げた度胸だな。


「まあ、別に……それでいいぞ。めんどくさいからな。」


「めんどくさい……?? ずいぶんあっさり承諾するのね。いいのかしらぁ〜?」


「どうせ……私が勝つ」


 ムスッとしながらルングが私に向けて睨んでくる。


「さっきは油断しただけだわ……。一週間後、首を洗って待ってなさい!!」


 そうして、ルングはくるりとスカートの裾を翻し、去っていった。


「……もし、同じ班になったら仲直りできるかもな。」


 クルミにそう言うと、驚いたように彼女は目をぱちぱちさせた。


「なるほどな……。だから、サーシャを誘ったんや……?」


「……まぁ、些細ながら……な? まぁ、余計な世話だったかもしれないが」


 すると、クルミはまたふるふると首を横に振り、それから薄く微笑んだ。


「ありがとうな……。」


 クルミはルングと仲良くしたいのだろうと思ったが、当たりだったか。

 ルングの方は一筋縄ではいきそうになかったが、まあ……どうとでもなるか。


「気にするな……。班別対抗試験、頑張ろうな?」


 こくり……とクルミはうなずいた。


「━━━━━━━━━がんばるで……!!」


 ━━━━━━━━と……。

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