第14話 〜蒼き破滅の魔女……?〜
私が自席へ戻ると、ヘカーは言った。
「立候補者は……起立してください」
先程挙手をした生徒たちが一斉に立ち上がった。
私を入れて10人か。特別興味もなかったのだが、一瞥したところ、その中の少女が少し……気に止まった。
金髪碧眼でポニーテールの子だ。気の強そうな表情をしているのだが、背格好といい顔立ちといい……クルミに似ている。なにより、魔力の波長がそっくりだった。
「それでは、班分けを始めます。班リーダーに立候補した生徒は自己紹介をしてください。それじゃ……ルングさんから」
先程のポニーテールの少女が、勝ち気な表情で微笑む。
「アルベルト家の血族にして、七魔皇老が一人、ツールベル・アルベルトの直系、蒼き破滅の魔女 ルング・アルベルト。どうぞお見知りおきを♪」
スカートの裾をつかみ、ルングは優雅にお辞儀する。
それをクルミの視線はルングに対し、まっすぐに向けていた。
「アルベルトってことは?」
「そうや……私のお姉ちゃんや……」
━━━━━━━━なるほど。あれが仲が良いのか悪いのかわからない姉か。
ルングは赤服だから純血なのだろうが、ミーシャは黒服だ。
ということは━━━━━━。
「……生みの母親が違うのか?」
尋ねると、クルミは首を横に振った。
「両親は同じやで……」
「それなら、クルミは純血のはずだろ?」
「黒服になるのは血統以外が理由のこともあるんや。」
「……それは、なんだ?」
クルミは一瞬黙り、そして言った。
「……家の人が決めることで黒服にもなるや。」
「……その家の人というと?」
「アルベルト家」
ふむ。純血の娘の片方だけ皇族ではないように扱うとは、どんな事情があるのやら?
血統を大層なものとして扱うこの時代においては、不自然なことだろうに。
気になるところだな。
「アリス君。あなたの番ですよ」
クルミと話している間に順番が回ってきたようだ。
まあ、おいおい聞くとするか。
まずは自己紹介だが……。
私は顔を生徒たちに向け、堂々と言い放った。
「第10代目魔王 ヘルフリート・マーベラスの転生者 エリザベス・アリスだ。言っておくが、貴様らの信じている魔王の名前は真っ赤な偽物だ……。本当の名前はさっき言った通りだ。もっとも、信じないのだろうが……まあ、責めはしない。ゆくゆくわかることだからな。よろしく頼む。」
私の自己紹介に教室がシーンと静まり返る。
リリーノスも言っていたが、始祖を自称するというのはそれだけで偽物であり、また不敬とされるのだろう。
伝承された始祖や原初の名前が違うと口にしては尚更といったところか。
皆、ちらちらと私に視線を向けてきては、こそこそと不適合者がどうのこうのと話している。
本来なら咎める立場にいるであろうヘカーも、さっきのことがあったからか、軽くスルーして、説明を続けた。
「以上で全員の自己紹介が終わりました。それでは班リーダーに立候補していない生徒は、自分が良いと思ったリーダーのもとへ移動してください。まだよく知らないでしょうから、第一印象で構いません。班には人数制限がありませんので、大人数の班になることもあります」
その言葉で生徒たちは立ち上がり、自らが良いと思った班リーダーのもとへ移動を始める。
「またいつでも班を変更することは可能です。ただし、班リーダーは班員を班に入れるかどうか選ぶことができます。また班員が一人もいなくなった場合、班リーダーは資格を失います」
リーダーとしての器量を試す仕組みというわけか。
「なあ、おい。どうする?」
「やっぱり、ルング様の班だろ」
「そうね。蒼き破滅の魔女って言ったら、混沌の世代でも有望株よ。彼女こそ転生した原初様に違いないって噂されてるもの」
「ええ……。わたしもよく知ってるけど、とんでもない魔力と魔法の持ち主よ」
ふむ。あのルングとかいう少女が、混沌の世代の一人か。
まあ、原初は俺なのだが、そう噂されるからにはなかなか魔力があるのだろうな。
その証拠に、生徒の大半はサーシャのもとへ移動している。
隣にいたクルミが立ち上がる。
一瞬、ルングの方へ視線をやり、次に悔しい思いをしたまま私を見た。
「姉のもとへ行きたいなら、行っていいぞ」
ふるふるとクルミは首を振った。
「……いいや、アリスの班がいいわ。」
「…………そうか?」
「……あぁ……。」
「それは助かるな。」
ほんの少し照れたようにクルミは言う。
「友達だからや……!」
「……ふふっ、そうだな」
しかし、これでようやく班員が一人か。これで一応班としては成立するのだが、さて、どうしたものか。
班員を集めるぐらい、魔法を使えばどうとでもなるのだが、それでは面白味もないことだしな。
などと考えていると、人混みをかき分けて、金髪の少女がこちらへ向かってくる。
それはルングだ。
「ごきげんよう。エリザベス・アリスだったわよね?」
「……ああ。」
彼女は一瞬、クルミに視線をやった。
「あなた、まだ班員が一人しかいないようね。それも、そんな出来損ないのお人形さんを班に入れるなんて、どうかしてるんじゃないかしら?」
ふむ。この私にいきなり因縁をつけてくるとは、頭のおかしな女だな。本当に……。
「出来損ないのお人形というのは、クルミのことか?」
「それ以外に……あるのかしら?」
ふふっと嘲笑うかのようにルングは、俺を見下してくる。
「知ってる? その子ね、魔族じゃないのよ。でも、人間でもないの。さっき言った通り、出来損ないのお人形さんなのよ? 命もない、魂もない、意志もない。ただ魔法で動くだけのガラクタ人形よ」
魔法人形の類……か。
両親は同じだと言ったが、魔法で自らの血から生み出したのだろうか?
まあ、魔法人形の作り方は千差万別だ。
実際に魔族が産み落とすことで作られる魔法人形もある。
よくできたものなら、本当に生きているのだ。
「それがどうした?」
「どうしたって……」
「魔法人形に命も魂もないと考えるのは、魔法概念の理解が浅すぎる。もっと魔眼を凝らして、深淵を見ることだな」
一瞬驚いたような表情を浮かべ、ルングはそれでも不敵に笑った。
「そんな呪われたお人形さんと一緒にいたら、わるーいことが起きるんじゃないかしらって忠告してあげたのよ。ね。わかるわよね?」
ふっ、と思わず鼻で笑ってしまう。
「くくく、くはははは。なんだ、それは、脅しか? この私を?」
すると、ルングがキッと私を睨む。
「ねえ……。あなた。死にたいのかしら?」
ルングの瞳に魔法陣が浮かぶ。
こちらの様子を窺っていた生徒が慌てたように言った。
「おい、やばいぞ、あいつ。ルング様とあんなに目を合わせたら……?」
「…………どういうことだ?」
「知らないのか。ルング様の魔眼は特別だ。<滅びの魔眼>と言われ、その気になれば視界に映るすべてのものの滅びの因子を呼び起こし、自壊させる。ルングが蒼き破滅の魔女と呼ばれる所以だ」
なるほど。特異体質か。クルミといい、ルングといい、アルベルト家は魔眼に特化した魔法特性を持っているようだな。
だが、私には効かない。
「…………そんな……。」
「どうした? 睨めっこは、もう飽きたか?」
私はルングを睥睨する。
すると、私の瞳に魔力がこもり、魔法陣が描かれる。
「その目…………嘘……でしょ……あなたも……。」
「なんだ? お前にできることが私にできないとでも思ったか? それに一つ指摘しておいてやろう。<滅びの魔眼>の使い方がなっていないぞ」
なかなか良いセンを言っていたが、やはりルングの魔法術式も未熟だ。後学のために、教えておいてやろう。
「見せてやろう。これが真の<滅びの魔眼>だ。」
「…………あ……あぁ…………!!」
教室にあるものはなに一つ壊れていない。ルングも一見して無傷だ。私が魔眼で破壊したのは、少々生意気だった彼女の心だ。
「信じられねえ…………。あいつ、ルング様と目を合わせて平然としてやがる……。」
「…………わたし、前にルング様が<滅びの魔眼>を出していたときにうっかり目を合わせたら、それだけで一年は目が覚めなかったのに……。」
「どういうことだよ? あいつは黒服で、しかも落伍者のはずだろ? 魔法術式の知識だけじゃなく、反魔法までズバ抜けてるなんて……。」
ふむ。なにやら……教室が騒々しいな。まぁ、いいか。
「……実は、箝口令が敷かれているからここだけの話なんだが、俺は入学試験で見たんだ。アリスがあのリリーノス様を瞬殺するところ……」
「ええっ……!? あの……魔大帝を……瞬殺っ!?」
「その前にルルーノスも軽く殺していた」
「殺したって? 本気で? 殺したのっ!?」
「ああ、その後、生き返らせたんだ」
「生き返らせたっ!?」
「それでまた殺したんだ」
「また殺した…………」
「ルルーノスは腐死者ゾンビとかいうのになって、リリーノス様を消し炭にしたんだ」
「そ、そんなことが……。」
「…………あれ? でも、あたし、入学試験の後にリリーノス様を見た気がするけど……」
「結局、二人とも生き返ったんだ…………。」
「なにがなんだか、わからないわ……」
…………まあ、このぐらいにしておくか。
「いつまで惚けている。自壊したのは心の表層だけだ。気をしっかり持て。」
ルングの頭を軽く撫で、精神を起こしてやる。
はっと気がついたように、彼女の目が俺を捉えた。
「…………あなた、何者なの……?」
「自己紹介は、済ませたはずだが?」
不敵に笑ってみせる。
彼女は悔しそうに私を睨んだ。
「ところで、ルング。まあまあの魔力を持っているようだが、俺の班に入らないか?」
ルングは思いもよらない台詞だったか、目を大きく見開き……絶句をするのだった……。
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