第334話 貴族の貸し借り
やたら豪華な部屋の、これまた贅を尽くしたベッドで寝かされたが、本当にあのベッドで熟睡できるやつがいるのかって感じで、俺は熟睡できなかった。
やたらベッドが柔らかい。
朝起きたら腰に来る。
これが妙齢な女性が隣にいて、『昨夜はお楽しみでしたね』って感じで、腰が痛いのではなら俺も素直に腰痛を受け入れるが、高い金を出して、寝付けないベッドで、朝起きたら腰が痛いなんかいじめ以外に表現のしようがない。
まあ、気を取り直して、昨日同様にルームサービスで朝食を取り、その後駅に向かう。
ホテルの方で駅までの送迎を申し出たようだが、流石にこれはジーナの方が断った。
ホテルの部屋の件で俺に譲歩させた負い目もあるのだろう。
俺に聞いて来れば、即座に断るのはジーナでなくとも俺を知る者なら誰でもわかる。
何せ、このホテルから駅まで歩いてでも10分と掛からない。
まあ、この数字は俺の足での話で、やたら着込んだ貴族の婦女子なら倍近くはかかるかもしれないが、同じ貴族の婦女子であるジーナも軍服姿でもあるし、何より、つい最近まで最前線であるジャングル内で活躍していたものだ。
なので、現役の軍人が軍人としている以上、町をちんたら歩けるはずは無い。
俺たちは、ホテルから歩いてすぐに駅に着いた。
駅に着くなり、駅長が駅舎から飛び出してきて、俺たちを拉致ってそのまま駅の貴賓室に軟禁していく。
俺の目から見たら、こう表現しかできないのだが、ジーナは満足げだ。
どうも、貴族という生き物は拉致られるのがスタンダードのようだ。
そんなはずは無いとは思うのだが……
待つこと一時間。
別に初めから待つことは覚悟していたが、つまらない。
確かに調度品は皇太子府とそう変わらないようなものが飾られているが、後でジーナに聞いたら、全く違うと笑われたのは別の話だ。
俺は跨線橋にでも行って、ぼんやり列車を眺めていようかと思っていたのだ。
結構あれは時間を忘れる。
俺の好きな時間の過ごし方の一つだった。
しかし、窓はあるがあまり眺めがいいとは言えない貴賓室で、しかも俺の知らない人が俺たちを供応してくる。
メイドさんなのが唯一の救いだ。
別に俺はあのメッカと言われるエリアのメイド喫茶に通うような趣味は無いが、それでも珍しいこともあって、目の保養となっている。
ただ気に入らないことがあるとすれば、衣装がどこからどう見てもメイドさんなのだ。
派手な色彩と、ミニスカートのメイドさんでなく、黒を基調とした落ち着いたどこからどう見てもメイドさんだ。
まあ、いいか。
しかし、この人たちはと考えていると、ジーナが二人を紹介してきた。
「二人は、この先、しばらく男爵をサポートします我が家のメイドです。私付きだった二人を実家にお願いをして借りてきました」
「え、いつの話だよ。だいいち、そんなこと許されるのか」
「ええ、大丈夫ですよ。母に話したら快く貸してくださいました。母も少佐には借りを感じていたようです」
「借り?何だそれ」
「借りでは無いですね。私の仕出かしたことで、申し訳ないという気持ちはほんの少しはもっていたようですが、それが私の上司となった男爵なら、とにかくそう言う弱みはできる限り無くしたいと考えていたようです」
そう言うことか。
いわゆる貴族アルアルって奴のようだ。
俺が、あのまま事故死や戦死になっても一庶民など気にもしないのだろうが、これが下級とはいえ貴族となると、違ってくるようだ。
同じ派閥内なら、優遇などして、処置するだろうし、敵対派閥ともなればそれこそ最優先で対処するようだ。
いつ、そこから攻撃されないとも限らない。
その危険性だけはできるだけ速やかに取り除こうとするのが貴族の習性の様だ。
一応、俺はジーナの実家にとって敵対派閥に属するらしい。
なにせ俺の副官は、急進攻勢派によって、一時期予備役になりそうだったくらいだし、何より俺自身が殺されかけたのだ。
それに、ジーナの母親は俺が軍に放り込まれた経緯を全て知っている。
娘の貴族らしからぬ不躾な行為の結果であったことを知っており、そのことを恥とも思っているので、娘から俺のためと言われればできる限りのことはするのだろう。
その結果が、ジーナと近しいジーナ付きのメイドのレンタルだった。
まあ、どうでもいいが、そんなこんなで時間となったようで、駅長が貴賓室に俺を迎えに来た。
扉一つで、駅ホームに出ることができる。
そう段差一つ登らずに、ホームに案内された。
すると、直ぐに目の前に列車が入って来たが、それが何と貨車を引いている列車だった。
え、あそこまで丁寧に案内されたのに、俺は荷物と一緒に運ばれるのかと思ったら、貨物車は目の前を通り過ぎて止まった。
何と、目の前を走る列車の最後尾には車掌車を引いて行くのだが、今回ばかりはその車掌車の前に一両変わった車両を付けていた。
俺、あれと似たような客車を見たことがある。
そう、令和の日本で、しかも埼玉県にある博物館に飾ってあった奴だ。
あれは、お召列車とか言ったか、確かあの車両は陛下を御乗せするための車両と聞いていたが、同じようは車両が目の前に止まる。
すると中から、制服姿の男性と女性の二人が出てきて俺たちを出迎えた。
「え、なにこれ」
「母に話したら直ぐに手配してくれました」
ジーナはさも得意げに俺に報告してくる。
よくよく聞くと、主にここから貴族の方を帝都に運ぶのに使われていた車両を、今回俺のために貸してもらったとか。
一応、車両は鉄道会社の物らしいが、地元の最有力者からの要請で、鉄道会社も準備したようだ。
そもそも、俺たちがこれから向かおうとしている帝国最東端の町までの優等列車は出ていない。
列車を乗り継ぎしないと向かえないような場所だったようで、鉄道会社に相談すると、毎日貨物列車は出ているという話だったとのことだ。
この世界と言うか、帝国では割とよくある話で、立場のある人の移動で、陛下や殿下までとは言わないが侯爵クラスくらいまでなら専用列車を出させることもあるのだが、他の貴族は今回の様に目的地に向かう列車に専用の客車を連結して走らせるとのことだ。
尤も、ここ旧都のお偉いさんは、最近では、列車を使わずに飛行機での移動の方が多くなり、最近はほとんど使っていなかったそうで、俺が使っても問題ないとも教えられたが。
俺は、案内されるままやたら豪華な客車の中に入っていった。
この客車も寝台車なのだが、これ寝台車って言って良いものか。
泊まっていたホテルの部屋をこじんまり再現したような感じの内装で、ベッドまで同じように柔らかい。
また、ジーナたち随員のためのベッドまでは無いが、俺はジーナたちにベッドを譲って床で寝るようにしたいが、これも却下されて、ベッド脇にあるソファーで寝ることにした。
しかし、貨物車に連結されての移動って驚いたが、考えようによってはかなり合理的でもある。
次の目的地まで、一々駅に止まらないのが貨物列車だ。
それに、この帝国では半世紀も戦争をしていた関係で、とにかく軍が最優先される風潮がある。
そのため鉄道も軍需物資輸送が何よりも優先され、貴族移動については二の次とされる。
なので、列車での移動では貨物車と連結されるのは、かなり望まれている話だそうで、今回は特急列車の通わない駅までだが、漁業が盛んな町でもあったために、割と頻繁には貨物列車が出されていたことも幸いした。
また、最近では軍需物資と民需物資の区別もかなり緩くなってきたと言うか、とにかく物量輸送が大事だとばかりに、ほとんどが軍需物資と同じ扱いの輸送となっているとも一緒に乗り込んできた鉄道会社の社員さんが教えてくれた。
やたら豪華な客車内ではとにかく落ち着かないが、時間だけはいっぱいある。
暇を持て余したドミニクが俺に聞いてきた。
「隊長。旧都については、分からない訳じゃ無かったですが、これから向かう先には何があるのですか」
「そうですよ、少佐。今度の移動の目的を教えてください」
「目的と言ってもな。一度行ってみたいとは思っていた場所ではあるが、今回はとにかく帝都には居たくなかった。あそこでは何があるか分からない。身の危険を感じた訳だよ。そうなれば、安全のため、できるだけ帝都から離れたいと考えるのは、人なら当たり前のことじゃ無いかな」
「え、それでは少佐は、帝都から一番遠くに行きたかっただけだと」
「そう言われれば身もふたもないが、まあそう言う感じかな。後は、そう言う場所でこれから住む所を探そうかと。どこかアパートか、それとも下宿でも良いが、どこでも良いけど一部屋借りておきたいと考えて……」
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