第303話 無条件降伏
「どうしましょうか、大尉」
俺にアプリコットが聞いてきたが流石に俺の責任を超える案件だ。
こういう場合に最良の手段を取るしかない。
俺にとって伝家の宝刀だ。
「何を言っているんだアプリコット君。先ほど言ったとおりに報告すればいいだけで、もうこれ以上この場にとどまる理由は無いだろう」
「へ??大尉こそ何を……」
俺が見て見なかったことにしようとしていたら俺の意図を見抜いたメーリカ少尉が口を挟む。
「ダメだよ隊長。流石にこれは私でもダメだと分かるよ」
え?
メーリカ少尉だけは味方だと思ったのだが、裏切られた。
ブルータスお前もか……
「アプリコット少尉。隊長は、あの白旗のことを見なかったことにしたいようだけど、流石に無理だよね」
「え~。当たり前じゃないですか。何を言いだすんだか。隊長一人だけならできたかもしれませんが、これほどの人に見られているのですから、隠ぺいは無理です。すぐさま対応を講じませんと」
「だから、その対応が俺の権限をはるかに越えているんだよ。俺に命じられたのは威力偵察だけなの、わかる?現場で不足に事態があっても、報告の義務こそあれ、俺に交渉の権限は無いよ」
「でも、現場最高職位者であれば……」
「その、最高職位が問題なんだよ。俺はその最高職じゃ無いから」
「へ??」
「俺は大隊長ではない。大隊に対して命じられたことで発生した問題だから、アプリコットの言うように現場責任者の大隊長なら超法規的なんかもありだと思うけど、その大隊長でないから俺には無理だ」
「でもこの場では……」
「ああ、だから大隊長に報告して判断を仰ぐ。軍ではそうなっているのではないかな。軍でなくても普通組織ってそういうもんじゃないかと思うけど」
そうなのだ。
俺は副大隊長であって大隊長ではない。
しかもその大隊長はこの場にいなく、無線連絡も作戦中のためできない。
俺が実質的に指揮していることなんか問題では無い。
こういう場合、自国内ならある程度のごまかしも効くだろうが、他国が介在するから絶対に問題になる。
ここで俺が交渉なんか始めれば、現場の暴発なんかと言われて処分対象になる。
これによって不名誉除隊できるなら俺には文句も無いが、この件を盾にとってこれ以上の無理を言い出してくることなんか簡単に予想できる。
だから俺に瑕疵を作ってはダメだ。
その辺りアプリコットも分かりそうなのだが。
「大尉の言いたいことは分かりましたが、黙殺は無理です。この場に友邦軍の人もいるので、流石に問題になります」
「友邦軍…… ああ、連邦軍のキャスター幕僚長のことか……」
あ、いたじゃん。
この場で他国との交渉の権限を持ち、ある程度の裁量権を持つ人が目の前に。
そうだよ、俺たちは連邦軍との共同作戦中だった。
だとすると、最高職位は幕僚長のキャスターさんになる。
俺たちは今まで連邦軍の作戦に『協力』していたわけだから、作戦の主体は連邦になるし、助かった訳だ。
「アプリコット少尉。ありがとうな。そうだよ、俺たちは今連邦軍の作戦に協力中だった。それを忘れていたよ」
「「「……」」」
メーリカ少尉だけでなくキャスターさんにも俺の意図が伝わったようだ。
キャスターさんなんかとたんに顔をしかめているしな。
「大尉。そういう言い分で来るか。分かったよ。確かに、今回は大尉の協力が無ければできなかったことだし、今までの借りもあるから協力しようじゃないか」
「ありがとう……いや違った。では、作戦責任者としてのお考えをお聞きしたいのですが」
ここまで話すと流石にアプリコットにも俺の考えが分かったようで、お小言を言いそうな顔をしたが、キャスターさんとの会話に混ざることは無かった。
「向こうに交渉の意図があることが分かった以上、そのまま放置することはありえない。これから私が行って交渉に応じよう」
「では早速……」
「だが、現在帝国軍との共同作戦中だ。当然、帝国軍から現場最高責任者も交渉の場に同行してもらう」
え、そう来たか。
流石に帝国から狐とまで言われた女傑だ。
そう簡単に丸め込まれることは無かった。
しかし、その辺りが落としどころでもある。
そこまで分かっていて切り出してくるから本当に食えない人だ。
あの黒服が居なかったら、俺は絶対にこの人には敵わなかっただろう。
今は味方になっているのだから、俺はあいつら《黒服》に少しばかりの感謝の念を感じた。
本当に少しばかりだが。
「分かりました、キャスター幕僚長。…… アプリコット少尉。 ここからあいつら《白旗を持った人》に発光信号は届くかな」
「十分に届く距離ですが相手に伝わるかどうか」
「まあ、こちらからの意思表示だけでもしておこう。発光信号で『その場にて待て、交渉に応じる』と何度か発信してくれ」
では行きますか。
「こちらから誰を連れて行きますか」
「そうだな、山猫さんたちには付いてきてもらいたい。アプリコットたちは車両をもって現場に来てくれ。俺たちは最短で向こうに向かう」
その場で別れて俺たちはすぐに行動に移った。
この場から5分ばかりの場所に崖を降りれそうなところがあるとのことなので、そこに行き崖を降りて行く。
がしかし、簡単に降りれると言っていた筈なのにナニコレ。
俺には無理。
俺には絶対に無理だよ。こんな切り立った崖を降りるのなんか。
しかも優に30mはある。
流石に足もすくむし、俺には無理だ。
俺がぐずっていると、山猫さん達がロープを取り出して準備を始める。
なんと、そのロープの端を俺の胴に巻き付けて来る。
ナニナニ、何するんだ。
「隊長、直ぐ済むから大人しくしてくれ」
そういうとメーリカ少尉は俺を抱きかかえて崖に向かいその場に俺を落とした。
俺はコアラよろしく大人しくロープにつるされ崖を下ろされる。
しかも、そのロープを支える人の中にキャスター幕僚長までいるのだから、本当に連邦軍との共同作戦中だ。
なんか情けない。
俺の作業が一番時間を食ったようで、俺が下りるとそれこそさほどの時間をかけずに全員が下りて来た。
そこから1時間弱位歩いて、あの白旗を持った人を待たせた場所に着いた。
そこから難しい交渉が始まる……と思いきや相手が直ぐに降伏を、それも無条件の降伏を申し出て来た。
そもそも交渉の相手が元キャスターさんの部下だったようで、一々細かなことまで話さずに現状の確認後に降伏を選択したようだ。
しかも、交渉に当たった元部下の人はその場でキャスターさんに亡命の意思まで伝えているのだ。
一体全体どうなているんだ。
俺が訳わからんの顔をしているとキャスターさんの部下の一人が丁寧に俺に経緯を教えてくれた。
まず、交渉相手がキャスターさんの元部下の一人で、現在は基地に駐屯している連隊の中佐だという。
キャスターさんが希望の回廊で鮮やかな逆転を決めた時の部下だった人だという。
あの功績で中佐に昇進していくつかの戦場を回り、この基地に転属してきたのは割と最近の様で、キャスターさんが帝国に保護された時にはこの基地にいたそうだ。
そもそもキャスターさんが少佐に留め置かれていることに相当国に不満を持ている。
自分はあの後すぐに少佐に昇進後、さほど時間をおかれずに中佐まで昇進していることに納得がいっていない。
今回降伏の判断をしたことについては、そんな国に対する不満も理由の中にあったが、それ以上にこの基地の状況が降伏以外ありえないくらいに悪くなっていたことが理由だという。
その理由というのも上級の
絶対に攻撃されることの無い筈の基地に砲弾が向かってきたのだ。
しかも相当の量の砲弾が、全く同じ場所に落ちて来る。
二人いる連隊長はこれにより完全にパニックに陥り、軍監役の政治将校が真っ先に逃げ出したことをきっかけに逃げ出す準備を始めたそうだ。
そのうち、この基地から出発した機甲化中隊の参謀の一人が数人の取り巻きと一緒に酷い格好で逃げ込んできたから、これで完全に基地全体がパニックに陥った。
その黒服の参謀は、友人の一人を捕まえて基地にある車両を奪いさっさと自分の友人たち取り巻きを連れて後方に逃げて行った。
それに触発されたのか、連隊付き参謀たちも同様に勝手に車両を使って逃げ出していき、基地には佐官を中心に士官連中が半分近く逃げ出してしまったそうだ。
残った士官はそのほとんどが共和国の辺境辺りの出身者やいわゆる下層階級出身といった感じの大統領から遠い人たちばかりだけだったという。
黒服はもちろん、共和国首都や大都市出身の大統領に近しい人たちは一人の例外なく逃げ出した後で、基地には一般兵士ばかりが取り残される結果となった。
当然彼らもパニックになって、暴動になりかけたのを目の前にいる彼が中心となって落ち着かせるのに半日を要して、その結果、白旗をもってこちらに向かうのが遅れたと詫びていた。
俺らにとってそのタイムラグが幸いした、いや、問題になったと言うべきか。
でなければ彼らの降伏の意思が分からなくなったのだが、偶然が重なるとこういう幸運?に恵まれるということだ。
しかし、今更ながら敵である共和国の内情は酷い。
よくそんな状況で国を維持できているのか不思議でない。
まあ、酷い連中だけをこの辺りに集められたともいえるのだが、それにしてもと思わなくもない。
とにかく俺たちはその場で時間をかけて話し合い、基地駐屯部隊の無条件降伏を連邦は受け入れ、基地そのものを物資共々連邦軍が接収することに決した。
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