第245話 久しぶりの徹夜明け

 先ほどまで全裸だった現地の隊長の着替えが終わったようで、中から声がかかった。

「お待たせしました」

「隊長、もう入っても大丈夫だよ」

 後からの声は中に残った山猫からだ。

「分かった、ありがとう」

 山猫に声を掛けながら、もう一度部屋の中に入った。

「悪いが、死体を部屋から出してくれないか」

 まだ、残っている黒服の死体を外に出してもらった。

 当然、持ち物など、重要と思われるものについてはメーリカさんが確かめている。

 俺たちには敵兵士の死体など必要などない。

「あ、あの。この死体は…」

 現地の女性兵士の一人が申し訳なさそうに俺に声をかけてきた。

 今までさんざん好き勝手してきた連中だ。

 相当恨みも買っているだろう。

 兵士は見せしめのために晒したかったようなので、聞いてきたのだろう。

「手伝って頂けるのなら、この死体の処理をお願いできますか」

 要は、見せしめにしたいのなら、『御好きにどうぞと』と言ったのだ。

「はい!」

 その兵士は嬉しそうに、部下と思しき兵士を連れて死体を運び出していった。

「いいのか」と先の現地リーダーであるマリーさんが俺に聞いてきた。

 アプリコットも心配そうに俺を見ている。

 敵である共和国との協約があるのだ。

 捕虜の扱いとか戦死した兵士の扱いに関しての協約があり、そこには戦死した兵士の死体を辱めてはいけないとはっきり明記されている。

 俺のしたことは明らかにその協約違反だと、心配しているのだ。

 だいたい共和国の方が、この場合、黒服兵士の方が、明らかに協約を守っていない。

 端っから守るつもりもなかったのだろう。

 俺が今まで出会った全ての黒服兵士は、戦地犯罪者としても拘束できるくらいなのだから。

 アプリコットの意向もあり、全て生きている者は捕虜として扱ってはいるが、まだ捕虜としたわけじゃない。

 今回の作戦では、現地勢力との共同作戦なのだから、拘束できた兵士の扱いについても俺らの意向を一方的に押し付けるわけには行かない。

 そのための交渉を始めるのだ。

 と、これは一応の建前。

 しかし、黒服以外のキャスター少佐の部下を一人残さず救うには大事な作業だ。

 現地勢力に嫌われることなく、キャスター少佐の部下を全員こちら側に持ってくるには妥協は必要だ。

 これも建前。

 俺としては、あいつらのためにこれ以上労力を掛けたくないのが本音だ。

 今の状況では、俺が強く希望すれば現地勢力は反対できない。

 多分、こちらの希望に沿って外交官の受け入れも可能だろう。

 彼らの感情はともかく、俺の命じられている仕事の外交交渉をできるまでは持っていける筈だが、何も嫌われることをする必要がない。

 ここは気持ちよく外交交渉ができるように、できる限り配慮していくのがベストだ。

「大丈夫です。こちらでの風習で扱って頂けたら、我々は敵との協約違反にはなりません。なにせ、あなた方を救う今回の作戦は、あなたの部下たちとの共同作戦でしたから、彼らの扱いについてはあなた方の了解を得ないといけないでしょう。なにせ、作戦前にきちんと捕虜や敵兵士の死体についての扱いについて取り決めていないのですから」

「そ、そうか。その配慮は助かる。で、あなたの云う交渉とはそういったものか」

「はい、でもそれだけではありませんが、話題に出た以上、この話を先に片付けましょう」

 その後の話し合いは簡単についた。

 こちら側の要求で、キャスター少佐の部下全員を絶対に手を出さない条件で、こちら側の管理下に置くことができた。

 また、敵が持ち込んできた武器弾薬を含む一切の資材の所有権をこちら側が持つことにも同意してもらえた。

 その代わり、こちらで押さえている黒服の兵士の内、士官を除く、ほぼ全ての兵士を現地勢力に引き渡すこととした。

 現地でのルールに則って裁かれることだろう。

「ありがとう、こちら側の要求をすべて呑んで頂き、本当に感謝している」

「お礼を言うのは私たちです。あなた方なら、好き勝手出来るでしょうに、こちらとの交渉をして頂けるだけでも面目が立ちます」

「懸案事項の内半分が済んだ訳ですが、正直、これからが私が受けている命令の事柄になってきます。私には一切の外交交渉の権限が与えられていませんが、帝国はあなた方と外交交渉を望んでおります。ですので、外交官をこちらに派遣して、町の代表との交渉を取り持っていただけないでしょうか」

「町の代表、町長の事かしら。兵士の頭については、多分生きてはいないでしょうから、私が一番上なのでしょうが、果たして町長がまだ生きているかどうかは分かりません」

 周りにいる兵士も一応に項垂れて『さもありなん』って感じだ。

 そうだよな、いたるところに現地人の死体が転がっていたし、気に食わない連中は好き勝手に殺していただろうから、果たして、町長はどうなったか、正直、ここの来るのが遅かったのかと後悔している。

「朝になれば、町の様子もはっきりわかるだろう。改めて、町を完全に開放してから話し合った方が良いのでは」とメーリカさんからの提案だ。

 確かにそうだ。

 まだ、残党狩りとは言え、完全に安全が確保できたわけではない。

 とりあえず、手隙の連中から食事を取らせ、休憩に入ってもらった。

 俺らは、現地の兵士と一緒に、この屋敷の片づけをして、とりあえず敵さん同様、ここに本部を置くこととした。

 尤も、死体などは皆すでに片されており、そこら中に飛び散った血痕などを拭いていく作業を朝まで延々と続けた。

 お化け屋敷じゃあるまいし、血痕がありありと残った部屋での作業など俺にはできない。

 部下が飛び回り、キャスター少佐の部下の状況確認と、彼女らが武装解除した武器類の押収に走っている。

 残党狩りは現地兵士に任せきりだ。

「隊長、キャスター大隊の武器の押収は済みました。この屋敷の蔵に収められておりました。それ以外の資材類は見当たりませんが…」

「食料などは、部隊に残されてあります。それを押収しますか」とキャスター少佐のお言葉だ。

「いや、それには及ばない。むしろ助かったと言うべきかな」

「隊長、何で?」

「我らで大隊の食事の面倒まで見きれるか」

「あ、そうですね。そんなことしていたら、他は何もできなくなりますよね」

「そういうことだ」

 なんだかなんだと仕事ができてくる。

 そんな処理に忙殺されていると、あっという間に朝が来た。

 仕事は終わらなかった。

 軍人の仕事って戦争だけだと思っていたのだが、その戦争って、かなりの事務仕事が伴うことを嫌々ながら理解していた。

 隊長の仕事って、ガテン系ではなく事務職だということが良く分かった。

 だから俺でも務まっているのだということも同時に分かったのだが……

 結局徹夜になった。

 本当に久しぶりの徹夜は堪える。

 熱いシャワーは無理としても、熱いコーヒーくらいは飲みたい。

 あ、そういえば昨夜から何も口にしていないということを思い出したのか急に腹が減ってきた。

 誰かに言って、あのまずい携帯食でも分けてもらおうかと思っていたら、現地兵士の隊長であるマリーさんが男性二人を伴ってやって来た。

「おはようございます、中尉」

「おはよう、マリーさん。そちらの方は」

「中尉、幸いのことに町長は無事だったので連れてきました。非常に申し訳ないのだが、先ほど話し合った件だが、もう一度町長を交えて話し合いたい」

「え?」

「け、決して先ほどの件を全て反故にしようとは考えていない。しかし、町長が存命と分かった限りでは、町長の判断を仰ぎたい。一応、話し合いの内容はすでに町長に伝えてある。できないだろうか」

「マリーさん、そして町長殿。私たちは無理を押し付ける気持ちはありません。先ほどの件ですが、そちら側に話し合いの意思がある限り、応じない訳にはいきませんので構いません。ここですぐでもよろしいでしょうか」

「隊長さん。こちらの無理を聞いてもらいありがとうございます。しかし、我々の気持ちも考えてください。先日以来、外の連中が押しかけて、町の者を殺して回った後だ。確かに隊長たちは、我々の者を救ってくれた。その件には感謝しておる。しかし今後のことについては、安易に妥協はしたくはない。我々の安全が関わってくるのだから」

「町長殿。先ほどそこのマリー隊長との話し合いですが、昨夜からの後始末に関するものばかりです。どこまでお聞きしているかわかりませんが、もう一度こちらの希望をお伝えしながら話し合いができればと考えております」

「そういってもらえると助かる。ここに座ってもよろしいか」

「すみません。すぐに全員分の椅子を用意させます」と俺が言うと、すでにアプリコットが兵士に命じていた。

 時間を置かずに、この屋敷にある椅子をいくつか持ってきて、テーブルを挟んで全員が座った。

 眠い目をこすりながら、空腹を抱えて、プレゼンの再開だ。

 どこのブラック職場だよと心の中でこぼしながら話し合いを始めた。






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