第199話 機内の溜息

 今にも雨の振りそうなどんよりとした天気の中を足取りは重く、本当に憂鬱そうな顔をしているサクラは副官たちを連れて空港に向かっていた。

 サクラのアンニュイな雰囲気は何も天気ばかりのせいじゃない。

 いやむしろ天気は全く関係ないところで憂鬱な気分に浸っている。

 彼女がこれから向かうのは飛行場だが、ただ飛行場に遊びに行くわけじゃなく、飛行場からサクラ専用機となっている北斗で帝都まで運んでもらうためだ。

 サクラは殿下直々にお呼び出しを頂いたので、これから帝都まで出張するのだ。

「帝都に行くのが最近は毎回すべて憂鬱になるわ」

 長くサクラの副官を勤めているマーガレットもやや塞いだ雰囲気を漂わせながらサクラの独り言に応えた。

「確かに、毎回何かしらの対応のためですからね。それも毎回毎回とびっきりの厄介事の処理をしないといけないから、閣下のお気持ちは理解できます」

 ジャングルに拠点を置いてから合流してきた秘書官のレッドベリー大尉が聞いてきた。

「何ですか、厄介事とは。この師団にそれほどの厄介事がありましたか。確かに今回のケースは帝都で政治問題化している様ですけど、我々戦線にいる者たちにはさほどの影響がありますでしょうか」

 レッドベリーの質問にマーガレットが食いついた。

「あなたには今までの厄介事が理解できていないようね」

「マーガレット、およしなさい。仲間うちでの争いは好みませんよ。それに考えてみてご覧なさい。最初の頃の厄介事の原因の一端にクリリンさんの古巣も関わっているのですから、最初の頃のものは、彼女にとって厄介事にはなっていないのよ」

「古巣が原因の厄介事ってなんですか」

「今ほど我々陸軍とクリリンさんの海軍との関係が良かった時期は私の知る限りではなかったかと思いますよ。当然、最初の頃の厄介事が発生していた頃も海軍さんとは仲良くは出来ていなかったはずですわよね。むしろ我々の引っ越しの作戦で無理やり仲良くさせられた反動で一部ではかなり険悪になっていたようにも記憶しています。 そんな時に、いきなり海軍さんから感状やら勲章の要請などがあれば現場がどうなるか予想がつきますか。当然、我々もパニックでしたよ。いつも冷静なレイラ大佐、あの時はまだ中佐でしたけど、でも平常心とは言えなかったようですしね。その混乱した現場をどうにか収めないといけない時期に帝都に呼び出されたのよ。その件でね。魑魅魍魎が跋扈する帝都で前例のない事への対応に迫られたら私だって参るわよ。でも、今回の事に比べればあの頃の厄介事って些事にも思えるわね。それもこれも、あいつのせいよ。毎回毎回仕事を降ればなんで斜め上のようなずれたことをして、現場を翻弄するのかしらね。ブツブツブツ……」

「ま~ま~、落ち着いてください、閣下。今回の件は確かに大事ではありますが、我々ラインの人間にはそれほど関与することはないのでは。帝都にはそれこそ多数のスタッフに当たる人間がおり、なおかつ巨大な組織も多数あります。ましてや今回は外交が主体になるとも聞いておりますので、我々のような現場の人間にはあずかり知らぬことではないでしょうか。我々は確実に帝都まで護送して担当者に引き渡せば、その時点で仕事は終わるのでは。尤も閣下を始め私たちはその後に殿下への報告することを求められておりますから、報告が済むまでは仕事は終わりませんが。それでも、そんなに大事になりますか。なにせ今回は叙勲等の関係は一切ないとも聞いていますからね」

「え~、そうあって欲しいですね。しかし……あいつの絡むものはなぜかしら毎回毎回大事になるのよね。今回も嫌な予感しかしないのも事実よ。さ~空港に着いたわよ」

 飛行場には既にエンジンを回した状態で北斗がいつもの駐機場に待機していた。

 レイラ大佐が既に部下とともに護送する共和国の人間を飛行の中に載せていたので、サクラたち一行が乗り込んだらすぐにでも出発できる。

 そそくさとサクラたちは北斗の中に入っていった。

 輸送機「北斗」はすぐにどんよりとした雲の中を飛び抜け高度9000m上空に達した。

 この高度まで上がれば地上のどんよりとした天気とは嘘のように変わり、快晴の中を順調に帝都に向けて飛行していく。

 本来北斗の実用高度は高度12000mであるのだが、今回は重要な人物たちを多数運んでいる関係で各地から護衛の飛行中隊3個が出ている。

 護衛機の実用高度が北斗に届かないので、北斗が護衛機に合わせて上限ギリギリの高度で帝都に向かっていく。

 機内後方よりレイラ大佐がサクラたちのそばまで来て声をかけた。

「久しぶりね、護衛機が付くのなんて。いつ以来だったかしらね」

「もう忘れたわよ。第一、本来の高度で飛べば護衛機は付かないかもしれないけど、敵だってここまでこれないのだから、そっちのほうがかえって安全だと思えるわよ。だからいつもは護衛機無しで高高度を最速で利用していたじゃないの。何考えているのかしらね、上の連中は。合理的じゃないというか、はっきり言って無駄だわよね。いま護衛にあたってくれているパイロットの多くも同じように感じているはずよ」

「ブル、それを口に出さないの。パイロットさんたちがかわいそうよ。彼らだってやりたくて仕事しているわけじゃないからね。我々同様に上の指示で動かないといけないから。その辺を分かってあげたら。およそ軍の中で自由気ままに動き回っているのなんてあいつとあいつの部隊しかないわよ。敵までも含めてもね」

「それもそうよね。でもあいつのせいで、護衛してくれているパイロットも含め私たちが上からの指示でいいように駆り出されているのよね」

「だからそれを言わないで。私だってできるだけ考えないようにしているのだから」

「「「は~~~~」」」

 その場にいたサクラとレイラ、それに副官のマーガレットが大きなため息をついた。

 しかしそれを見ていたクリリンにはその気持ちがわからなかった。

 第一彼女たちがアイツ呼ばわりしているのが誰のことか分かっていなかったので、ひとり取り残された気分を味わっていたのだった。





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