第60話 予定外の帰還
ジャングル方面軍司令部では、さすがに車列を止められ、訪問の理由を聞かれ、かつ車列内の搜索まで行われた。
安全のため当たり前のことだが、初めての経験であり、正直ビクビクしていた。
何も悪いことしていないのに腹を探られ、『冤罪で捕まるのではないか?』などと恐れていた。
あ!悪いことしたばかりだった。
仕事をサボって街を散策していたのを忘れていた。
見つかったらどうしよう、と余計挙動がおかしくなってきたのをアプリコットが
「何、ビクビクしているのですか少尉。我々は仕事でここへ訪問しているのです。基地所属でない部隊の訪問では当たり前のことなので、少尉も慣れてください。一緒にいる我々が恥ずかしくなります」
「小市民の俺が兵隊さんに取り調べをされたらしょうがないだろ」
「ププ~、少尉、あなたも『兵隊さん』ですよ。それも士官なのだから今の発言おかしくないですか?」とメーリカ軍曹が吹き出しながら言ってきた。
「でも、しょうがないだろ、所詮1週間教育の即席軍人なのだから。ま~マーリンさんの言うとおり頑張って慣れるよう努力します」
俺らの軍人らしからぬ会話を聞いて、俺らに慣れていない後から合流組のみなさんが、驚きと若干の軽蔑のこもった暖かい目を向けてきているのを感じ、これもいつもことだが、居心地の悪いいたたまれない気持ちになっていった。
そんなこんなで時間が潰れ、許可をもらって基地内に入っていった。
指示された駐車場に車列を止め、
「軍団司令部のお偉いさんに挨拶しに行く前に、基地に一報を入れておいてください。報連相は基本だから、きちんとしておかないとね」
「到着だけを連絡しておけばいいのでしょうか?」
「着いたのだから、定時連絡を軍団司令部出発まで省略することも合わせて了解をとってもらってくれ」
「分かりました」
「後は、この場でしばらく待機。声の通る場所にいるなら、そこの休憩スペースにいても構わないから。メーリカさん、ジーナさん、あとよろしくね。それで、マーリンさんはいつの通りご一緒願います」
「わかっています。行きますよ、少尉」
アプリコットに連れられて、軍団司令部のある建家に入っていった。
受付スペースにて、訪問の趣旨を伝え、責任者に連絡をとってもらった。
待つこと30分、やっと偉そうな人たちが待合スペースに現れた。
ささっとアプリコットが起立し、教本に出てくるような敬礼をして、向かってくる偉そうな人たちを待っていた。
俺も、かなり遅れてアプリコットの真似をして待った。
「や~、待たせたね」
「グラス少尉率いる小隊の基地到着を申告します。グラス少尉と私アプリコット准尉であります」
「これは失礼した、私はこのジャングル方面軍司令部で人事担当をしている参謀のマックウエル 中佐だ」と人事参謀が返礼を返してきた。
その後一緒に来ていた士官も敬礼をして自己紹介を始めた。
「私は近衛第2連隊 第14大隊 隊長のローリー アート 少佐だ。今回の案内をしてもらう大隊の隊長だ。よろしく頼む」
「ドック ヤールセン 少佐だ。俺は、新兵を連れて基地に向かわなければならないのだが、今新兵は近くのジャングルで、そこの第14大隊の協力を得て訓練中だ。3日後にはここに帰ってくるが、すぐには出発できない。移動手段もないしな」
「とりあえず、立ち話もなんですからそこの応接室までご同行願います」といって人事参謀が我々を応接室まで促した。
応接室に入り、早速打ち合わせとなった。
打ち合わせをしていくうちに明らかとなったのは、移動させなければならないのは2個大隊2000名だが、うち半数が新兵で、移動手段を持っていないことだった。
海軍鎮守府のあるドラゴンポートからここロールストリングスまでは、例の引越し大作戦で投入されている輸送大隊に紛れて連れて来たが、ここからジャングル内にあるサクラ旅団の基地までの手段がないのである。
幸い、第14大隊は先の第13大隊と同様の装備を誇り、全員が車両等の移動できる手段を有していた。
流石帝国の誇る近衛師団の装備だったが、残り半数を徒歩での移動では、さすがにまずい。1週間以上かかる上、新兵ではまず体力が持たない。食料なども1週間分も持ち運びできない。持てて3日分である。
幸い、新兵1000名はここにはおらず、戻るのにまだ3日以上かかるということで、先に第14大隊を移動させ、サクラ旅団の基地に到着後トラックなどを空にしてまたここまで戻る、いわゆるピストン輸送していくことで話はまとまった。
サクラ旅団長には無線で了解を取り、早速移動することになった。
精鋭と言われた花園連隊であり、既に移動準備は出来ているということで、あす朝一番で移動することで話はまとまった。
新たに開拓したルートを使えば2日で往復できる。
最悪でも3日あれば往復できるので、方面軍基地の人事参謀にはいたく喜ばれた。
なんでも、彼女たちは正直邪魔だったそうで、方面軍の首脳たちからしたら早くどこかへ行って欲しかったそうだ。
そりゃそうだ。自分たちの部下でもない人間2000名が、意味もなく基地に屯していたら邪魔になるだろう。
第14大隊の彼女たちも居候のような扱いで、かなり肩身の狭い思いをしていたようで、新兵の訓練を兼ねて、一部の士官は逃げ出したようだった。
でも、サクラ旅団の首脳陣にとってはかなりありがたくない情報だったようで、通信兵から得たところでは、この情報を聞いた旅団長はかなり落ち込んでいたとのことだ。
俺には責任はないが帰ったらかなりイヤミを言われることを覚悟した。
打ち合わせも終わったことで、今日の宿泊先を確保した俺たちは、小隊のメンバーに伝えるために待機場所へ戻っていった。
みんなを集め、「あす朝一番で基地に帰ります。その後、第14大隊の皆さんを降ろしたあともう一度ここに戻ります」と説明した。
早朝、駐車場に行ったら、既に第14大隊の皆さんは車両に乗車して待っていた。
我々も急いで乗車してすぐに出発した。
帰りは、本当に順調で、朝早く出たこともあって,サクラ旅団の基地には午後3時前には着いてしまった。
すぐに司令部にいる旅団長へ報告に上がった。
慌てたサクラ旅団長は、司令部にいた首脳と連れ立って、広場に待機している車列の前まで来た。
「サクラ旅団長に報告します。近衛第2師団第7連隊第14大隊は、今を持って勅命特別旅団に合流します。隊員1000名中82名の欠員を合わせて報告します。これは、サクラ連隊長の指示のもとドック ヤールセン少佐の要請により、新兵の訓練のためにジャングル走破に同行していることを申告します」
「新兵訓練はこちらでも了解しており、ドック少佐に許可を出していますので、問題はありません。第14大隊の合流を認めます。周りを見ての通り、基地は整備の途中です。あなたたちは、あそこの広場にて当面の野営を命じます。マーガレット案内してください。では、解散」
「分かりました。ローリー少佐、こちらになりますので、そのまま着いてきてください」
「あ、グラス少尉、お話があります。私は彼女たちの出迎えを命じた時に、合わせて命じましたよね。時間をかけて連れてくるようにと。それをこちらの予定より1週間早く連れてくるとは、どういうことですか?私に何か含むところでもあるのですか?」
「いいえ、ありません。我々も時間をかけるべく、街で1日だけ迷子になりましたが、それ以上は流石にできません。早かったのは単なるめぐり合わせだと思います」
「ふ~、山猫たちの優秀さは理解していましたが、あなたたちって無駄に優秀よね。まるで我々を困らせるための成果ばかり上げるよね」
レイラ中佐までも呆れながら皮肉を言ってきた。
だから嫌だったんだよ、こんなに早く帰るのは。でもあちらの基地でもお荷物のようで、さっさと追い出されたのだからしょうがないじゃないか。でも、恨まれたよね。流石に俺でも基地の状況は理解できるから、トホホ…。
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