第27話 方策転換

 サクラ率いる勅任特別旅団(通称サクラ旅団)の司令部は、昨日からの異様な緊張は解けたが、雰囲気が和らいだわけではない。

 今までの緊張から、一転して、異様な雰囲気があたり一面を支配していた。

 例えるなら、デスマーチの職場に、急遽、新たな大型プロジェクトが持ち込まれ、全員が何をどうしていいかわからない状況になり、固まったような雰囲気であった。

 結論から言うと、上の例えそのものの状況にサクラ旅団の幕僚が追い込まれていた。


 2日前にサクラたちがこの基地に到着したときから始まったデスマーチの方策は、一刻でも早く、基地の体裁を整え、こちらの置かれている状況を全く無視して送り込まれてくる兵士の受け入れ先を整えることであって、サクラたち幕僚には、全く選択の余地がなかった。

 しかし、次々に送り込まれる部隊に、基地は混乱の極みに達し、まさに破綻する寸前で、不明なエンジン音事件の発生であった。

 幕僚たちは、鍛えられた強靭な肉体と不屈の精神で、この難局を無事乗り切ったばかりであった。

 嬉しい知らせもあった。

 こちらに向かってくる途中で聞かされた部下の遭難情報であったが、その部下たちが無傷で全員が原隊復帰を果たしたのであった。

 こちらが、落ち着き次第、救助隊を編成しなければならない案件であったので、本当にめでたい事であった。

 事故にあったのが、優秀な部下であるという評価であったので、まさにこのデスマーチを乗り切る強力なカードとなることを期待していた。

 彼女たちは、本当に優秀であった。

 全員が無傷で、あの困難なジャングルサバイバルを経て、100kmにも及ぶ行軍を成功させての復帰であった。

 しかも、輸送機墜落現場から、輸送機クルーの軍属4名を率いてである。

 軍属は民間人である。

 多少の訓練は経験していたであろうが、屈強な兵士でも困難が伴うジャングルでのサバイバル移動を3日間、一人も欠けさせる事なく、しかも、健康状態も極めて良好な状態での到着である。

 本当に優秀な部下であって、彼女たちの合流は、歓迎することはあっても、問題になることは無いはずであった。

 しかし、この場合、彼女たちは、あまりに優秀であったがために、新たな問題も引き連れてきたのであった。

 サクラ旅団をジャングルに展開することになった理由は、敵である共和国が、ジャングルで大規模な作戦を展開中であるという情報によるものだ。

 いま、帝国は共和国のジャングルでの作戦内容を喉から手が出るほどに欲している。

 彼女たちは、復帰するやいなや、その喉から手が出るほど欲している情報の一端を持ち帰ってきた。

 極論を言うと、サクラ旅団の目的、存在理由がこの情報を帝国に持ち帰ることであって、数日前から、基地全体で準備作業を全力で行ってきたのであった。

 この情報が2ヶ月、いや、あと1ヶ月後に持ち込まれていたのであれば,サクラたち幕僚は、目から涙して喜んだのであろう。

 しかし、それが今となると事情が違う。

 現在は、情報を集める準備の段階であって、情報を集める作業を全くしていない。

 いや、できないのである。

 しかしながら、情報を聞いてしまった以上は、これを無視するわけにも行かず、さっきからサクラは頭を抱え『ウ~、ウ~』と唸り続けている。

 彼女の幕僚たちは、「グラス少尉の報告は、信用できないのだが。というより、何を言わんとしているのか理解できない」

「しかし、アプリコット准尉の報告は、無視できない」

「持ち込まれた資料は、ジャングル内の地図を作っているようだが」

「連れてこられた捕虜の件はどうする」

「というより、捕虜からの情報は無いのか」

 司令部は混乱の極みだ。

 サクラが、助けを求めるようにレイラに「捕虜の身元は分かったの?」 と聞いてきた。

 レイラはすかさず、優しい声で、幕僚たち全員に聴かせるように

「流石に、鍛えられた士官であるため、作戦に関することについては、全く漏らさなかったわ。でも、身元は直ぐに分かったわよ。若い方の名前は、アンリ・トンプソン、少尉。 彼女は、士官待遇であり、技術将校だそうよ。測量担当であったみたい。問題は、もうひとりの方」

「また問題が発生したの~~!」とサクラが悲鳴を力なく上げた。

「落ち着いて聞いてちょうだい。彼女はマーガレット・キャスター少佐。先の『第7次 希望の回廊大戦』で名前を一躍広めたあの英雄のキャスター少佐だったの」

「ほとんど帝国側が勝っていた、あの大戦を彼女の作戦で引き分けまで持って行かれたという『あの』知将だというの?」

「また、とんでもない大物を連れてきたもんだ」

「そんな大物が、ジャングルに駆り出されていたとなると、共和国はいよいよ本気だということかしら」

「そうとばかりは言えないわ。サクラや、アプリコット准尉のような場合も考えられるから」

「出来すぎるから、周りが能力を恐れての配置の可能性も考えられるか」

「どちらにしても、情報が足らないわね」

 そこに、遅れて入ってきたサカキ中佐が、レイラに「お嬢、忙しいところ悪いが、少しばかり話をさせてくれ」

「おじさま、サカキ中佐、どうしたの?」

 二人きりでは『おじさま』と呼んでいるが、流石に、公的な司令部では最低限の節度を辛うじて守ったが、サカキ中佐はブレが無い。

「輸送機の機長から頼まれたのだが、事故調に出すための現場検証をしたいので、部下を現場に送りたいのだが」

「「……」」

「「そうだ、その手があった!」」

「決めました。直ちに、基地整備作業を一旦止めます。基地に最低限の守備要員を残し、現場の調査を基地の持てるリソース(作者注:人、物、予算など)を全て掛け、大至急追加調査を行います。サカキ中佐は、最低限の人員を事故調の現場検証に充て、残りは、追加調査に協力してください。直ぐに、準備に当たってください。現場総指揮はレイラ中佐があたってください。基地の守備はトーゴ大尉に任せます。サカキ中佐は事故調の指揮と、レイラ中佐のサポートをお願いします。期間は1週間、私が帝都から戻るまでとします。私は、直ぐに、捕虜と軍属を連れて帝都に立ちます。サカキ中佐、レイラ中佐、先行して、現場に向かってください。グラス少尉の隊に案内させます。マーガレット、グラス少尉を大至急呼んできてください」

 今、なんの選択の余地のなかったサクラ旅団の方策が大転換した瞬間であった。

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