第10話 思い出してきた
ぼちぼち、偵察に向かっていた三組六人が戻ってきた。
順次報告を聴き終わり、明日に向けて、哨戒の二人を除く残りが休憩に入っていった。
偵察といい、哨戒といいとても手際のよい采配とそれらを無駄なくこなしてしまう彼女らのチームは傍から見ていて気持ちいいくらいだ。
彼女らの上司が羨ましい。もし元の職場で彼女らが部下にいたら、余裕で仕事をこなせそうで、あんなにブラック職場にならなかっただろうことが予想されるくらいの優秀さを持っている。
…ん!俺、彼女らを知っている。なぜだ??
彼女らは『山猫』分隊と呼ばれ、帝国の中でも一,二を争うくらいの優秀な部隊なのだ。
彼女らは、あまりに優秀な部隊であったため、貴族のボンボンたちが、彼女らの功績の横取りを狙って隊長に収まり、無理な作戦行動を要求したのだが、そのことごとくが失敗に終わった。
彼女らは、要求された作戦において、勲章物の活躍をしてきてはいたが、そもそも要求された作戦そのものが絶対達成できないものばかり。
近々のものでは、一個小隊で敵一個連隊に対して威力偵察を行うという『自殺か』と言わんばかりの作戦で、大方の予想通り失敗して、隊長を含む一個分隊全員が敵捕虜となったという事件を俺はなぜだか知っている。
あの事件は、こちらから敵に対しての無駄な攻撃だったため、自軍の位置を敵に知らしめ、危うく戦線の崩壊を招きかねない失態まで犯してしまっていた。
しかし、小隊長と別行動をしていた彼女ら山猫分隊は、全員が敵の包囲網を抜けて、誰一人欠けることなく本隊に復帰するという離れ業をなし遂げた。
その際に、敵補給路の寸断にも成功しており、敵の攻撃を一時的に抑え、味方本隊が体勢を立て直すまでの時間を稼いだことで、辛うじて戦線を維持できたという武勲まで上げている。
それでも、そもそもの作戦自体が、貴族出身の小隊長の独断で、危うく戦線を崩壊させかねない大失態を犯しているため、彼女らに対して勲章の下賜どころか、何の評価もなし。
翻って小隊長は、本来ならば軍法会議での懲罰対象にもなりかねないところ、彼女らの奇跡的な活躍のおかげでお咎めなし。
もっとも、小隊長を含む残りの分隊は敵の捕虜になっているためどうでもいいことなのだが、彼女らの処遇が、懲罰に近いジャングルの辺境に配置替えとなったのは、無茶な作戦要求をしてきた件の小隊長が、先の政変で今や飛ぶ鳥も落とすくらいの権勢を誇る急進攻勢派でも重鎮に近い男爵の嫡男であって、その男爵の逆恨みを買っての人事だったらしい。
彼女たち山猫分隊の上司に当たる小隊長は、上記の彼を含め、過去に九名いた。
内訳は、心の病を発症して加療中が3名、戦死が2名、そして、彼を含め4名が現在敵の捕虜として、捕虜収容所にいる。
そのため、付いたあだ名が「上官クラッシャー」「小隊長キラー」と、なんともありがたくないものばかりだ。
美人ばかりだし、テキパキ仕事をしていて、気持ちいいくらいにできる人たちなのに、世間の評判は決して良いものではない。
そう言えば、とても大切なことを思い出した。
まだ、公式に発表されていないが、彼女たちの栄えある十人目の小隊長として、選ばれたのが俺だということを訓練所の教官に聞かされた。
美人ついでに思い出してきたが、隣で可愛く船を漕いでいる美人というより美少女といった表現が合う、色々世話を焼いてくれるアプリコット准尉についても思い出してきた。
彼女は士官学校をスキップして入学を果たし、成績優秀のため期間短縮して次席での卒業を果たした、帝国で最も有名なブル連隊長ことサクラ大佐の再来とまで言われる才女で、帝国期待の星となるはずが、こちらは先の政変の煽りでの人事で、俺の副官になっている。
色々思い出していく中で、自分の中で靄のかかっていた部分が徐々に晴れていくような感じで、こちらの世界での自分の記憶が戻ってきたというか、こちらの世界での自分の様子がわかってきた。
こちらでの俺は『蒼草秀長』ではなく『グリーン・グラス』といい、はやはり孤児院出身、こちらでも、マシンのメンテナンスの仕事をしていた。
そのまんまの名前かよと思い出したときに一人突っ込みを心の中で入れていたが、本当に蒼草を英語に変えただけやんと思った。
さらに思い出したのが俺がなぜ戦場にいるかということだが、あの日の貴族の屋敷別邸でのボイラーの点検をしていたときのことを思い出してきた。
俺が無理矢理軍人にされるきっかけとなった事件だ。
毎年恒例の点検に伺った時のことだ。
メイドや、執事に挨拶をして、浴室の入口に点検中の札を出して、ボイラーの点検後、浴室での給湯試験をしようと、メンテナンス口から浴室に抜けてきた時にそこにいたのが、浴槽に入る寸前の貴族令嬢で、当然、着衣はなしの状態であった。
悲鳴を上げられ、慌てて、外に出ようとして転び、よりによって最悪にも貴族令嬢の股間に顔からツッコミ、貴族令嬢に殴られ気を失った。
執事の取りなしで今回の件はどうにか不問になりそうであったし、被害者??の貴族令嬢にも謝罪された。
なんでも浴室に入る直前にメイドにも止められたのを無視しての入浴であったため、今回の件は俺には瑕疵はないはずであったのだが、令嬢のお父さんがこの件を聞き激怒した。
この貴族が問題であった。
この貴族は、先の政変で、権勢を得た急進攻勢派の中心人物であるトラピスト伯爵で、自分の持つ権力を最大限利用して、二十年ぶりに復活させた『戦地特別任用』を利用して、強制的に俺を軍に召喚して、現在に至っる。
正式には、輸送機到着後すぐに、発令される辞令で、山猫分隊と他に分隊を合わせて小隊を作り、その小隊長に就任することになっていた。
有名人ばかりではあるが、ともに政治がらみで、かつ、悪名を轟かせているため、まともな神経を持っているならば決して近寄りたくない部隊の誕生である。
そのためか、こんな辺境での配置になっているようだ。
俺としては、余計な気を使わなくて済むため、ありがたい配慮なのだが、彼女たちはどう感じているのだかわからない。
どちらにしても、生きて原隊復帰を果たさなくては話が始まらない。
能力的に一番劣る俺が頑張らないとならない。
とりあえず、みんなの脚を引っ張らないように心がけよう。
周りでは、哨戒任務の交代も滞りなくきちんと行われているようで、本当に優秀な皆さんに感謝しつつ、朝まで、もうしばらくあるので、もう一眠りするか。
うつらうつら、寝るともなく起きているとなくしていると、ジャングルの奥から、『ゴーーーー!!』という轟音がしばらく続き、哨戒中の隊員がすごい勢いで飛び込んできた。
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