第6話 ブル連隊長の苦難 急な勅命
サクラ大佐が、人事院の中に入るとすぐに一緒にいた彼女の副官は、人事院の担当者に引き離され、従者控え室に連れて行かれた。
そして、サクラ大佐は別の担当者により陸軍人事局・局長室の前に連れてこられた。
彼女を連れてきた担当者は木製の立派な扉をノックし、「サクラ大佐をお連れしました」 と言って扉を開け、大佐を中に案内した。
サクラ大佐は部屋に入り、さっと敬礼をし「要請によりブルリアント・サクラ出頭しました」と型通りの挨拶をした。
局長と書かれたネームプレートが置かれた席にいる人物から声をかけられた。
「急にお呼びして申し訳ない。なにせ時間がないものだから、早速要件を伝えたい。君には、すぐに勅命により新設される特任旅団の長をしてもらう。これは、勅命のため決定事項だ。残念だが、君に拒否権はない」
すると、すぐ横の応接セットのソファーに座っていた別の男性から声をかけられた。
「久しぶりだな、サクラ大佐」
「大変ご無沙汰しております、閣下。昨年の陛下主催の園遊会以来お会いできていませんから、一年ぶりくらいになります」
とサクラ大佐が答える。
「君とゆっくり話もしたいが、人事局長も言ったように、本当に時間がないのだ。すまないが、ざっと要点だけでも私から説明させてくれ」
そう切り出したのは先の政変後の人事異動で新たに統合作戦本部の副本部長に就任した、急進攻勢派の重鎮であるトラピスト伯爵、階級は陸軍大将である。
彼の上官には、サクラ侯爵の後任として陛下の叔父にあたるゴット公爵の嫡男が上級大将として就任したが、彼は軍務に疎く、統合作戦本部は実質トラピスト伯爵が支配している。
「君は近衛第七連隊長のまま、新設される旅団長を兼任してもらうことになった。就任と同時に近衛師団には籍は残るが、指揮命令系統は第三作戦軍 辺境ジャングル方面軍司令部が有することになる。新設の旅団の構成は、君の第七連隊を中核とし、軍各地から広く精鋭を集めて発足される。非常に申し訳ないが君は正式に任命後、すぐに辺境ジャングル方面軍司令部に出頭し、現地で旅団を立ち上げてもらいたい」
ここまで話をしていると局長秘書が部屋にはいってきて
「局長、そろそろお時間になります」と言ってきた。
局長は部屋にある時計を見やり、言葉を続けた。
「もう、そんな時間か。サクラ大佐、先程来、再三にわたり時間がないと言っていたが、本当に時間が無くなってきた。これから、私たちと一緒に、外に待たせてある車で、宮中に向かってもらう。陛下より、勅命を頂くことになっている。陛下をお待たせするわけにはいかないからな」
副本部長も続けて、「君が連れてきた副官は、私の部下が既に宮中に連れて行き、そこで君を待っている」
そこまで言われ、秘書に続き、二人の上官とともに玄関に向かった。
宮中に着いた時には既に帝国の重鎮も集まり、陛下を待つばかりの状態で、遅れずにギリギリ間に合ったという決して褒められるような状況ではなかった。
慌ただしく謁見の間についてすぐに陛下の入場が伝えられ、落ち着く暇もなく勅命拝命の運びとなった。
勅命を拝命し、陛下の退場のあと、帝国の重鎮たちもバラバラと退場していき、謁見の間には軍関係者のみが残っていた。
サクラ大佐はやっと緊張が取れ一息入れていると、先ほどのトラピスト統合作戦本部 副本部長が彼女の副官を連れてやってきた。
その後、副本部長は間髪も入れずサクラ大佐とその副官の二人を拉致するかのごとく彼の事務所が入る国軍司令部ビルに連れていった。
宮中から、国軍司令部ビルへ向かうリムジンの中で、サクラ大佐は、朝から口に入れたのが、花園連隊内にある彼女の執務室で飲んだコーヒー1杯だけであることを思い出した。
彼女は隣に座る彼女の副官に対して小声で「今日は酷い1日だ。とんだ厄日だな」と。
副官はサクラ大佐が冗談めかして言ってくるが、機嫌がすこぶる悪くなってきていることに気がついた。
「既に昼を過ぎているが、今日は昼食にはありつけそうにないな。流石に朝のコーヒー1杯だけではお腹が空いてきた」
彼女の言葉を受けて「私も同感です。隙を見て、何か見繕ってきます」
「今日の様子だと、例え見繕ってもらっても口に入れられるかどうか分からないわよ。副本部長の前でお腹が鳴らないかが不安だわ」
サクラ大佐はヤレヤレといった表情で軽く首を振った。
彼女たちの小声での会話を聞いたかどうだか分からないが、副本部長がおもむろに
「もう、昼を過ぎたか。今日は、まともに飯にありつけそうにないな。急いで用意してもらったため、こんな物しかないが、これで空腹をしのいでくれ」
と言って、バラバラと広げてこちらに差し出されたのは、遭難時など緊急避難用のサバイバル食であった。
「軍の研究室が昨日確認のため持ってきた試作品で悪いが、あいにくこれしかない。それに、非常に申し訳ないが、君たちを食事にやる時間もないのでな」
手にとったサバイバル食には、本当に赤字で目立つように「試作品1号」と書かれてある。
副官は出されたサバイバル食が改良前試作品とわかり、食するのを躊躇していたが、サクラ大佐が早速、封を切り食べ始めた。
ほぼ同時に前の方で、副本部長も食べ始めた。
不味くはない。
不味くはないのだが、美味くもない。
なんとも形容しがたい味であった。
敢えて形容するのなら「微妙」としか言えない味で、さらには、食べていると口の中がパサパサになってくる。
正直2度と自分からは食したくないものだった。
「まだまだ改良の余地があるな。特に味と食感はどうにかしないといけないな。研究部に差し戻しだな。私の部屋についたら、コーヒーくらいはご馳走するよ」
とやや不満げに副本部長は言ってきた。
サクラ大佐は「ありがとうございます。副本部長のご意見には、同意します。正直、自分からは食べたい代物ではありません。ご馳走になるコーヒーに期待しています」
といいながら、残りも食べきった。
彼女たちを乗せた車は、目的の国軍司令部ビルの中に入っていった。
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