第18階 宝箱


 例の騒動があってから数日が過ぎていた。

 ゼノはソファーの上で寝転がりながら魔本を開いてのんびりと過ごしている。


「マスター。魔本の位がⅡへ上がりました」

「そう」


 横になったまま、魔本の光っている頁を開くとモンスターの名前が増えていた。

 予想よりもだいぶマナの集まりが早い。

 これもみんなが頑張ってくれてるおかげかな。

 

「でも、今の所はまだ追加しなくても大丈夫なんじゃないかなぁ?」

「マスター。現在27階層が最終到達地点となっています。今のペースだと40階到達までは後1ヵ月は掛かるかと予想されます。」

「そうだよね、まだ時間はある」

 

 頬を掻き、魔本を閉じるとソファーからゼノは立ち上がった。

 窓から遥か下で行き交う人々を眺める。

 

「今はさ、回復アイテムとか便利アイテムを主に置いてるよね」

「はい。現時点で攻撃に転ずるようなものはパープルポーションと火籠脂のみです」


 便利だし、使いこなせれば強いと思うんだけど。

 もっと土台から強くなるようなアイテムがあると面白いんじゃないかな、例えば……。

 

「武器とかさ、魔本じゃなくてうち独自のアイテムを作って配置できないかな?」

「武器ですか……」

 

 表情を変えずに考えるクラリス。

 まぁクラリスの表情が変わった瞬間なんて見たことないけど。

 

「そう。良い武器があればもっと攻略が進むんじゃないかなって思って」

「マスター。武器の作成ならこの世界内はドワーフと呼ばれる種族が存在します」

「ドワーフ? 手伝ってくれたら武器だけじゃなくて防具も任せられるかな」

 

 じゃあ早速、ドワーフ探しに行こう。

 

「ドワーフは亜人の暮らすキリオル共和国、そのグリンコ山脈に住んでいると言われています」

「へー……クラリスは何でも知ってるんだね」

「マスター。私はこの世界の基本的な情報及び、塔の操作に関してはある程度ナイル様よりインストールされています」


 ナイルから色々と教えて貰ってたのか、どおりでなにかと詳しいわけだ。

 ナイルが嚙んでたなら納得だ。


「でも、キリオル共和国って遠いよね。国をまたぐことになるし」

「マスター。飛行能力を持ったモンスターに運んでもらうというのはどうでしょう?」

「あ、なるほど」

 

 召喚できるモンスターの中で飛べそうなの……ハーピーかな。

 魔本を開いてモンスターのページを開く。


「召喚、『ハーピー』!」


 目の前の床に魔法陣が現れ、一人の少女が光に包まれた現れた。

 瞳は大きく目尻は垂れていて、真珠のように輝き、その色は純粋な碧。

 短い金髪は日光を浴びると、金箔が散りばめられたようにキラキラと輝いている。

 

 しかし、一番特徴的なのは彼女の羽だ。腕の代わりに生えているその翼は純白で太陽の光に照らされるとキラキラと輝いている。

 腕も足も鳥ではあるが、スタイルが良い。体の一部は羽毛で覆われている。

 

 「言葉、分かる?」

 「……きゅぃ?」


 可愛らしく、コテンと小首をかしげるハーピー。

 羽を使ってゼノに抱き着き、頬を摺り寄せるハーピーを手で押さえながらクラリスに、どうしよう。と視線を送る。

 

「マスター。従魔化を試すと言葉が話せるようになるかもしれません」

「なるほど」

 

 魔本のページを1枚、ハーピーの頭の上に乗っける。

 ハーピーの体が眩く輝き、光が晴れた頃にはページはどこにもなく完全に消えてなくなっていた。

 込めた願いは『言語能力』。会話ができることが最優先だ。

 

 ハーピーの姿は少しだけ先ほどと変わっていた。

 翼は少しだけ大きく伸び、白銀に輝いていた翼にはところどころ黒い羽が生えている。

 

 併せて羽と同じように髪は白く染まり、前髪の一部に黒髪が混じっている。

 優しげだった目尻は目の端が釣り目になって捕食者としての鋭さを感じる。


「えーと、言葉分かる?」

「ぁ……ぁ、あ。これでいいか、クソマス」


 言葉を終えた瞬間、ハーピーは轟音とともに地面に叩きつけられる。

 床にめり込み、並みのモンスターなら一発でその生涯を終えていただろうが従魔化によるパワーアップは相当なものの様だ。

 叩きつけられてもすぐさま起き上がり、クラリスを睨んでいた。

 

「痛ってぇなっ!何しやがる!」

「マスターへの侮辱行為は所有物として相応しくありません。故に教育を施しました」

「教育っていうか殺すつもりだったんじゃねぇのか?」

「マスターに対する侮辱行為は許されません。弄っていいのは私だけです」

「いや、別にそんなことはないけどね?」

 

 さも自分は弄っても良いみたいな言い方をするクラリス。

 ハーピーは、挑発するようにクラリスに舌を出す。

 クラリスが無言で手を上げると、また強く叩かれることを嫌がってエアリスは不機嫌そうにそっぽを向いた。


「まぁまぁ、ハーピー……ってこれはただの種族名になっちゃうね。名前を考えないと」

「ピヨ助というのはどうでしょう。生まれたばかりのヒヨッコにはふさわしいのではないでしょうか?」

「そいつの名前も変えようぜ、メカ子ってのはどーよ」

「会ってすぐなのに、仲良いね、君たち」

「「良くないです(ねーよ)」」

 

 んー、と顎に手を当てて良さそうな名前を考える。

 そして何となく1つの名前を思いついた。

 

「……エアリス。君の名前は今日からエアリスで……どうかな?」

「……ま、いんじゃねーの?拒否権なんてねーしな」


 口は悪いが、口元は綻んでいるあたり気に入ってくれたらしい。


「それなら、これからお前の名前はエアリスだ。エアリス、よろしくね」

「ああ、よろしく……クソマス」


 またしてもエアリスは轟音とともに地面に叩きつけられる。その都度、クラリスの表情は微動だにせず、ただ冷静に処罰を下していた。


「もう言わないって!痛いって!クソメイド!」

「マスターの名前は"クソマス"ではなく、ゼノと言います。敬意を払ってください」

 

 このやり取りに、ゼノは苦笑いを浮かべた。

 しばらくは、この光景は何度も見ることになりそうだ。

 

 仕切り直しとばかりに、こほんと咳ばらいをしたゼノ。

 エアリスも新しく仲間に加わったし、多少は大目に見てあげないとね。

 

「まあ、クラリスもう少し優しくあげて。エアリス、ちゃんとクラリスと僕の名前を覚えてね」


 2人はなんとなく嫌そうな顔を浮かべてにらみ合ったけれど、最後は頷いた。


「……承知しました、マスター」

「ああ、そのうちな。クソマ……ゼノ」


 拳をゆっくりと振り上げたクラリスにおびえた顔で言葉を訂正するエアリス。

 何となくではあるけど、きっとこの2人は仲良くなれそうな気がする。

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