第17階 また今度


「これで最後っ!」


 ゴブリンの群れを苦も無く全滅させるマリル。

 例え、連戦になっても疲れた様子は見せない。


「なっがいわね~、どんだけ高いのよ……」

「うーん、今の所は24階までは観測されてるらしいけど」


 ゼノが言ったのは、実際ギルドで公表されている最高到達階層の24階。

 ちなみに、そこまで登ったのは最初にスライムキングと戦ったあのパーティだ。

 

「……今何階よ」

「11階」

「まだ折り返しにもなってないじゃない……」


 溜め息を吐いても足は止めないマリル、ゴブリンを仕留めながら順調に前へ進む。

 1つ前の階層から現れたレッサーウルフに関しても、ゴブリン同様マリルにとっては障害にはならないようだ。


「そういえば、あんたはなんでここ登ってるのよ」

「え?それは誘われたから……」

「そうじゃなくて、私と会う前からダンジョンに登ってるんでしょ?」

 

 ……あぁ、そうか。いつも僕がダンジョンに挑んでると思ってるのか。

 ダンジョンの知識も教えたし、そう思われても仕方ないのかな。


「あー。やらないといけないことがあるから、かな」

「何、やらないといけないことって」

「わかんない」

「わかんないって……どういうことよ」


 ゼノの返答に呆れながらもマリルは戦いの手は緩めない。

 レッサーウルフの鋭い牙も当たらなければ意味がないと、軽やかなステップで踊るように処理し続けている。

 運ばれたときから思っていたが、とんでもない体力だ。

 

「……マリルはさ、なんで1人でダンジョンに挑もうとしてたの?」

「1人? あんたがいるじゃない」

「いや、酒場で人を集めるときは1人だったでしょ? 頼れる人とかいなかったの?」


 ゼノの問いに、あー。と今度はマリルが困ったように声を上げた。


「皆忙しそうで、話聞いてくれないのよねー。しょうがないから1人で来たの」

「忙しそう?」

「そうそう、最近国内で変な薬が出回ってるとかで……」


 はっと目を見開いて立ち止まったマリルはゼノへ振り返った。


「今の話っ! なんでもないからっ! 忘れなさい!」

「う、うん。わかった」

 

 ずいっと顔を寄せるマリルの目は右へ左へとバタフライがごとく泳ぎまくっていた。

 口約束によるお粗末な口止めで、とりあえず何とかなったと思っているのか額の汗を拭っている。

 

「あ、階段。じゃあ次の階に行きましょうか」

「えっと、1回帰らない?」

「帰る? 何でよ、また登ってこないといけないじゃない」

 

 初ダンジョン挑戦でここまで登っている挑戦者は少ない。基本はちょっとずつ進めるものだ。

 その基本を知らないのか、マリルは初挑戦でどこまでも登り続けようとする。

 これ以上進むと時間的にクラリスからの調査ができなくなってしまう、一度戻らないと。


「焦りすぎだと思う。階段の位置も分かったし、次は今日登ったペースよりも早く登れると思う」

「なに? 帰りたいの?」

「ま、まぁそういう気持ちもちょっとある」

「そう……なら、しょうがないわね」


 1つ息を吐いて歩みを止めるマリル。

 12階へ続く階段に背を向けるマリルを呼び止め、ゼノは転移水晶を取り出した。

 

「じゃあ、こっち来て」

「なにその水晶玉、占いでもするの?」


 マリルが傍に立ったことを確認したゼノは、転移水晶を足元に叩きつけた。

 砕けた水晶の破片が光の粒に変わり、2人を包み込むドームに代わる。

 視界から光が消えたとき、景色は切り替わりダンジョンの入り口前に2人は立っていた。


「な、なにこれ! こんなモノもあるのね……流石、王国中で話題になるわけだわ」

「マリルは王都に住んでるの?」

「え!? ま、まぁその辺りかな~」

 

 ぎこちなく視線を逸らすマリルと並んでダンジョンから出る。

 外は日が暮れ初め、建物は夕焼けに赤くなっていた。


「ふぅ、疲れた~。さってと、拾ったアイテムを売りにいきましょ」

「ならギルドに行こう」

 

 ゼノとマリルは、今日手に入れたアイテムがどれほどの売り上げになるかを話し合いながらギルドへ向かう。

 

 途中、朝に見かけた屋台が小さな装飾を看板に施したり、見慣れない屋台が出ている。

 せっせと町を行き交う人が荷物を持ち、活気づいているように感じる。

 

「あぁ、生誕祭ね。もうそんな時期かぁ~」

「生誕祭?」

「そう。初代国王の生誕祭、建国記念も兼ねてのお祭りね」

 

 ある程度アイテムを売り、手に入ったお金はそこそこの額になった。

 話し合いの結果、昨日の宿代をゼノが受け取り、残った額をお互いで分ける。

 

「なんか、あんまりお金にならなかったわね」

「いや、宿代が高すぎたんだよ」

「あ! あれ何かしら」

 

 祭りの屋台に興味を示すマリル。

 小走りで屋台を回っては振り返ってゼノに手招きを繰り返す。

 

 ゼノはゆっくりと歩きながらマリルを追うが、追いつく前に次の屋台に興味を移すマリル。

 ようやくゼノがマリルに追いついた時、目の前の屋台に並べられているのは仮面だった。


「何かしらこれ」


 白い仮面に筆で黒い模様を描く老人。

 右手には白い仮面が積まれ、左手には絵柄の書かれた素朴な仮面が見やすいように並べられている。


「これは……仮面?」


 ゼノが1つ仮面を手に取る。

 頬の部分にそれぞれ違う絵が描かれている。


「……旅人」

「え?」

「……犬」

「何?」

 

 老人が筆を止め、ぼそりと呟き、再び筆を走らせる。

 言葉に見当がつかず、2人して顔を見合わせる。


 よくわからないが、これ以上言葉を話す気はないようだ。


「せっかくだし、買ってけば?」

「そう、だね」


 ゼノは手に取った仮面を懐に仕舞い、先ほど受け取ったお金を少し老人の前に置く。

 お金を受け取り、また何事もなく筆を走らせる老人。

 代金は足りたようだ。


「へー、じゃあ私はこれね」

 

 マリルが同じように仮面を手に取り、同じだけ代金を払う。

 仮面を付け、頭の上に押しやるとマリルは嬉しそうな顔を覗かせた。

 

 その後も屋台を見て回ると、いつの間にかダンジョンの傍までたどり着いていた。

 壁掛けの松明に火が灯り始めている、そろそろ今日の宿を探さないと。

 

「ねえゼノ。今日の宿はまた違う場所で「見つけましたよ、マリル」」

 

 声を掛けてきたのはマリルと同じ銀髪の少女だった。髪は短く、目つきはマリルに比べて鋭い。

 白銀の甲冑はマリルと似た装備だが、それよりも戦闘を重視して作られているようだ。

 両肩にはマントの固定具が付けられており、風でマントがなびいている。

 腰がマリルと同じようにスカートのような構造になっているが、それも機動性を考えてのものだろう。

 

「ミ、ミオノール姉様……」

「やはりここに居ましたか。」

 

 片手をあげて空へ向けて小さな光の玉を放ったマリルの姉は、腰の剣に手を掛けた。

 鞘から察するに剣は細く、突きを主体とした戦い方が得意な刺突剣の類だろう。

 一歩たじろぐマリル。

 

「それで……あなたは何者ですか?」

「何者と言われても……ゼノです。よろしく」

「そうですか。妹に近づく不埒者は死んでください」


 瞬間、ゼノの目の前で剣を構えるミオノールの姿が現れた。

 ゼノが一歩引いた瞬間、マリルの剣が突きを繰り出したミオノールの剣を弾く。

 

「何してるの姉さま!?」

「マリル……どうやら誑かされてしまったようですね」

「いい加減、妹離れしてよ!」

 

 やいのやいのと言いあいながら剣を打ち合う2人。

 お迎えも来たことだし、僕もダンジョンに一度帰ろう。とダンジョンに体を向けた瞬間、ミオノールから水の弾が撃ちだされた。

 頭部を狙った水の弾は、当たれば間違いなく致命傷になるものだ。

 

「ゼノ!危ないっ!」


 剣の打ち合いで少しずつ引き離されていたマリルはどうしようもなく、反応の遅れたゼノは眼前に迫る魔法に対処ができなかった。

 ゼノが反射的に目を瞑り、いつまでたっても来ない痛みに恐る恐る目を開くと目の前に人影が立っていた。

 水の魔法を手刀で撃ち落としたその相手が誰かを認識した瞬間、ゼノはほっと胸を撫でおろした。

 

「マスター、お迎えに上がりました」

 

 あー……僕もお迎えが来たか。

 突然のクラリスの出現に唖然としている姉妹、先に動き出したのはゼノだった。

 

「クラリス、煙幕張って」

「承知いたしました。マスター」


 太腿の外装パーツが少しだけ浮き上がり、真っ白な煙幕が周囲一帯を瞬く間に埋め尽くす。

 クラリスの背に乗ったゼノは大きな声で、この世界で初めてできた友人にメッセージを残す。

 

「それじゃあ、マリル。またね」

「ック! 待ちなさい!」

 

 声を上げるミオノールに、当然待つわけがないクラリス。

 あっという間にダンジョンの中へ引き、すぐさまゼノはマスタールームへクラリスごと転移する。

 

 煙幕が晴れ、視界が明瞭になったミオノールとマリルはその場に誰もいないことを理解し、剣を収めた。

 そして光の球を見た白銀甲冑の兵士が四方から集まり、ミオノールの前で右手を胸に当て敬礼をする。

 

「マリル、帰りますよ」

「……はい、姉さま」


 2人はそのまま待機していた白銀の大きな馬車に乗り込んだ。

 周りの兵士から恭しく扱われるマリルは、辟易としながら座り慣れた左奥の席に座った。


「ミオノール様、馬車を出してもよろしいでしょうか」

「構わないわ、出しなさい」

 

 ざわざわと騒ぎになっているダンジョン前から逃げ出すように走り出した馬車。

 その側面には大きく"王家の紋章"が刻まれていた。

 

 勢いよく王都方面の道を駆けるその馬車を、遥か高くから眺める。

 そして、次はこっちから会いに行ってみようかな。と、ゼノはそうぼんやりと考えるのだった。

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