第12階 ※大規模調査


「だーかーらー、この赤い水を飲んだら傷が治るんだって」

「バクターさん、ちょっと落ち着いてください……」


 冒険者ギルドの買取受付ではバクターがダンジョンからも帰ったアイテムが積まれていた。

 受付の職員は見たこともないアイテムと、眉唾な効能、捲し立てるバクターにただ戸惑っていた。


「バクター、冷静になるべき。一度帰ろう」

「……ッチ、テメェらがよこした依頼だろうが」


 不機嫌を隠そうともしないバクターの背をロゼが押してパーティ全員が外へ出る。

 それなりにあったアイテムをそれぞれが担ぎ、パーティの拠点用に借りた部屋へ持っていく。


「とりあえず、保管しておこう。いつかこの水の力に気づいた時のために」

「何だったら私達で使ってもいいですよね、便利ですし」

「研究用に3つぐらいもらっていく」


 しれっとポケットにアイテムを仕舞い込むロゼ。

 とりあえず今日のところは解散、明日またギルドに顔を出すことで話がついた。


 翌日。バクターは玄関の扉を強く叩く音で目が覚めた。

 家賃は払っているし、特に心当たりはないが。


「バクターさーん! 居ますかーッ!」

「朝からウルセェって……何の用だ?」

 

 扉を開けると玄関前にギルド職員が立っていた。

 

「バクターさん、おはようございます! ギルド長から呼び出しです、準備をお願いします」

「おー、準備ねぇ……了解」


 仲の良い女性のギルド職員が笑顔で立っていた。

 大方、機嫌を取って連れてこさせようという考えが透けて見える。

 アイテムをサンプルとして2つずつ取り出し、懐へしまう。

 

 女性ギルド職員と談笑を交わしながら冒険者ギルドへ到着したバクター。

 関係者以外立ち入り禁止の掛札のかかった扉。

 案内に従って中に入り、途中ギルド職員にすれ違いながら扉の多い廊下を進む。

 

「こちらがギルド長の部屋になります」

「へー、初めて来たな」


 職員は一番奥の部屋の前で立ち止まり、扉を数回ノックした。


「入りたまえ」

「失礼します」


 バクターが入ると扉は閉められ、部屋は2人だけの密室となった。

 赤い絨毯といくつかの本棚、中央には背の低い広い机とそれを挟むようにソファーが2つ置かれている。

 そしてギルド長はさらにその奥の窓際のデスクで座りながら書類に何かを書き込んでいた。


「足が疲れるだろう。座ってくれたまえ」

「……わかりました」

 

 バクターがソファーの一つに座ったタイミングで、ギルド長は立ち上がり、向かいのソファーへ座りなおした。

 

「すまないね、昨日はギルドの者が失礼な態度をとったようで」

「……いえ、俺も言い過ぎたので」

「そうかい?そう言ってもらえると助かるよ」


 ギルド長は普段人前に出ることは少ない。

 過去は優秀な冒険者だったらしいが、いまでは剣をふるうよりも紙に触れている時間の方が長いだろう。

 短髪、綺麗に整えられた髭はどちらも年のせいか白く染まっている。


「私の名前はククルー・ドルギシュ。ギルド長を務めさせてもらっている」

「パーティ『風の旅人』のリーダーをしている。バクター……です」


 握手を交わしたククルーは早速用件を切り出した。

 

「さて、報告によると傷が治る薬があると聞いたんだけど今持ってるか?」

「これだ……です」


 バクターが差し出したポーションを手に取ったククルーは中に入った少量の液体を光に透かしている。


「これが?にわかに信じられないが」

「そうですか、なら」


 自分の指先をナイフで傷を付け、バクターはククルーに傷を見せつけながらポーションを飲んだ。

 飲んだ瞬間から傷が塞がっていく様子を見て、ククルーがわずかに表情を崩した。

 

「これは……すごいな」


 考え込むククルーを邪魔しないようにバクターは黙りこむ。

 

「これは貴重なものか?入手困難だったり危険な魔物が守っているとか」

「そんなに貴重ってほどじゃ……あそこでは簡単に手に入りますよ」

「そうか」

 

 ククルーが立ち上がり、デスクの上にある呼び鈴を数回鳴らす。

 すぐに男性の職員が扉を開けて中へ入ってきた。


「大規模調査を実施する。目標は王都パァリと商業都市クラルコの間にある、突如として現れた巨大な塔だ。長期的な調査を想定した現地での拠点も作ろう、職員30名を特別手当を条件に集めてくれ」

「分かりました、早速準備に取り掛かります」


 一礼してそそくさと出て行った職員を横目に見ていたバクターの前に、ククルーが再び座る。


「さて、今言ったとおり大規模調査が始まる。そこで優秀な冒険者に声を掛けようと思うんだが、君も来てくれるかな」

「俺が?」

「あの塔に関してこの国で今一番詳しいのは君たちのパーティだ、勿論報酬は払おう」


 渋るバクター。

 ギルドからの依頼だ、金払いは間違いなく良いだろう。

 だが、あの塔へ行けば間違いなく長い時間拘束される。

 頭の中で長期拘束される今回の依頼と町でゆっくりこなす依頼、その2つを天秤にかける。

 

「もし、あの塔で見つけたものがあれば買い取ろう。今後そういった品をギルドでも買い取れるようにしようと思うからね」

「……分かりました。では前回手に入れた分は後で持ってきます」


 結局了承し、引き受けたバクター。

 報酬も出て、またあの塔でも稼げるなら悪い条件じゃない。

 

「そうか、もしよかったらあの塔での出来事を話してくれないか?なんでもいいんだが」

「情報も商品ですよ。ギルド長」

「……そうだな、その通りだ」


 情報を聞き出そうとしたククルーに待ったをかけるバクター。

 

 その場でそれなりの金額を受け取ったバクターは簡単にダンジョンでの出来事その一部を話す。

 ククルーはその情報を頭の中で書留め、大規模調査依頼の詳細な情報として後々に書き起こした。


 ククルーは急ピッチで作業を進める。

 大規模調査も、得体の知れないアイテムの買取も、情報の無料開放も。

 全ては将来、ギルドが得る大きな利益のために。

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