第9階 ※スライムの王

「っと、これで20階か」


 1階層ずつ無理のない範囲で素早い攻略を進めてきたバクター達は、ダンジョン内で寝泊まりも挟みながら3日で20階層まで上り詰めていた。

 この塔は外から見た大きさに比べて明らかに内部が広い。

 想像以上に時間がかかってしまった。

 

 出会うモンスターの強さは大したことはない、広いこのダンジョンを探ることの方が大変だ。

 帰り道は、この入り口まで戻ることができる水晶を見つけたことで解決したしな。

 さすがに正体不明の水晶を落として割れた時には肝が冷えた。


「……バクター」

「あぁトリッツ、分かってるって」


 後から階段を登ってくる3人もこの階層の異質さに気がついたようだ。

 それもそのはず、この階層は迷路ではなく巨大な鉄扉が1つあるだけで、他には何もない。


 とりあえず疲れを取るために扉の前で休憩を取る。

 ついでに拾ったアイテムを広げ、食料品はそれぞれ1つずつ好きなものを選んで食べ始める。


 アイテムは3つ。

 赤い水は回復効果があるし、青い水はロゼとマール曰く、魔力の回復効果があるらしい。

 そして水晶玉は割れば塔の1階へ戻ることができる。

 不思議な道具だ、魔法馬鹿のロゼでも原理はわからないらしい。

 

「あと少し休んだら進むぞ」


 まあ、今はゆっくり進んでも良いだろう。

 そう考えたバクターは長めの休息を終え、パーティ全員が用意を整えた所で隊列を指示する。


 先頭は俺、最後尾がマール。

 トリッツとロゼが左右を固める形だ。

 武器を構え、全方向からの危険に備える。

 

「じゃあ開けるぞ」


 扉を開けると石畳である事に変わりはないが今までの階層に比べて天井は数倍高く、空間が広いせいかより薄暗く感じる。

 壁は蝋燭台が等間隔に並び、頼りない小さな灯が揺らめきながら辺りを照らしている。


「何だここは……」

「今までの階とは雰囲気が違いますね……」

「注意するべき。こういう時はなにかある」

 

 マールは不安気に眉をひそめ、ロゼはあたりを注意深く見渡している。

 パーティの全員が部屋に入ると唯一の扉はひとりでに閉じた。

 油断せず、陣形を崩さぬようゆっくりと部屋の中央へ向かう。


 びちゃりと、何か水気のあるものが背後に落ちる。

 全員が振り返ると、そこには低階層で見たスライムが一匹蠢いていた。


「スライム……?」

「なぜこんなところにいるのでしょう……」


 目的も持たず、右へ左へ動き回るスライム。

 ヒヤリと薄ら寒いものを感じたバクターは、直感的にその根源を探す。


「ロゼ! 上を照らせ!!」

「ッ! 『光よ、照らし出せ』!」


 バクターの言葉に従って、ロゼは強力な光で天井を明るく照らす。

 そこは一つの大きなスライムが天井から今まさに飛び降りようと反動をつけている瞬間だった。

 

「下がれッ!!」


 バクターの言葉に反応し、弾かれたように距離を取る先頭のバクターを基準に3人は間隔を広げる。


「何だこりゃぁ……こんな化け物、聞いた事ねぇぞ」


 轟音と共に、地面へその巨体を叩きつけたスライム。

 飛び散った体液もそれぞれが集まり出し、やがてはスライムとなって蠢きだす。

 

 唖然としたバクターの目の前で、その巨体は動き出す。 

 巨大なスライムが完全な形を成したとき、体を大きく震わせて、バクター達へ向け飛び掛かった。

 

「うおっ!?」

「バクターさん!」

 

 圧倒的な質量に盾で受ける事はできないと一瞬で判断し、全力でその場から離れる。

 地面に叩き付けられた巨体の余波で吹き飛ばされるバクター。


 壁に叩きつけられたバクターを、マールが飛ばした回復魔法の光が包み込む。

 

 「ッ、全員距離を取れ! 一撃でも喰らえば終わりだぞっ!」


 飛び起きたバクターが走りながら指示を出す。

 トリッツはロゼの盾になるように立ち、バクターはスライムキングの背後へ回り込む。


 「まずは……小手調べ」


 ロゼを囲むように5つの小さな炎が空中に灯る。

 炎は少しずつ大きくなり、やがて人の頭ほどの大きさになるとロゼの手の動きに合わせて勢いよくスライムキングに飛んでいく。

 1発目が着弾し、大きな音を立ててスライムの一部を削り取る。

 しかし、2発目以降をスライムキングは魔法で作り出した分厚い岩で受け止めた。


「……魔法、厄介」

「だが、効いてはいるようだな」


 トリッツが指さした先には、飛び散ったスライムの体液がそのまま地面に散らばっていた。

 スライムキングはお返しとばかりに小さな火の玉を3つ作り出し、標的をロゼに定め狙い飛ばす。


「生意気」


 水の障壁を1枚パーティの前に作り出したロゼは真正面から火の玉を受けきった。

 死角からスライムキングの背中を駆け上り、バクターが剣を鞘に納めたまま大きく振りかぶった。


 「≪震撃≫……ッ!」


 バクターが得意としている技。

 魔力と振動を内部に押し込める特殊な技術で、巨大なスライムの内部から衝撃波が反復を起こし、爆発を起こす。

 爆発によって大きく欠けたスライムキングは体全体を震わせている。

 

「いいぞ、バクター!」


 トリッツもここぞとばかりに大剣を大きく振りかぶり、攻撃を仕掛ける。

 ロゼの作り出した火の玉も、隙を逃すまいと雨のように降り注がれた。

 

 「もういい! いったん止めッ!!」


 轟音の中でバクターの大きな一声がパーティ全員の攻撃を止める。

 土埃が晴れたとき、そこにはスライムの体液で出来たと思われる水溜まりができていた。


 バクターの元に3人が集まり、各々が武器を治める。


「バクター、久々の戦闘でも鈍ってはなさそうだな」

「当ったり前だろ、俺を誰だと思ってんだよ」

 

 トリッツに軽口で返すと、マナポーションを取り出したバクターは少しずつ中身を飲み始めた。


「とりあえず、一旦ギルドに戻るか。これ以上は今までより時間がかかりそう「バクター、後ろだ!」……ッ!?」

 

 トリッツの声にバクターが振り返ると、水溜まりの中で増殖したスライムたちが1つになろうと集まり、既に体を成していた。

 やがて、元の大きなスライムへと戻ったその姿を見て、4人は長期戦の予感を感じながら戦闘態勢へ戻る。

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