第3階 最初のダンジョン

「……ァ、ァスター」


 ひんやりと冷たい手のひらで体を揺さぶられ、意識が引き上げられる。

 いつの間にか眠ってしまっていたようだ。

 

「マスター、異世界へ到着しました」


 横になっていたゼノの頭は、座っているクラリスの太腿に乗っていた。

 辺りを見渡すと、そこ草原のど真ん中。かろうじて人の手が入った道が少し離れた場所に見える程度だ。

 王都と商業都市を繋ぐ道の傍に僕たちはいるのだろう。

 

 クラリスがゼノに覆いかぶさるように前かがみになり、頬に手を当てた。


「マスター。体調に変化はありませんか? 気分不良等あればすぐにお伝えください」

「ないよ、大丈夫」

 

 晴天の青空の下。

 クラリスの膝から体を起こし、ゼノは立ち上がった。

 そばに落ちていた深紫の本をクラリスは両手で持ちゼノへ差し出す。


「それではマスター。まずは能力の確認をされると良いと思います」

「能力?」

「それでは簡単にご説明を。まずはこの"魔本"と魔力の接続(パス)を繋ぐことで、能力を扱えるようになります」

「接、続……」


 魔本を手に取り、ぱらぱらとページを捲る。

 中には何も書かれていない、ただの白紙を綴っただけの本だ。


「魔力を流すことで接続はできます。人間はこれを瞑想で感じることができるようです」

「魔力?」

 

 クラリスから促されるがままにゼノは目を瞑り、気持ちを落ち着かせる。

 瞑想のように、深く息を吸い、ゆっくりと吐き出した。

 草原の真ん中で、自然の音を聞きながらゼノはとにかく集中し自分の内側の変化を探る。


 眼を瞑って1分程、ゼノは体の内側に、今まで感じたことのない新たな存在を意識した。

 そして、それと同時に、お腹の底から広がる温かいナニカを感じる。


「見つけた……かも」

「お見事です。マスター」

 

 お腹の温もりをゆっくりと移動させるイメージを何度も思い描く。

 すると、イメージ通りに少しずつその温もりは広がり、魔本に触れている両手からその温もりを放つ。


「マスター。魔本とマスターの接続が完了しました」

「そうなんだ。よかった? のかな」


 眼を開くと魔本が微妙に光っている。

 ページを捲ると今まで何も書かれていなかったページに文字が刻まれていた。

 

 その中に、ダンジョンの創り方に関する記載を見つけた。

 そのページを開いたまま魔力を流すと、頭の中に幾つもの情報が流れ込む。

 使うかもわからないものから、汎用的な物までなんでも用意できるようだ。


「こうかな?」


 右手で魔本、左手を前に突き出し、頭の中で流れ込んできた情報。

 その中には既にある程度造られたダンジョンの内容も含まれていた。

 

 いくつかのダンジョンプリセットと称された群から選んだのは『石造りの巨塔』。

 土台としてダンジョンの1階層へ転移するための部屋を用意され、その上に巨大な迷路になっている階層が20階分積まれている。

 様々な大きさの部屋が混在した迷路となっており、それぞれの階へ進むための石の階段がランダムに配置されている。

 

 併せて造られたダンジョンを管理するための『マスタールーム』。

 何もない殺風景なその部屋も、いくつかの参考内装レイアウトをそのまま反映させる。

 

 L字のソファ、その正面には計9台のモニターが規則正しく並んでいる。

 ソファの背後には6人分の席が用意されたテーブル。

 黒く艶のある木材で出来た床や扉、白いクロス壁。

 ソファの下には年季の入った赤い絨毯が敷かれ、天井は白熱電球を2つ吊り下げ、壁に唯一取り付けられている大窓からは蒼い空と地平線まで覆う木々が見渡せる。


 さらにページを捲り、モンスターの名前が刻まれたページを開く。

 ダンジョン造りのページ同様、モンスターの情報が頭の中に流れ込む。

 

 それぞれのモンスターは、「迷宮指数」で評価されている。

 これは、「迷宮の障害物として立ちはだかったとき、どの程度の能力を示すか」を数値化したものだった。

 参考までに、成人男性が100程度、女性や子どもが50程度とされている。


 【Ⅰ召喚可能モンスター】

 ・スライム 迷宮指数:40

 ・ゴブリン 迷宮指数:60

 ・レッサーウルフ 迷宮指数:120

 ・キラービー 迷宮指数:120

 ・スライムキング 迷宮指数:1,000


「マスター。下層には弱いモンスターを配置し、上へ上るほど強いモンスターやより良いアイテムを配置しましょう」

「……そうなの?」

「マスターのダンジョンは地脈からマナを吸い上げるとともに、侵入者からもマナを少量ですが吸い取る仕組みなのです」

「わかった」

 

 クラリスが言うには、この世界に存在するマナというエネルギーを地脈から吸い上げ、それを動力源にダンジョンは動くようだ。

 ダンジョンの拡張や倒されたモンスターの補充も、アイテムの補充も全部このマナでする。

 

 そして人間はマナを体内で魔力に変換する。

 ダンジョンは入った人間から少量の魔力を吸い取り、それをダンジョン内でマナに変換する。

 要は入場料替わりに魔力を貰っているということ。

 集めたマナは魔本に貯蓄される。

 

「人をたくさん入れた方が良いってこと?それでなるべく追い返す……?」

「簡単に言えばそういうことです。ナイル様より、『まずは100階層を目指してね』とのことです」

「そうなんだ、わかった」

 

 クラリスの助言に従い、ゼノはモンスターの配置を終えた。

 

 1~3階層 スライム

 4~10階層 スライム・ゴブリン

 11~15階層 ゴブリン・レッサーウルフ

 16階層~ ゴブリン・レッサーウルフ・キラービー

 20階層 スライムキング


 最後はダンジョンに置いておくアイテムだ。

 ページを開くとその種類は少ない。が、宝箱に仕舞って色々な場所に配置しておこう。


 併せて3種類のアイテム。

 傷を癒す『レッドポーション』、魔力を補充する『ブルーポーション』。

 そして割るとダンジョンの入り口に一瞬で戻ることもできる『転移水晶』

 

 それらをダンジョン3階以上のあらゆる場所に、宝箱の中に入れて置いておいた。

 転移水晶は使われるとアイテムだけが簡単に獲られてしまうため、宝箱の封入率は非常に低くしてある。

 

「マスター。ダンジョンで配置されたアイテムの生成にはマナを消費します。過剰な配置に気を付けてください」

「わかった」

 

 ダンジョンをあらかた造り終えて、魔本を閉じると目の前に紫の線で無数の図形が描かれた巨大な魔法陣が形成される。

 眩く光りながら徐々に空へ向けて浮き上がる魔法陣が通った後には、イメージ通りの巨塔がそびえ立っていた。

 

 取り込んだ情報によると魔本は収納が可能なようで、ゼノが消えてと念じると小さな光の粒をまき散らしながらその姿を消した。

 

「入りましょう。マスター」

「うん」


 塔の中はひんやりと涼しい。

 入ってすぐの部屋はダンジョンではなく、モンスターもいない。

 

 広い部屋の中央には三角錐の頂点を削ったような置物があり、前後左右に備えられた階段を登ると頂点には青白く光る龍を模した石膏の像が置いている。

 これがダンジョンへ挑む鍵、触れると1階層へワープする仕組みだ。

 もちろん双方向性の仕組みになっているため、行き来ができる。


「マスタールームに行きましょう。マスター」

「うん。わかった」

 

 ゼノがダンジョンに続く像へ、歩き出した所でクラリスに呼び止められる。


「マスター。ダンジョンの管理者はダンジョン内では自由に転移が可能です、わざわざ歩く必要はないかと」

「そうなんだ」

「マスター、"魔本"を持って階層を声に出す。または思い描いてください」


 ゼノが試しに魔本を開き、マスタールームと声に出すと視界は一瞬で切り替わった。

 そこはゼノが造った通り、異世界とは考えられない現代チックな居間風の部屋。

 

 振り返るといつの間に現れたのか、クラリスが表情1つ変えずに立っていた。

 ダンジョン内の瞬間移動はクラリスでも可能なのだろう。

 

「ダンジョンに挑戦者が侵入しました」

「もう?」

「人通りの多い場所なので、ちょうど通りかかったようですね。」


 転移でマスタールームへ入り、ソファへ座ってリモコンでモニターに映像を表示させた。

 能力によって作り出されたこのモニター画面は塔の入り口を映し出している。

 

「女の子が2人」

「スライムに負けてしまいそうですね」

 

 スライムの強さはわからない。

 わからないけど、僕のダンジョンがちゃんと出来てるか。見せてもらおうかな。

 

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