ろくでもない女神の目についたら、人生強制リスタートさせられた件
お砂糖さん
第1階 不思議な夜
とある会社の人気の無いオフィス。
深夜にただ1人自分のデスクに向かい、ひっそりと佇む男が居た。
大学を卒業し、新卒としてこの会社に雇われてから早3年は過ぎた。
ぼさぼさの髪に、手入れのされていない顎回り。
ここ最近は家に帰っても寝るだけで、会社の方がいる時間は長い。
デスクに置かれた小さなデスクライトとパソコンモニターが真っ暗な部屋の中で、唯一手元を照らしてくれている。
カタカタとキーボードの無機質な音だけが辺りに響いている。
時間の経過を告げる時計の針が音もなく進む。
外は静寂に包まれ時折、過ぎ行く車の音がビルの足元から聞こえるだけだ。
机の上には山積みされた書類と彼の心境を映し出すかのような重苦しい空気が立ち込めている。
そんな彼の疲れ切った目に光は無く、眉間に刻まれた深いしわが長時間の作業でピントのずれる視界をなんとか保っている。
クタクタとしたスーツからはその日の労働の重みを感じ取ることができるだろう。
「はぁ……」
そして、やがてその手が止まり、彼は深いため息をつく。
終わった。時刻は22時を回って少し。
軋む椅子から立ち上がり、それと同時に床に音を立てて企画書が床に落ちる。
それはこの残業の原因でもある、身の丈に合わない一大プロジェクトの忌々しい原案だった。
他のプロジェクトと並行で進めているがその企画自体が難物で、この会社では新しい試みとされるものだった。
だからこそ先輩はこの企画を任せ(押し付け)てきたのだろう。
それが最終段階の企画書まで形になったのだ。
これでようやく残業も大きく減るだろう。
机の上の書類を整理し静かに部屋を後にする。
その背中には、疲れと共に溜まった重荷が軽くなったような姿勢が垣間見えた。
手にスーツの上着を持って、会社の出入り口までたどり着いたところで普段使っている鞄が無いことに気づく。
スマホも財布も全部その鞄の中だ、やっちまったと重い体を引きずってもう一度オフィスへ向かう。
エレベーターに乗り、ボタンを押して壁に寄りかかって目を閉じる。
チンと音を立てて開いたエレベーターは屋上だった。
闇夜に包まれた冬空の広がりに、星々が煌めいている。
一歩外に出ると冷たい風が頬を撫ぜ、体が一度大きくぶるりと震えた。
何気なしに淵まで近寄った彼は、夜の闇を切り裂いて小さな明かりの数々が灯っている光景を眺める。
この夜の中に自分一人では無いと実感できる光景。それが何となく、寂しさを紛れさせてくれた気がした。
しばらくその光景を眺め、ふとエレベーターの違和感が思いつく。
ちょっと待て……うちの会社に屋上直通のエレベーターなんてあったか?
足元を見下ろすと、いつの間にかあと一歩進めば落ちてしまう程ギリギリの場所に自分は立っていた。
落ちれば間違いなく即死、それなのに全く恐怖を感じることもなくむしろ心は浮ついている。
戻ろう、なにか……なにかおかしい。
その場で踵を返し、エレベーターがあった方向を見て言葉を失う。
エレベーターは消え去り、そこには可愛らしい少女が立っていた。
雨は降っていないけれど薄汚れた黄色いレインコートのようなものを羽織っており、フードを被っている。
顔は、暗いこともあって良く見えない。身長はそこまで高くない、せいぜい俺の肩辺り。
体つきはレインコートが隠しているため、起伏は少ない。
でも……いや、ちょっと待て。
なら、なんで可愛い女の子だと思ったんだ……?
瞬きで視界が一瞬消えた瞬間、少女は密着するほど近くまで距離を詰めていた。
首の角度的に彼女もこちらを見ていたのだろう。見上げる彼女の顔は、そのフードの中には吸い込まれそうなほど"真っ黒な闇"がただあるだけだった。
驚いて一歩後ずさり、屋上の淵から足を踏み外しかけて反射的にバランスをとる。
その瞬間、少女が腕を伸ばし思い切り突き飛ばした。
「なっ」
体は支えを失い、後方へ倒れる。
景色が前に向かって飛んでいく中、胸の奥底で感じる浮遊感に鳥肌が立つ。
レインコートの彼女は屋上からこちらを見下ろしている。
その背後では煌々と満月が輝いていた。
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