第3話(3)発言がすでに手を染めたことのある奴のソレ


「ひとまず、今回の《ケガレ》はこれで祓えたな」

「え? もう終わりかい? もっとニンジャバトル見たかったヨ~」

「お前のために長引かせる戦闘はない。あと、忍者でもない」

 不満げに唇を尖らせる青年にすげなく告げて、「しかし」と、やや難しい顔で狐は首なし死体を眺めやる。


「ずいぶん恨みを残して死んだようだ。このまま放置しておけば、またその恨みと死穢を元に《ケガレ》が生まれる。とっとと人間に見つけて引き取ってもらえれば、その心配はなくなるが……」

「とりあえず、供養してくれれば死穢はなくなるからねぇ。でも、こいつが発見されるのは望み薄じゃない? だってここ、見つけられたくなくて棄てるような場所だもん」

「結構な山奥だからネ~。途中までは車で来られるけど、このあたりは徒歩以外ムリ。おまけに道、とっても歩きにくかったヨ。こんなところまで大きな男の死体を運んでくるの、とっても大変。すごい犯人頑張ったヨ~。もっと前向きなことにその努力と労力、使うべきダネ!」

「君、まっとうなことも言えるんだ……」

「ボクはいつもまっすぐに思ったこといってるだけだヨ~」

 しみじみとした狸の言葉に、青年は心外とばかり眉を寄せた。


「労力といえば、首を切り落とすのもひと手間かかっているな。ここに捨てるだけでも十分な隠蔽になると思うが、首がなければ死体が誰なのか判別がつかない。なお慎重を期したのか」

「でもそれって、ここに捨ててなお、見つかるかもしれない可能性を危惧したってことでしょ? 必死に探す相手がいる奴が殺されたのかな」

「オゥ! 見てよ! 両手の指先もズタズタだよ! 指紋を消してるネ! と、いうことは、こいつは指紋でも身元が割れるタイプの人間! 悪いコトしたことあるやつダヨ!」

「君、よく同族の死体にほいほい近づいていけるね……」


 いつのまにか青年が、死体の傍らにしゃがみこんで手首を掴んでいるのに、いささか身を引き気味に狸はこぼした。だが逆に狐は近寄って、背後から青年へと命令する。

「おい、人間。その死体の背中を見たい。ひっくり返せ」

「自分の手は汚さないつもりダヨ。陰険狐、そういうとこ予想に違わない悪辣さダヨ」

「いいから早くしろ」


 威圧的にせっつかれ、仕方ないな、とばかりに青年は文句を垂れ垂れ、遺体をひっくり返した。

 その背には、赤黒い染みがじんわりと広がっていた。だが濡れているのは渓流の水のせいで、そもそもは乾いた状態で打ち捨てられていたらしい。ひょい、とその服をめくって背中を確認し、「やはりな」と、狐は呟いた。


「前科ものに相応しく、背に刺青がある。それも傷つけて、確認が取りづらくしている念の入れようだ。間違いなく、ここに捨てた者は、こいつが探し出され、身元がばれるのを恐れている」

「ってことは、このまま放っておかれず、何らかの手段でこの場所を突き止めて、探しに来る奴がいるかもしれないってことか……。困ったな」


「どうしてダイ? 見つけて供養してもらった方が《ケガレ》モンスターが出なくなっていいんだろ?」

「それはそうなんだけど、この山を荒らされたくない。探しに人間にウロウロされると、ほら……こっちも化け物だからさ。通常は見えない異界に色々隠してはいるけど、うっかりなんかされてポロリすると、それも事件化されて面倒そうだし……」

 首を傾ぐ垂れ目に、もごもごと濁しながら後ろ暗そうな化け物事情を狸が口にすれば、同意して狐が嘆息した。


「その筋の者だとすると、探しに来るのもきな臭い奴らか、警察かといったところだろうしな……。人間どもにはこれをとっとと引き取ってもらいたいのは確かだが、それはそれとして、この山を下手に動き回られると迷惑だ。――そこで」

 ぱちんと狐が指を弾いた。遺体が突然光を帯び、宙へと浮かび上がる。


「三つぐらい先の山に、目立つように捨てて来よう。キャンプ場もあるから人目にも付きやすいだろ」

「『怪奇現象・移動する死体』ダヨ! 人間の世界でホラー話がひとつ生まれちゃうヨ!」

「構うか。こちらは遺棄現場にされて迷惑している」

「俺もそれには賛成だけどさ、いいの? 三つ先の山じゃ、主の神霊、別だよ? 越権行為でもめない?」

「異界領域的には管理者が別だが、土地所有権的には私のものだからいいだろ」

「え? 陰険狐、土地持ちなのカイ? それ、人間社会的な意味で?」

「このあたり一帯の山岳部および、一部の都市部の土地は私のものだ」

 驚き目を丸くする青年に、当然のことと狐は言い放つ。脇から狸が、補足して口を挟んだ。


「こいつ、趣味が金儲けと不動産投資なんだよ。葉っぱをそれな筋に売ったお金を元に、多数の名義とペーパーカンパニーと海外口座なんかを利用して、あの手この手でマネーロンダリングしたのち、土地転がして金儲けしてんの」

「オウ! 立派な犯罪行為!」

「自然保全を目的とした金銭の利活用だ。汚い金を清い目的に使ってやってるんだからいいだろう。それに、売り物も、私の妖術でそれらしくした葉だ。一時的高揚感と全能感を楽しんだのち、一通り幻覚に苦しめば、依存性も後遺症もなく抜けられる。良心的な設計にしてある」


「良心があるなら幻覚に苦しむくだり、いらなくないカイ?」

「そこはまぁ……灸を据えるというやつだな」

「単に性根が歪んでるから、あえて入れ込んだって言えよ」

 至極真っ当な青年の疑義申し立てに、それらしく狐が返せば、すかさず狸が横やりを入れた。


 しかしともかくも、彼らの中で、三つ先の山に勝手に遺体遺棄場所を変える――という方針は、はた迷惑に決してしまった。

 再度狐が指を打ち鳴らせば、狐火に包まれた遺体が掻き消える。目的の場所まで、それで転移をさせたらしい。


「陰険狐はなんでも出来るんだネ~」

「早く神霊に格上げ申請して、十月に末席で苦しめよ」

「その時は、いかなる手段を用いても、お前を私の眷属にするからな。いよいよ逃げられると思うな」

「んっとに、君、気質がねちこい! 面倒くさい!」

「ねぇねぇ、その時は、狸の管理下にあるボクはどうなるんダイ?」

「賽銭勘定の小間使い程度には使ってやる。あと、毎年、それなりの額の寄進をしろ」

「ワァイ! ボクの資産のことしっかり覚えてるぞ、この守銭奴狐!」


 すっかり事が片付いたお開きの空気で、三人――正確には二匹と一人――は、わいわいと川岸を後にした。

 だが、やはり、やってはいけないことというのはあるものだ。

 三つ先の山の主の神霊から、遺体遺棄の件で、こちらの山の神霊へ苦情申し立てが入るのは、あと少し先のこととなる――。




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