第3話(1)発言がすでに手を染めたことのある奴のソレ
◇
首なしの死体が山奥の川岸で見つかったのは、青年が狸の元に転がり込んでから、二週間ほどたった頃だった。
急峻な崖下を流れる清流。そのゴツゴツと岩が転がるわずかばかりの狭い岸辺に、半ば川の水流に晒されながら、遺体は転がっていた。
崖上からその無残な姿を見下ろす、二対の瞳。そのうち、金色の冷めた垂れ目が、隣のまろやかなモフリとした、茶色の耳持つ青年を振り返った。
「お前、ついに……」
遠目に見ても、遺体は体躯のいい大柄な男のものだ。年のほどは頭がないので分からないが、衣服だけで判断すれば、年若い青年のようである。
「届け出なしで死穢をばらまくのは御法度だぞ。もみ消してやるから今夜は逃げるなよ」
「最低の提案を微塵の憚りもなく提示してくんなよ。あと、どう考えても絶っっ対、違うでしょうが! だったらこの足元にいる、これはなんなんだよ!」
「ワァオ! 猟奇殺人事件だよ! 生で見ちゃったの初めてだヨ!」
「……化けて出た、という可能性がある」
「足があるんだよ、こいつ」
ちょうど二人の足元に、どでんと腹ばいになって、興味津々に下草の間から顔を覗かせ、崖下を見やる赤髪の青年の足を、狸はげしげしと蹴とばした。
「イタイ、イタイ、痛いヨゥ! あと、ボクの国はユーレイにも足があるヨ?」
「だ、そうだ。いいぞ、人間。話を合わせろ。それなりの相伴に預からせてやる」
「あれはボク! そしていま、化けて出てるヨ!」
「せめて雑な打ち合わせなりに声を潜めろ! あとどうせ嘘だとしても、こっちの国で化けて出るなら、こっちの常識に合わせて来い! 自国のルールが絶対だと思うなよ!」
「ちっ……やはり無理があったか。次は足ぐらい切り落とす気概を見せろ」
「人のハードルばっかり上げないで欲しいヨ~、陰険狐~」
使えない奴だと肩を落として言い捨てる狐に、青年は唇を尖らせた。
「でも届け出、届け出って、なんでそんなに厳しいんダイ? 殺しても、埋めたりしちゃえばバレないヨ!」
「発言がすでに手を染めたことのある奴のソレ」
「破壊と殺戮が
曇りなき眼で溌溂といいきる青年を、狸と狐はじとりと白い目で口々に罵った。
「獣チームの結託ズルいよ~。人間も大枠では動物なんだから仲間に入れてほしいヨ~」
うるっと緑色の瞳が器用に潤んだ。
「人間、ちょっと斜め右上もう少し向いて俺の方見上げて。違う! もっと斜度〇・五度右だよ、馬鹿! あ、それ! それがいい!」
「ん~……どんな時でも欲望に忠実だよネ」
「〇・五度の差にどんな意味がある?」
「垂れ目のきらめきが違う」
大真面目な熱のこもった狸の答えに、狐と青年は白けた様で首を傾げた。このこだわりは、たぶん一生、理解できない。
「まあ、ともかく、だ。届け出によって、死の穢れを管理しないと、こちらの世界の空気が汚れるんだ。妖力が低下するし、下等な魑魅魍魎レベルでは在・不在にまで影響する。よって、管理している」
一応、遅ればせながらも、丁寧に青年の疑問へ答えてやって、狐が言った。
「お前たちの世界にもあるだろ。フロン排出規制法だの、二酸化炭素排出抑制対策だの。あれと似たようなものだ」
「ワァ、急にファンタジーから生活に密着した感じ~」
手を叩いて納得し、青年はむくりと腹ばいになっていた身体を起こすと、崖下を指さした。
「じゃあ、あれは不法投棄ってコト?」
「こちらの世界ではそうなるが、お前たちの世界でも死体遺棄は犯罪だろう」
「迷惑なんだよな~。人が来ないからって勝手に俺たちの山に捨てられるの。こっちは律儀に処分の順番待ちしてるってのに、また遅くなるじゃん」
「ずっと、一緒に、イヨ?」
「君のその素敵な垂れ目の頭部だけなら、いくらでもそばに置いといてあげるよ。胴体は捨てておいで」
きらきらと垂れた瞳を輝かせながら手を握ってきた青年へ、狸は細く美しいかんばせに柔らかに微笑みを湛え、最低の言葉を甘く囁いた。
ブーイングを垂れながら、青年が口を尖らせる。
「最近効き目が弱くなってきた気がするヨ!」
「だから言ったろ、瀬戸際の抵抗がしぶといと」
何年手を焼いていると思っている、と、同じく素敵な垂れ目の持ち主の狐が肩をすくめた。
もうすっかり、わざわざ見物に来た崖の下は、彼らの意識の外にいってしまっている。
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