第12話 漆黒の天使

「ちぃっ」


 アルファとミカエルと思われる天使、以下ミカエルとのつば競り合いは激しいものだった。ミカエルの細腕からは信じられないほどのパワーが発揮されており、アルファの顔にじりじりと自身の剣が迫ってくる。


「アルファ!」


 マリアは「“リエゾン”をしなければ!」と焦るが、ミカエルの攻撃は激しくなる一方で、その聖剣を何度も振るって来ていた。アルファは防戦一方で、受けとめる剣にもダメージが増加していく。まずはミカエルとアルファの距離を取らせなければ、マリアは得意とは言えない“魔法”を行使した。


〈なに?〉


 マリアは魔力を増幅させ、それをミカエルにぶつけた。ミカエルは不意の一撃に動きを止め、マリアたちから距離を取る。その隙にマリアはアルファの唇を奪った。


「んむっ」


 驚くアルファをしり目に魔力を流し込むマリア。それによってアルファの瞳が赤く輝いたのを確認すると、彼女は唇を放し、へたりこんだ。


「マリア……下がっていろ」


「うん……そうさせてもらうよ」


 マリアがけだるそうにうなずくと、アルファの後ろに下がる。その間も、ミカエルは攻撃をしてこなかった。興味深そうに、あるいは忌々しそうに、2人が“リエゾン”する姿を見ていた。


〈なるほど、それが“リエゾン”か〉


 ミカエルは“リエゾン”の力を試すように翼をはためかせ、剣を振るう。しかし未来を“視る”力を得たアルファはたやすく剣を避け、ミカエルの身体を切りつけた。


〈なるほど、確かに手ごわい。だが……〉


 身体を浅く切られたミカエルは後ろに飛びのき、アルファとマリアの周囲に数多の光の剣を召喚する。四方八方を方位される未来を“視た”アルファは、回避不可能であることを悟った。


〈消えよ〉


 アルファは未来を視ている。だから咄嗟に動くことができた。光の剣が降りかかるより先にマリアの身体を抱きしめ、自身の身体で庇う体制を取った。マリアがアルファの名前を呼ぶより先に、光の剣が降り注いだ……。


◆◆◆


 アルファは瞼を閉じ、来る“死”の痛みに備えた。だが不思議なことに、いつまでたっても“死”が彼に降りかかることはなかった。アルファはゆっくりと目を開き、あたりを見回す。そしてすぐに異変に気付いた。


「これは……闇の結界、か?」


 アルファとマリアの周りを宵闇よりなお昏い闇が球体を描くように展開し、光の剣の攻撃を防いでいた。そして闇の向こうでは、純白の天使と漆黒の天使が相対していた。


〈貴様……ルシフェル!〉


 ミカエルが怒りと憎しみを込めて漆黒の天使の名を呼んだ。ルシフェル、と。それに対し漆黒の天使は笑みを浮かべてみせた。


〈昔のように兄と呼んではくれないのか、弟よ〉


〈裏切者となれなれしくするつもりは、ない!〉


 ミカエルは右手に持つ剣でルシフェルに切りかかる。ルシフェルは笑みを浮かべたまま、魔法陣を展開して、ミカエルの攻撃をたやすく受け止める。


〈弟よ。感情的になるのがお前の弱点だ〉


〈なにを知った風な! 裏切者のくせに!〉


〈ふっ〉


 ルシフェルは後ろに下がると、ミカエルを闇の結界の中に封じ込める。そして結界の中で闇の力を爆発させた。ルシフェルの闇の結界が解かれると、ミカエルは無残な姿で地面に落ちることになった。


(強い……!)


 アルファはマリアを抱きしめながら思った。このルシフェルという天使が本気になれば、帝国の全戦力を投入しても勝てないのではないか、と。そしてこの状況でマリアを守り抜けるかどうか恐れた。そのとき、もう一度光のゲートが開き、あの白いカーネーションを手にした天使が姿を現した。


〈ミカエル、ルシフェル、いい加減にしなさい〉


〈ガブリエル、か〉


 ルシフェルはアルファの知らない名前で、白いカーネーションを手にした天使を呼んだ。ガブリエルと呼ばれた天使は、倒れたミカエルの下にゲートを開き、彼を強制送還すると、ルシフェルに厳しい目を向けた。


〈それで、なんのつもりなの。その子を導く天使はもうあなたじゃないはずよ、ルシフェル〉


〈なに、死ぬに任せるには惜しくなった、それだけだ。……アルファ、と名乗っているそうだな〉


 ルシフェルはアルファたちを振り返ると、闇の結界を解除した。笑みすら浮かべるルシフェルだったが、アルファの警戒心はむしろました。「悪魔は天使の笑顔で近づいてくる」という格言が帝国にはあるが、アルファはそういう人間をいくらでも見てきた。


〈警戒しているようだな。まあいい。今回はこれを渡しに来ただけだ〉


 ルシフェルは紙の束をアルファの足元に放った。アルファは未来を“視て”安全を確認してから、その束に視線を向けた。


「これは……」


〈箱舟の設計図だ。必要だろうと思ってな〉


〈ルシフェル……本当になにを考えているの? アルファを魔王にする気なら……〉


「魔王?」


 ガブリエルの言葉にマリアが反応する。


「アルファを魔王にとはどういうことだ」


〈簡単なことだ、かつて魔王はこのルシフェルと“リエゾン”していた。“リエゾン”とは魔王の能力に他ならない〉


「それはぼくが……」


〈お前が? 違うな。そこにいるアルファを名乗る者が“リエゾン”を使いこなせるのは、このルシフェルが魔王を、そして始まりの者を模して造った存在だからに他ならない〉


「お前がアルファを造った……?」


〈そうだ。まあ、失敗作だと思ったから手放したんだがな。まさか“リエゾン”に覚醒するとは……〉


「……っ」


 くやしさで奥歯を嚙み締めたマリアは、身体の倦怠感も気にせずルシフェルに突撃しようとした。したのだが、アルファに強く抱きしめられて彼の顔を見た。


「アルファ……!」


「やめておけ」


「でも……!」


「お前が怒ることじゃない、マリア」


「っ! ずるいよ……」


 こんな時に限って名前で呼ぶアルファに、マリアは顔をうつむかせた。


「お前が怒ってくれただけで、僕は十分だ。ルシフェル、といったな」


〈ん?〉


「この設計図はもらっておく。だが、礼は言わないぞ」


〈ああ、すきにしろ〉


 ルシフェルは黒いゲートを開き、そこに消えていった。ガブリエルは〈待ちなさい!〉と叫ぶとそのゲートが消える寸前に侵入し、同じく姿を消した。その場には、抱き合うアルファとマリアだけ残された。

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