第8話 結婚

 3日後、帝都にある中央教会の大聖堂にて、アルファとマリアの結婚式が執り行われた。2人の結婚を神に伝える神官の役は、中央教会の教皇を兼任する皇帝ローゼスが行った。皇帝自ら腹心の部下の結婚式を行うということで、大聖堂の中には砂糖に群がるアリのように、権力に群がる貴族たちであふれていた。だが大聖堂の外には、それ以上に騎士アルファの結婚を祝福しようとする臣民の姿であふれていた。

 祭壇の前に立つローゼスに向かい、アルファとマリアが立つ。アルファは騎士としての礼装だったが、マリアは純白のウェディングドレスだ。ローゼスは聖典を片手に、笑みすら浮かべながら朗々と聖句を述べていく。そしてついに結婚式のクライマックス、宣誓の儀が始まった。


「新郎、アルファ・ジブリール。お前はこの者を愛し、敬い、生涯を共にすることを誓うか」


 アルファは少しだけ逡巡した。仕えるべき主である皇帝ローゼスの前で、偽りの誓いを立てることは許されない。生真面目な彼はそう思ったからだ。だから彼は決めた、“彼女にとって”望まぬ結婚だとしても、生涯愛し続けることを。そう努力しようということを。


「……誓います。陛下」


 アルファの答えに、ローゼスは満足そうに小さく――アルファにだけわかるよう――頷いた。そして今度はマリアの方を見る。


「マリア・イグニス。お前はこの者を愛し、敬い、生涯を共にすることを誓うか」


 イグニスとは、ローゼスの(味方がほぼ皆無だった)皇太子時代から、ローゼスを皇帝にと推していた数少ない侯爵家だ。ゆえにローゼスはこの婚姻に箔をつけるため、マリアをイグニス家に生まれた少女だと、情報操作を行っていた。幸いマリアの魔王を思わせる見た目が、イグニス家が彼女を隠し守っていた正当な理由として機能した。


「誓います」


 マリアは何のためらいもなく、誓いの言葉を口にした。アルファがちらりと視線を向けると、彼女のまっすぐな瞳には喜びがたたえられていることが見てとれた。


「では、指輪の交換をもって婚姻の成立となす」


 イグニス家の長男であり、アルファの同僚でもあるショウ・イグニスが二人の指輪をうやうやしく運んでくると、跪いてアルファとマリアに指輪を献じた。指輪にはめられている宝石は、ローズ帝国のみで取れるホワイトダイヤモンド――純白の輝きは永遠の純潔や高潔さを意味する――だった。アルファは白い手袋に包まれた手でマリアの左手を取り、彼女のレースがついた手袋を外すと、指輪の小さい方をつまみ上げる。そしてゆっくりと彼女の左手の薬指にその指輪をはめた。マリアは破顔しそうになるのをこらえるように、唇をムズムズとさせながらも、お返しにアルファの左手の手袋をはずし、残る指輪をはめた……。


◆◆◆


 それから民衆向けのパレードを行い、貴族連中向けの披露宴を乗り越えたアルファはだいぶ疲れていた。それでも皇帝ローゼスが私室に来るよう命じたため、マリアを連れてローゼスの私室に向かった。そこにはローゼスとショウが待っていた。ローゼスは一人掛けのソファに座り、バラのように赤いワインを楽しんでいた。その背後には護衛としてショウが立っている。


「よく来たな、2人とも、まあ座れ! ワインを飲むか?」


 酔っ払いと化しているローゼスの言葉に従い、アルファは失礼しますと言ってから向かいの2人掛けソファに腰を下ろす。マリアはアルファの隣にちょこんと腰かけた。イグニスが2人分のワイングラスを用意しようとするのを、アルファは止めた。


「イグニス卿、仕事に差し支えるのでグラスは用意しなくて結構です」


「えー、ぼくは飲んでみたいな」


「駄目だ。皇帝陛下の前で醜態を晒すな」


「……はーい、旦那様」


 マリアの不承不承といった態度に先が思いやられる、とアルファは眉間を押さえたが、すぐに気を取り直してローゼスと向き合った。


「それでなんの御用でしょう、陛下」


「うむ。アルファ、マリア、お前たちは明日から早速新婚旅行に行け。その間に、この国の混乱を完全に収める」


「お言葉ですが、陛下。僕は帝都を離れるつもりはありません。陛下に侍り、御身をお守りするのが僕の仕事のはずです」


「しばらくの間だ。それにイグニスもおる」


「しかし……」


 アルファは正直なところ、イグニス家を――というかすべての貴族を――信用していなかった。ゆえにローゼスの護衛をショウだけに任せるのは気が引けた。しかし本人がいる前でそれを言うわけにもいかなかった。


「ええい、うるさい。命令だ! 貴様はサウザスにある余の別荘で別命あるまで新婚旅行を楽しんでおれ!」


「……わかりました」


 命令と言われては、逆らえないアルファだった。


「わーい、新婚旅行だー」


 マリアは本当に喜んでいるのか微妙な態度で両腕を上げ、万歳をしてみせた。


「さあ、今夜は飲み明かすぞ! アルファ、お前も飲め!」


 出会ってから10年以上、“私”を捨てて自分に仕え、皇帝になれるよう力の限りを尽くしたアルファの結婚がよほどうれしかったのか、ローゼスの機嫌は絶好調だった。


「ですから陛下、お酒は仕事に差し支えると……」


「貴様は今日から休みだ! だから仕事を気にせず飲め!」


 ショウがアルファとマリアの前のテーブルにグラスを置くと、ローゼスがワインを豪快に注いでいく。さすがにローゼス自ら注いだワインを断るわけにもいかず、アルファは「……いただきます」とグラスを手に取った。マリアもグラスに手を伸ばし、持ち上げた。因みに帝国では、10歳からアルコールを飲むことが許されている。


「では、アルファ、貴様たちの末永い幸福と帝国の繁栄を祈って、乾杯!」


「……乾杯」


「かんぱーい」


 護衛役のショウを除いた3人の宴会は、明け方近くまで続いた……。

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