第一章私がおかみです

1-1:嫁入り


 「えーと……」



 今、私は江戸時代から続くと言われている銭湯の前にいる。

 湯本守(ゆもと まもる)さん。

 私はこのたび湯本守さんのお嫁さんとなるために彼の実家にご挨拶に来ている。


「ははは、やっぱ驚くよね? 話していた以上にぼろい銭湯でしょ?」


「いえ、あの、何と言うか風格があると言うか何と言うか……」


 守さんの実家、「湯本銭湯」は古風な瓦屋根の銭湯だった。

 八王子駅の北口、繁華街中心から少し離れた場所にあるけど、こんな所にこんな銭湯がいまだに有ったという事に驚かされる。

 学生時代は結構この街に入り浸っていたけど、ここに銭湯があるってのは初めて知った。



「取りあえず上がって。父さんと母さんを紹介するよ」


「は、はい」



 八王子だけど一応東京都。

 古いけど一戸建てのお家。

 親御さんはまだまだ元気だけど、守さんは一人っ子。

 そして自営業なのでちゃんとやって行けば生活は出来る。


 そんな打算的な考えもあって私は守さんと一緒になることを決めた。

 ちなみに守さんは今年で三十二歳。

 何とか年上の旦那様をゲットできそうだった。


 ……地元だと姉さん女房は色々と後ろ指さされるのよ!


 守さんに促されてお家に上がるけど、緊張してきた。

 だって初めて会う親御さんだもの。

 もし悪い印象でも与えたら私の嫁入りが拒否されちゃうかもしれない。


「どうぞ、こっちだよ」


 そう言って玄関から居間の方へ行くと一匹のヨークシャテリアがお出迎えしてくれた。



「うわ、守さんの家って犬を飼っているの?」


「え? あ、ああこれうちの父さんだよ」



「はい?」



 思わず可愛いので抱っこすると守さんは奇妙な事を言う。

 私はまじまじとその子を見るけど何処をどう取ってもヨークシャーテリアだ。

 嬉しそうに抱き上げられた状態で尻尾を振っている。


 守さんはため息をついてからその犬を抱きかかえ居間に行く。


 守さんの冗談なのだろうか??



「母さんお待たせ、こちらが本郷かなめさんだよ」


「は、初めまして私、本郷かなめと申しまぁ……」


 守さんに続いて居間に入りお母様にご挨拶をと思い頭を下げながら挨拶をしようとして固まった。


 居間の奥に座っていたのはきつねだった。



「は、はぇ?」


「ああ、そうか、かなめさんはこう言うの初めてだよね? 驚かせちゃったかな」



 そう言いながら守さんはヨークシャテリアを座布団の上に置く。

 するときつねが頷いてからボンっと煙を立たせて人の姿に変わる。

 それはもの凄い美人のお姉さんで、和服を着崩し、胸元が大きく開かれている。



「ななななななななぁ」



 そして続けてヨークシャテリアもぼんっと煙を立たせて初老のおじさんの姿になる。



「ふむ、守るよこの子がお前さんが嫁にしたいと言う子じゃな?」


「ええだよ。儂さっき抱っこされた」



 美人のお姉さんはそう言ってお茶を入れ始める。

 初老のおじさんはうんうん頷きながら私たちに座るよう座布団を指さす。



「取りあえず座って、かなめさん」


「あ、あのこれは一体?」


 目の前で起こっている事に頭が付いて行かない。

 私、白昼夢でも見ているの?



「驚かせてごめん。うちは江戸時代から続く銭湯なんだけど、人間だけがお客さんで来るわけじゃないんだよ。父も母も物の怪の類なんだけど、父の四分の一は人間の血が混じっているんだ。母さんも確か混じっているんだよね?」


「儂の父は人間じゃった。もう何百年も前の事じゃがな」


 そう言って美人なお姉さんはお茶を差し出してくれる。



「この日の為にとっておきの玉露を用意した、遠慮なく飲め」


「は、はぁ……」



 守さんと一緒に座らされて出された湯呑を受け取る。

 ふわんとお茶のいい香りがする。


「い、いただきます……」


 私は気持ちを落ち着かせるためにお茶を一口飲む。


「ぅわ、これって!」


 緑茶がここまで美味しいとは驚いた。

 香りが清々しく鼻まで突き抜け、甘みさえ感じられる。

 やや口の中にとろみまで感じるほどの濃厚なそれは、抹茶ともまた違う。



「へぇ、これって母さんがとっておきの時に飲む玉露じゃないか。やっぱ美味しいね」


「じゃろう? この家に嫁に来てくれるやもしれぬのじゃ、最大のもてなしをしてやらねばならんじゃろ」


 そう言ってテーブルの上に手を振るとそこにお稲荷さんとか厚揚げとかが現れる。


「儂の手料理じゃ、遠慮なく食うが良い」


「あ、ありがとうございます…… そ、そうだ、これお口に合うかどうか」


 そう言って手土産の「饅頭みやこ」の包みを手渡す。

 狐の美人お母さんはそれを受け取りぱぁっと明るい表情をする。



「おおぉっ! これは饅頭みやこでは無いか! しかもまだ温かい、お前さんよ、饅頭みやこじゃえ!!」


「ふむふむ、やはりそうじゃったか~、さっき抱っこされた時にその匂いがしておったもんな。儂、饅頭みやこ大好きなんじゃ」


 

 そう言いながら二人は大はしゃぎで箱を開けてお饅頭を両手にとって食べ始める。



「あ、あの、守さん。どう言う事かよく説明してもらえる?」


「うん、僕の家は代々ここで銭湯を営んでいるんだ。僕もこの世に生まれて三十二年、人としての血が濃いから普通にここで暮らしていたんだけどね。どうやらこの体は人に近いために父や母のように長くは生きられないみたいなんだ。だから奥さんを見つけようと思ったんだ」


 いや、そうじゃなくて……


「大丈夫、ちゃんと僕と君は子供が作れるから。社会的にもしっかりと銭湯として自営業をやっているので問題無いよ。たまに来るお客さんがちょっと人じゃない時があるけど、彼らもわきまえているから大丈夫」


 いや、それも重要だけどそうじゃなくて……

 私は大きく息を吸ってから言う。



「うちの親になんて言ったら良いの?」


「うーん、大丈夫だよ、うちの父さんと母さんを会わせる時にはそれ相応に化けてもらうから」




 明るい笑顔でそう言う守さん。

 私は大きくため息をつきながら出してもらったお稲荷さんに手を出すのだった。


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