第3章 現在─Hair Make HIRO─

第8話 もう一つの理由

「紀伊……、思ってたより記憶すごいなぁ」

 朋之の仕事が休みになった平日の朝、美歌を連れて三人でHairヘア Makeメイク HIROひろを訪れた。美歌の髪は最初は美咲が切っていたけれど、幼稚園に入ってから裕人に任せるようになった。美咲も朋之もカットだけだったので既に終わっていて、他に客はいないので昔話をしていた。

「思い出したわ、俺、奥田と……、めっちゃ壊しまくってたよな」

 裕人は申し訳なさそうに笑った。

「うん。どっちかっていうと、トモより奥田君と仲良かったやろ? 文化祭のときの写真あるんやけど、歌わんと笑ってるとこバッチリ写ってるし」

 美咲は言いながら持ってきた写真を見せた。朋之が最前列で歌っている一方で、裕人は最後列でなぜか笑っている。美咲と彩加は伴奏をしているので、写ってはいない。

「トモ君もあれやな、よぉわからんかったな」

「はは、子供やったしな。覚えた言葉を使いたかったんやろな」

「急に〝レディーファースト〟とか言うからビックリしたわ」

 美咲がこれだけ覚えているのは、当時の交換日記や個人的な日記が残っているからだ。残念ながら、二年になってからの交換日記はノートを用意した彩加の手元に戻ったので、美咲の記憶と日記に頼るしかない。彩加とは同窓会で連絡先を交換したけれど、あれから何度か会っているけれど、今さら過去のことで連絡するつもりはない。

「ママぁ、、ってなに?」

 店のアシスタントに遊んでもらっていた美歌が美咲のところに来た。美咲と朋之にコーヒーが出されたときにジュースとお菓子をもらったようで、口の回りに何かがついていた。

「レディーファーストっていうのは、男の人より女の人に先にいろいろさせてあげる、っていう意味」

「ふぅん……。パパはママに、なんかさきにさせてくれたん?」

「うん。パパ優しかったよ」

「やったぁ。パパ、かっこいい!」

 美歌は嬉しくなったようで、また美咲から離れてアシスタントのところに戻った。朋之は照れながら美歌を目で追った。

「でも、改めて調べたら、実際は正反対の意味やって」

 本当は、昔は女性の立場は低かったので、男性よりも先に行かせることで『盾』の役割をさせられていたことが由来しているらしい。

 世間では女性が優先される意味で使われているし中学生の朋之が本当の意味を知っていたとも思えないので、彼は本当に美咲と彩加に好きなものを選ぶ権利を与えてくれたはずだ。

「それにしても美咲──俺のこと嫌いやったって、ひどいな」

「ははは! それは俺も気付かんかったわ」

「う……いや、だってさ。嫌やん? 誰かわからん人の足が横にあるって」

「そうやけど……」

 美咲の回想には入れなかったけれど、朋之を嫌いになったのにはもう一つ理由があった。何かの事情で彼のクラスの前を通ったとき、窓が開いていたので中の様子が見えた。たまたま目があってしまった男子生徒が背が高い人で、よく見かけるので覚えていた人で、申し訳ないけれど顔が苦手だった。それが朋之だと思い込んでしまっていた。

「それ、誰や?」

「わからん……名前忘れた」

 その彼と実際の朋之は、まったく違う顔をしていた。三年間で同じクラスにならなかったので、その頃のことしか記憶に残っていない。

「なんで俺って思ったん?」

「いや……なんとなく……出席番号は最後のほうやから席はこの辺かなぁ、って見たとこに座ってたから」

 席替えをしていておかしくないことに、当時の美咲は気づいていなかった。美咲は知子やその隣のクラスに用があるときは、なるべく周りを見ないようにしていた。

「でもさぁ、一番あかんかったのって、大倉君と奥田君よなぁ?」

 それが美咲に悪影響にはならなかったけれど。

 裕人はやがて塾の宿題を持ち込むようになったので、休み時間はだいたい一人で過ごしていたけれど。

 二人は本当にいろんな物を破壊し続けて、やがては担任も壊れてしまったような気がした。

「あの頃は……私もやらかしてたけど……今思えばほんまに先生たちに申し訳ないことしたわ」

「そういえば美咲──たまにエスケープしてたよな」

 男子たちが暴れだして、先生も怒りだして、女子たちも呆れて疲れて収集がつかなくなったとき。普段の授業はちゃんと受けていたけれど、放課後だったときはどさくさに紛れて放送室に逃げたことがある。

「あ──あれは確か、何かの練習でBGMのテープ流すのにデッキの調子が悪かったから、放送室に取りに行ったら……彩加ちゃんが〝ちょっと時間置こう〟って」

 美咲よりも彩加のほうが、教室に戻るのが嫌だと言っていた。しばらくしてから教室に戻ると、既にみんな帰ってしまっていた。

「彩加ちゃんってたまに、怖い顔するやん? あの顔で言われたら、反論できんかったわ」

「トモ君は大人しかったんか? 俺らに比べたら?」

「どうやろなぁ……他の人らと一緒に走り回ってたけどなぁ……」

 休み時間、特に昼休みに男子たちが走り回っていて、落ち着いてから机をもとに戻すのが美咲と彩加の日課になっていた。侑子は違うクラスだったけれど、教室に遊びに来ていたときは手伝ってくれていた。

「ところで美咲、いつから塾行ってた?」

「えーっと……二年の冬やったかな。通常授業じゃなくて冬季講習の時期やったよ」

「あ、あのときか! 〝千〟がわからんかったとき」

「そう……なんであんなん分からんかったんやろな」

 クラスは決まっていたけれど席は自由だったので、隣に彩加と、斜め後ろに朋之がいたことはなんとなく覚えている。

「そうやそうや、トモ君、落ちたんよな、あのとき。そんで紀伊も入塾テストの成績良かって、はは、学校みたいやったよな」

 塾に通っているほうが高校の偏差値やいろんな情報が見えやすいのでは、という理由で美咲は塾に通うことになった。テストの結果が良かったようでクラスは選Aになり、同じ時期に行われた塾内のクラス分けテストでは、選Sにいた彩加や朋之、それから森尾もクラスを一つ落としてしまったらしい。

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