【完結】真実の愛を見つけてしまいました

かずき りり

第1話

 中庭にあるガゼボでお茶をしている二人を、二階の窓から見つけてしまった。

 激情が心の中を駆け巡る。

 苦しみ・憎しみ・嫉妬・悲しみ。

 叫びたいような。

 泣きたいような。

 感情の制御が出来なくなりそうで、急ぎ自室に戻る。


 リズ・ライドリーはライドリー伯爵の令嬢で、16歳になる。

 ライドリー伯爵の子供はリズのみで、ライドリー伯爵夫人に今後妊娠出産は望めない状態な為、後継にと遠縁からリズの1つ下になる男の子を10年前に引き取ってきた。

 それがダレン・ライドリー。

 先ほど、ガゼボでお茶をしていた一人だ。


「く……ふぅ……っ……」


 部屋に誰も近寄るなという命令を出した後、リズは一人耐える。

 自分は伯爵令嬢だ、貴族だ。

 心の中をそう簡単に表へ出してはいけない。それは弱みとなってしまうから。

 悪意渦巻く貴族社会で、喰われない為にも。

 それを理解しているからこそ、この原状を何とかして耐える術を自分で見つけなければならないのに……。


 貴族にとって婚姻は政略であり。

 領民から得られる税で生活させていただいている中、領民の生活を守る為にも、私達貴族はよりよい繁栄の為に婚姻にて繋がりを深めていく。

 それが義務。貴族という権利を主張する為の義務。生活の対価。

 分かってる。

 分かってはいるんだ。

 頭では理解している。

 自分の生まれも、立場も、全て。

 だけど、感情がついていかない。

 生まれた時から行われている貴族の教育で、感情までもコントロール出来るようになれば、どれほどいいのか。

 感情があってこそ人間だと言うならば、人間をやめたいとさえ思える程に。


「伯爵邸のバラは本当に美しいですね」

「ありがとう。サラに贈るよ」


 ダレンと、その婚約者であるサラの声が窓の外から聞こえてきた。

 庭園を歩きながら会話をしているのだろう、何とか聞き取れるような小さな声としてしか届いていないけれど、私には分かった。

 最愛なる弟の声を聞き間違えるわけがない。

 とても……とても愛している。

 10年前に初めて会った時から。

 ダレンの美しい緑の髪も、深い青い瞳も。

 真っ直ぐな性格や、芯のある考え方も。

 何もかも。

 たとえサラが純粋で、素直で、マナーも完璧な令嬢でも。

 美しい亜麻色のサラサラとした髪と深い紫の瞳を持っていても。

 素晴らしいプロポーションを兼ね備えていても。

 その全てが嫉妬の対象になる。


 ダレンの婚約者でなければ……きっと尊敬の対象にもなりえる大好きな令嬢だったであろうとは思う。


 恋とは……人を愛するとは、何て辛い感情なのだろう。







「あぁああ!もう嫌になる!」


 ライドリー伯爵邸にやってきた、クラドリー侯爵令息であるガラルにわめきたてるその姿は、淑女らしくはないが、リズのそんな姿を見ていてもガラルはクスクス笑っているだけだ。


「相変わらず、弟への愛で自虐的になっているね」

「自分の醜い感情を一番知ってるのは自分自身でしょ」


 ガラルの言葉に、頬を膨らませながらリズは答える。

 侯爵家と伯爵家で、家柄は違えども二人は幼馴染であり、更に婚約者同士でもあるのだ。

 ただ、二人の間には心友という言葉がピッタリで、恋愛とは少し違う。

 リズも美しい緑の髪に深い紫の瞳をしており、小柄なのに出るところは出ていて、それなりにモテている。

 ガラルもガラルで侯爵家の跡取りな上に文武両道。程よく筋肉がついた身体に、漆黒の髪と瞳に心奪われる令嬢も多く居る程だ。


 すでに家族のように一緒に居る事で、ガラルが煩わしい縁談から逃げる為という意味もあり婚約を結んだというのは知っている。だからガラルはリズの恋心の事を知っているが、それはそれとして暖かく見守ってくれている事に感謝はしているし、何よりガラルには自分自身の素を曝け出す事が出来るので、リズとしても助かっている。


「ねぇガラル。手を出して」

「ん?」


 言われて、すんなり掌を上に向けながら机の上に出すガラルの手に、自分の手を乗せる。


「リズ!??」


 幼馴染と言えどもうお互い良い年齢な為か、ガラルは若干頬を赤らめて焦るが、リズはガラルの手に触れるだけでなく、撫でたり握ったりしている。


「……やっぱ……違うわ」

「え?」


 ガラルは、なすがままの状態から、やっと開放されたかと思えば、リズはそんな事を口ばしる。


「ドキドキしないの!」


 力強く、リズが訴える。


「この前、ダレンのハンカチが落ちてね!拾おうと思ったら、ダレンも拾おうとしたらしくて、手が触れてしまって……その時の心臓の音と言ったら!呼吸も苦しくなるし、パニックになるし!何とか平静を装ったけれど……もうしばらく興奮してたのよ!顔……赤くなってなかったかしら……」


 思い出しているのか、うっとりとした表情で頬に手を添えるリズを見て、ガラルは苦笑する。


「えーっと……一応、僕はリズの婚約者なんだけど?」

「全く何も感じなかったわ」

「ですよねー」


 分かってた、と言わんばかりにガラルは頷く。

 ダレンと手が触れた時を思い出して、またも興奮し始めたのか、顔が赤くなり始めたリズに落ち着いてもらう為、ガラルはポットに入っている紅茶を自らリズのカップに注いだ。

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