書人物語
染谷市太郎
1章
第1話
「万歳! タジラ王! 万歳!」
歓声。鳴り響く楽器の音。手を叩く音。
視界にはいるもの。耳にはいるもの。全てが歓喜していた。
その中心に、彼はいた。
アズラク公国の新たな王。タジラ三世。
白く化粧された肌に、金色の衣と装飾が彼を包んでいる。衣と装飾は彼の全身を隠し、唯一見える目元は緩やかに弧を描いていた。
砂漠に囲まれたこの地で、彼の姿は降り注ぐ陽光を反射する。それがあまりにもまぶしく、私は目を伏せた。
今日は戴冠式。
齢19にして新たな王となるタジラ三世へ、各国から多くの貢物が送られている。
並ぶ金銀財宝、珍獣、珍味。その質と量に、アズラク公国の力が表れていた。
アズラク公国は、先々代の王が興した国。歴史が浅いゆえに『公国』と評されている。しかし、その経済力は、東のシン皇国やツァル帝国に次ぐ。
その要因は立地にあるだろう。
アズラク公国は海に面した平野に存在している。周辺を厳しい砂漠に囲まれてはいるが、国を縦断する巨大な大河を保有し、馬車と船とで陸海に道を持っている。その開けた環境に恵まれ、アズラク公国は貿易と商業で栄えている。
その開放的な環境は国民の顔にも表れていた。
鳥のような羽を持った、
爬虫類のような鱗を持った、
そして、羽も固い鱗も持たない、
アズラク公国は、それらの人種がまんべんなく混ざっていた。
鳴り響く音楽も、香る空気も、この国がるつぼであることを如実に表している。多様なルーツ、文化が感じられる顔ぶれ。そこにはいったいどのような物語が織りなされているのか。
「ニナさま?」
いかがなされましたか? と従者のアニータが私をうかがう。
いけない。無意識に民衆を覗き込もうと体を傾けていた。
私が座るここは、王であるタジラ三世と同じ高さに位置している。うっかり転べば、大きなけがをしてしまうだろう。
「だいじょうぶよ」
私はアニータを安心させるために微笑んだ。
幼児でもないのだ。私のような年齢でうっかり、なんてことは通常ありえない。しかしアニータは長旅の疲れを心配しているのだろう。
確かに、肌を焼くような日の光は、倒れてしまいそうに厳しい。
気を紛らわすように、私は故郷から共に送られてきた貢物を眺める。翡翠などの宝飾品も多いが、そのほとんどは木材を利用した文芸品、あるいは紙の絵画だ。それらは故郷の、グラン王国の風土をよく表している。
私はアズラク公国のまぶしさに目を閉じ、ここよりはるか北に位置する故郷を思った。
グラン王国は森と水に恵まれた国であり、連なる山脈と木々が、ラン王国を守っている。
グラン王国の住民はその多くが元人。鳥人や鱗人は皆無と言って等しい。山と森、国を守るそれらが同時に、閉じた環境を作り交易を阻むからだ。
とはいえ、土地に恵まれたグラン王国は貧困にあえぐことはない。王国は農作や林業による自給自足で成り立つことができた。質素な暮らしではあるが、故郷は自然の豊かさに支えられていた。
しかし、昨年、グラン王国に未曾有の危機に襲われた。
それは外国からの侵略でも、あるいは多雨による水害でもない。
それは空からやってきた。
グラン王国に隕石が降り注いだのだ。
グラン王国のさらに北、氷河に包まれた国もない地に、隕石が降る話は耳にしたことがある。だが、グラン王国に降るなど、長い歴史を持つ故郷でもまったく聞いたことがなかった。
隕石による災害は、それによる家屋の破壊や人的被害もさることながら、農作へ大きな影響を残した。畑も作物も、文字通り吹き飛ばされてしまったのだから。
結果的に、作物の収穫は例年の7割を切り、収穫が元の水準に戻るまでいったいどれほどの年月がかかり、どれほどの民が飢えるのか分からない。
その危機的状況に手を差し伸べた者が、アズラク公国だった。正確には、当時まだ王子であったタジラ三世だ。
先王が急死し、近い将来戴冠が約束されたタジラ三世は、しかし、功績を欲していた。ただの功績ではなく、弱小から強豪、あらゆる商人が一目で理解できる功績を。アズラク公国は王政といえど民衆、とくに商人の声が強く、彼らからの支持がなければ正当な王位後継者であろうと王冠を返上する未来もありうるからだ。
そこで、グラン王国に白羽の矢が立った。
長い歴史を持ちながら、閉じられた国、グラン王国。その門戸を開き、豊かな自然という資源を手に入れることができれば。それは歴史に名を残すほどの功績だ。
都合のいいことに、グラン王国は未曽有の災禍に見舞われている。
結果として、タジラ三世は、アズラク公国の潤沢な資金と技術を利用し復興を支援を約束し、グラン王国の交易路を開けた。
そして、その交易路を維持するために、グラン王国の国王息女である私、ニナは、タジラ三世へ嫁入りを果たした。
隣に座るタジラ三世にちら、と視線を送る。目元以外は隠され、表情は読めない。
倦怠感を感じ、席に深く体を預ける。
まさか婚姻が必要とは、思ってもみなかった。
長らく閉じていたグラン王国は、交易と外交の本質を全く理解できていなかったからだ。当初は支援と言う恩に対し、誠実に物を送る。そのような単純なものとして、私も交易に疎い父王も考えていた。
だが、タジラ三世は異なった。アズラク公国とグラン王国、二国間における信頼の証として嫁を求めた。嫁を、女をささげなければ交易も復興支援も止めると。
グラン王国、王族の中で、婚姻適齢の女性は私だけだった。
適齢と言っても私は22歳。常識から考えれば行き遅れに等しい。通常は早くて15歳から遅くても20歳で婚姻はなされる。しかし私には兄弟姉妹もおり婚姻を急ぐ必要がなく、個人的な趣味に没頭していたことで出会いもなかった。そんな私を父王は自由にさせていたため、行き遅れてしまった。
タジラ王からすれば、このような年増を、とお思いだろう。実際、戴冠式まで直接会うことはなかった。
私が嫁ぐなんて、王様には申しわけない。しかし他の女性は、年を重ねすぎているか幼すぎる。あるいは王族と呼ぶには遠縁すぎた。
年齢を気にすることは、単純に妃としてうごけるか、だけではない。アズラク公国とグラン王国の間は、森と山、そして草原と砂漠が阻んでいる。嫁ぐためには、それらの環境の変化と長い旅路に耐えられる体力も必要だ。
大河を沿って縦断した砂漠を思い出す。故郷の黒い土とは異なり、アズラク公国周辺の砂漠は、白い砂、石灰でできていた。あの光景には驚いたものだ。山も地面も、一面に真っ白。故郷は雪に包まれ白に染まることもあった。しかし、アズラク公国の白い砂漠に冷たさはなく、特に日中は動けないほどに暑くなることもあった。対して夜は凍えるほど寒くなる。あべこべな気候にめまいがしたほど。
故郷の山と森で自然と培われた私の体力も、あの環境で削られた。
それほどまでに離れた二国が国交を持った。国民はタジラ王の功績に対し、心からの称賛を贈っている。
そして私は、タジラ三世の功績を表すトロフィーということだ。
たらりとつたった汗をぬぐう。
わっ、ともろ手を挙げた群衆からさらに大きく歓声が上がった。
タジラ三世が立ち上がる。一歩前に出た彼は、戴冠式の締めとして民衆に言葉を手向けるようだ。
彼の白く塗られた横顔に目を向ける。
歓声と楽器の音がぐわん、と頭の中に響いた。
私はたまらず、頭を押さえる。
「ニナさま?」
心配するアニータの声が、くぐもって聞こえる。
言葉を返そうとするが、ずるり、と体幹が崩れる感触。
タジラ三世がこちらを向く。
「ニナさま!」
アニータの声が遠い。
こちらへ伸びる腕。
陽光の反射のめまいと共に、私の視界は黒く途絶えた。
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