手がかり

 翌朝、ようやく日が昇りはじめるころ、ターラが水を瓶に注ぐ音で目を覚ます。

かまどに火を入れ、湯を沸かす。

「手伝いますよ」

「あら、ごめんなさい。起こしてしまいましたね」

眠そうに目をこするクリスに、顔を洗うよう促した。

外に出るとまだ少し寒く、風が頬をかすめる。

水瓶で顔を洗い、ぼさぼさの赤毛をなんとなく撫で付け、いつものように雑に束ねた。

水面に映る朝焼けが美しい。

ほかのテントでもちらほら活動を始めている者がいる。

「厩の様子を見てきましょうか」

クリスの申し出にターラは少し申し訳なさそうにしながらも、任せることにした。


 厩に着くと、数頭の馬たちが待ちきれなさそうに顔を出していた。

一頭ずつ挨拶をし、柵をあげて放牧する。

そのうちの一頭がクリスに近寄り、後ろ足で地面を蹴った。

「やあ、昨日はありがとう。その、申し訳ないんだけど、今日も頼むね」

馬は仕方ない、と言わんばかりの目線を送り、美しい鹿毛をなびかせて立ち去った。

馬房を清掃していると、遠くのほうで子供たちの声が聞こえる。

辺りはすっかり明るくなり、コロニーが活動を始める。

アウスには今日も強風が吹く。あと二月ふたつきもすれば、砂嵐の季節だ。

汚れた牧草を掻き出すと、そのうちのいくつかが強風に巻き上げられた。

(顔を覆うストールを持ってくるんだったな)

粉末状の牧草が風に乗り、砂とともに汗ばんだ顔に張り付く。

せっかく顔を洗ったのに、とぼやきながら、馬房の清掃に精を出す。

「クリスさんおはよう!わたしもお手伝いするね!」

柵の外から溌剌はつらつとした声が聞こえると、クリスの顔がほころんだ。

「おはようサフィ、早起きなんだね」

「馬にご飯をあげるのがわたしの仕事なの」

慣れた手つきで馬房の隣の小屋から牧草を運ぶ。

「昨日聞きそびれちゃった」

少しふくれっ面をしながら馬房に向かうサフィをクリスが手伝う。

「クリスさん、ここには何しにきたのかなって」

「ああ、そうか。宴に興じてて忘れていたよ」

「ひどぉい」

苦笑いしたクリスは、昨晩のターラとの会話をかいつまんで説明した。

サフィが時々首をかしげると、やさしい言葉で言い直す。

ひととおり話し終わるころ、馬房の清掃もひと段落した。

クリスが廃材に腰かけると、サフィが小ぶりな木桶を持って駆け出す。

池から水を汲み、手巾とともにクリスに手渡した。

「それでクリスさんは森を探しにここに来たのね、でも変なの。砂漠に森なんてあるはずないのに」

そう言うと、北のほうを指さした。

「もっとずーっと北に向かうと、山があるんだって。ここからは見えないけど・・・そこになら森はあると思うけど、きっと違うんだよね」

わたしも見てみたいなぁ、とサフィが呟く。

「お母さんも知らないって言っていたなら、ここじゃない違うオアシスなんじゃないかなぁ」

アウスでは天候の異常で短い期間に何度もオアシスの場所が変わっている。

まともな地図の失われたこの世界で、あてもなく砂漠を彷徨うのは自殺行為だ。

「今日、行けるところまで行ってみるつもりだよ」

そう言って立ち上がると、サフィの手を引き家に戻ることにした。

あちこちのテントから届く香りが鼻をくすぐる。

どの家庭も朝食の準備が進んでいるようだ。

サフィも心なしか足取りが軽やかになり、心躍る表情をしている。



 テントに戻ると、ターラはすでに朝食の用意を済ませていた。

焼きたてのパンに、豆類を煮込んだもの。

素焼きの湯飲みには、昨日クリスが持ち込んだ紅茶が湯気を立てる。

「手を洗っていらっしゃい」

ターラが手にしているのは何の肉だろうか。

細かく切られ、香辛料の香りが食欲をそそる。

サフィとともに手洗いを済ませると、それぞれ食卓につき昨晩のように祈りを捧げる。

羊だという肉の香辛料炒めに舌鼓を打っていると、何かを思いついたサフィが口の中のパンを紅茶で流し込む。(ヤギのミルクで甘く仕立てられている)

「そうだ、ウトバのおじいちゃんに聞いてみなよ!」

もうひとつパンを取り、かじりついて同じように紅茶で流し込む。


「ウトバのおじいちゃんのおじいちゃんは、違うオアシスからここに来たって言ってたよ!」

少女からもたらされた手がかりに、クリスは目を輝かせた。

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