旅人が探すもの
「シュウシュウカ?」
「そう、拾集家」
勝手に名乗ってるだけなのだけど、と付け加えた。
「だれかの思い出を拾い集めているんだ。だから拾集家」
「ふーーーん・・・?」
サフィはむずかしそうな顔で首をかしげる。
クリスは慣れた手つきで馬を馬房に入れると、パンパンに膨れたバックパックを肩にかけた。
「家はどっちだい?ご家族に挨拶しないと」
こっち、とサフィが再び右手をつなぐ。
少し離れたテントで、女性がこちらを窺っている。
ヤール族はオアシスを頼りに生活しているため、いつでもその拠点を移せるよう、テント状の家屋で暮らしている。
これまでも砂嵐や干ばつ、数か月もの間続く大雨によって、いくつものオアシスが生まれては枯れた。
アウスの北端に位置するこのオアシスも、そうして生まれた比較的新しいものだ。
木々はまだ若く、大小2つの池をテントが囲むようにして建っている。
「ああもうサフィったら、旅の方を困らせないようにと言ったでしょう」
木綿のワンピースの腰にストールを結び、革製のシューズを履いている。
ヤール族の伝統的な衣服だ。
サフィも同じような恰好をしている。
「クリスです。泊めていただけると伺ったので」
「ええ、ええ、もちろん。馬をお貸しする際に、じゅうぶんすぎる食料をいただきましたから」
サフィの母は、ターラと名乗った。
「お疲れでしょう、お湯を沸かしてありますので、どうぞ」
ターラはテントの裏手を指さした。
人がふたりは入れそうな浅い木桶が置いてある。
「ありがとう、ではそうさせてもらいます」
サフィの手をほどき、砂にまみれた身体を洗うため裏手に向かった。
「夕飯の支度を手伝ってちょうだい」
先ほどまでクリスとつないでいた手をとり、テントの中へ入った。
「お湯をありがとうございました。・・・身体を拭いた布が砂で真っ黄色になってしまった」
身ぎれいにしたクリスがテントに入ると、そこにはすでにたくさんの料理が並んでいた。
「コロニーに旅人さんが来るとごちそうなんだって。わたし初めて!」
スープの鍋を危なっかしく運ぶサフィは嬉しそうにしている。
テーブルに所狭しと並べられたもてなしの数々に、思わずクリスも破顔した。
「ねえ、クリスさんはどこからきたの?これからどこにいくの?何を探してるの?」
「サフィ、食事が先よ」
ターラは拳の背で軽く小突くと、クリスを椅子へ促した。
母娘ふたりの暮らしにしては、手に余るサイズのテーブルだ。
ヤール族の伝統に則り、食事の前に祈りを捧げる。
放牧の家畜が増えすぎるとオアシスは枯れてしまう。
そのため各家庭の家畜は生活に必要な最低限の数を残し、新たな命が生まれると、同じ数だけ家畜を間引く。
羊は上質な羊毛を与えてくれ、牛は農耕の助けとなり、いずれも皮は手工芸品の素材となる。
そしてやむなく間引かれた家畜は食肉として生命の糧となる。
ヤール族の生活に欠かせない存在として、感謝の気持ちを捧げるならわしなのだ。
和やかな食事が済むと、コロニーの男衆が酒を持って訪ねてきた。
クリスは下戸を理由に断ると、代わりに革製品を見せてもらうよう依頼する。
各家庭から様々なの革の装飾品が持ち寄られ、そのいくつかを買い取った。
歓迎の宴は夜更けまで続き、やがてそれぞれの細君から大きな呼び声がかかる。
―――ヤール族は、どちらかというと女性のほうがたくましい。
賑やかだったテントは、外の風の音がわずかに聞こえるくらいになった。
「すみません、私のせいで騒がしくなってしまって」
「いいえ、こういう性分ですもの。私も小さい頃は、次はいつ旅の方が来るんだろうと楽しみにしていましたよ」
手際よく食器を片付けるターラを手伝う。
サフィはとっくに夢の中にいるようだ。
「あの、お二人で暮らしているのですか?」
「ええ、今は。夫はこのコロニーで作った製品を、よそに売りに行っているんです。半年ほど経ちますが、いつ戻るのやら・・・」
「失礼、立ち入ったことを聞きました」
ターラは首を振り、気にしていないといった素振りをした。
「サフィから聞きました。思い出を探している、と。どうしてここに?」
洗い終えた食器を拭きながら、ターラが訪ねる。
「森を探しているんです」
「森?」
「砂漠の森」
最後の一枚を拭き終えたクリスはそう言って、バックパックを漁りはじめた。
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