第一章 砂漠の森

拾集家

「まいったな、このあたりにはオアシスはないのか」


 広大な砂漠を一頭の馬が、その背に人を乗せて佇んでいる。

鞍上の人物は双眼鏡であたりを何度も見まわしたあと、たてがみに項垂れた。

「食料と水は十分だが、こう暑いとぞ。」

馬は同意するかのように小さくいななく。

「なあきみ、もう少しだけ歩けるかい?・・・私の水を少し分けてもいい」

不服そうに前足を何度か掻いて、手綱を促すように踵を返した。

申し訳なさそうに馬の首筋を撫で、もと来た道を戻る。

雑に束ねられた赤毛の長髪が風に靡く。

顔を覆うストールとゴーグルの隙間からわずかにのぞく白い肌は、暑さと日差しで赤みを帯び、汗が光る。

―――頭上から太陽が容赦なく照らす。

「日暮れまでにコロニーに戻れるといいけど」

太陽に向かって恨めしそうにため息をつき、帰路を急いだ。




 年中強風と強い日差しに晒されるこの地は、アウスと呼ばれる砂漠地帯だ。

かつてはこのアウスにも多数のオアシスがあり、特に大きなオアシスは都会的に発展していた。

で破壊された土地はそれほど多くないものの、度重なる干ばつにより8割ものオアシスが失われてしまった。

今は、残された少ないオアシスにごく小さなコロニーが点在している。

 アウスには主にヤール族と呼ばれる、褐色の肌に黒髪、青い目を持つ民族が生活している。

ヤール族は限られたオアシスで家畜を放牧し、アウスを訪れる旅商人に羊毛や革製品を売ることで生計を立てている。

豊かな暮らしではないが、人々はみな明るく、歌と踊りを好む。

コロニーには外部の人間を疎むものもあるため、過酷な環境にもかかわらずこのアウスを訪れる旅人は少なくない。

ヤール族は訪れる旅人を快くもてなしてくれる。

――――もちろん、十分な対価を支払うことができればだが。


 この世界から「国家」という概念がなくなったことで、各地を転々と旅をする者が増えた。

自らの生まれた土地に馴染めず居場所を探す者、世界のあらゆる商品を売り歩く者、特にあてもなく放浪する者――――。

理由は様々だが、国境なき今、どのコロニーにも属さず渡り鳥のような生活をする者が多数いる。

砂漠で途方に暮れていたこの赤毛の人物もまた、そうした渡り鳥のひとりだ。



 「あーーーっ、お母さん、あの人帰ってきたよ!」

東の空低く月が昇るころ、コロニーにヤール族の少女の声が響く。

「ねえお母さん、旅人さんにはうちに泊まってもらってもいいでしょ?わたしお話いろいろ聞きたいの」

少女が母親と呼ぶ女性にしがみつくと、女性はやれやれといった顔をする。

「かまわないけど、迷惑にならないようにしなさいよ、サフィ」

「やったあ!じゃあわたし迎えに行ってくる!」

少女――――サフィは、オアシスの端に向かって一目散に駆け出した。


 「お嬢ちゃん、馬をありがとうね。ちょっと予定が狂ってしまって・・・今日はここで休ませてもらうよ」

赤毛の旅人はそう言って馬を降りると、サフィの頭を撫でた。

比較的小柄なヤール族より頭ひとつ抜ける長身だ。

「ねえ、えっと・・・えっとね、旅人さん」

「クリスだよ」

「クリスさん、あのね、今夜はわたしの家に泊まってもいいって、お母さんが・・・」

恥ずかしそうに話すサフィに、クリスの顔がほころぶ。

「それはありがたいな、これから泊めてくれそうな人を探すところだったんだ」

クリスの言葉を聞きサフィは目を輝かせ、急かすようにクリスの腕をとった。

苦笑いを浮かべながらサフィを静止して、馬の背から荷をおろし、少し息苦しかったストールを外す。

そばかすだらけだが、整った容姿をしている。

「お嬢ちゃん、名前は?」

「サフィ」

「了解、サフィ。じゃあうまやに寄ってから、家まで案内してくれる?」

右手に馬を曳き、左手でサフィと手をつなぐ。

サフィはもじもじとしている。

「ねえ、クリスさんはどうして旅をしているの?」

恥ずかしさを誤魔化すためか、つないだ右手をぶんぶんと振りながら訪ねる。

コロニーのほうぼうから、夕食のできあがる匂いがする。


「私は拾集家なんだ」

クリスはハシバミ色の目を細めて笑った。

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