レーゲンデトル~なりそこないの鬼と笑う道化~
山田奇え(やまだ きえ)
プロローグ
その少女は一風変わった格好をしていた。
灰色のカットシャツに、サスペンダーで吊られた――腰元にポーチのついた黒のスラックス。人の多いところに出れば注目の的とはいかずとも、通行人の目は引きそうな、あまり日常的に見ない服装。格好もそうだが、ポケットに片手を突っ込みながら欠伸なんかして、それから、肩口でシャギーにした髪をグシャグシャと掻き回すなんていう彼女の振る舞いも、数少ない通行人たちへどこか近寄りがたい印象を与える原因の一つだと言えそうだ。
「ふう……」
彼女は退屈そうにため息を漏らした。
その整った中性的な顔立ちには覇気というものがまるでなく、どこか学校の退屈な授業に辟易する少年のようでもあった。
彼女は交差点の信号を待っているところで少し目の色を変えた。しかし、その顔には相変わらず怠惰そうな表情を浮かべ続けているあたり、状況への慣れが感じられる。
信号が〝安全〟を告げた瞬間――少女は人知れず笑った。
彼女の足は、横断歩道を越えた後、人気のない路地裏へと向かう。
ゴミ捨て場だろう。陰鬱な狭い道を通り抜けた先に開けた空間が現れる。そこに出たところで少女は後ろを振り返った。
彼女の背後には、一人の男がいた。
「自分からこんなところに来てくれるとは。手間が省けるぜ、――
「そうだね。手間は省きたいよね。そうそう、そうだ、手間は省くべきものだよ」
男に話しかけられて、秋島純と呼ばれた少女は軽口を叩く。
「悪いな。お前に恨みはないが」
そう言うと、男は忽然と姿を消した。その場から立ち去ったという意味ではない。正真正銘、男の姿が見えなくなったのである。
「君みたいのでも、能力を持ってるんだな」
とてもつまらなそうに――純は言う。
「いつまでも両手を仕舞ってる余裕はないぜ」
何もない空間から、声が聞こえる。
「そうかい。まあ、そうだな、じゃあ――」
純は手をスラックスから抜いた。
その手には携帯電話が握られていた。
「――ユウ」
そう言うのと同時に、路地裏に轟音が響く。
現れた姿は二つ。
一つはつい今しがた姿を消した男。
建物の壁に頭を思い切り打ち付けられ、たちまちに気を失う。
もう一つは、男の頭を真横から踏みつけた少女。
ジャージにスカートという純に負けず劣らず妙な格好をした少女はいかにも好戦的な鋭い笑みを浮かべて、男に容赦ない一撃を浴びせた。
「…………」
「――よう、純。無事か?」
「……そりゃあ、無事だけどさ」
純はやれやれ、と大袈裟に肩をすくめて呆れ顔をする。
「お前、容赦ないねえ。相変わらず」
「まあな」
突然に現れた少女は前髪をかき上げながらニカッと得意げに白い歯を見せた。背丈は純と同じほどで、腰まで垂らした長い黒髪が印象的である。
「……ほめてるわけじゃないんだが」
純は片目を閉じて一つ息を吐いた。
「ていうかよ、純」
「なんだよ、ユウ」
「今回は間に合ったから良かったが、オレはずっとお前のそばにいねえんだし、お付きのヤツでもいさせたらどうだ。
ユウと呼ばれる彼女は『俺』という一人称を用いた。彼女には一人称を『僕』とする純とは別種の、尖りのある少年らしさがあった。
「そうだなあ。それか、いっそのこと人でも雇おうかな」
「なら、一人アテがいるぜ」
純は眉をひそめた。
「お前、ウチ以外にコミュニティ持ってるっけ? それともあれか、例の――」
純は目の前の少女が親しげな笑顔を浮かべるのを見た。
「〝アニキ〟に来てもらおう」
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