SACRIFICE

立花零

Layer.1

〈こちら捜査本部、敵の足跡は中央管轄区外縁部で途絶えている。その先は各員による調査にて補完せよ〉

 イヤホンから女性型の機械音声が流れていた。警察無線である。

 令斗レイトはジャケットの裾をめくりあげ、右腰に下げたホルスターから拳銃を取り出す。強力な50口径弾を撃ち出す、エルフ社製の最新モデルだ。鉄骨がむき出しになった廃墟へ歩みを進める。拳銃に備え付けられたライトを点け、光源を確保する。時折、朽ちきった廃墟の天井から外光が差す。

 グチャグチャという、何かを貪るような穢れた音を捉える。拳銃を正面に構えて角を曲がる。

 コンクリート打ちっ放しの部屋に、一人の男が背を向けてしゃがんでいた。男は半ば腐乱状態にある死体の腹に顔を突っ込み、その臓物を食い散らかしていた。

 これが敵。令斗が追う存在で、違法な生体改造を行っている。

「おい」

 令斗は銃の照準を男の後頭部に合わせ、声をかける。

「こっちを向け」

 顔からボタボタと液を滴らせ、男が令斗の方を向く。目を大きく見開き、顔の一部が生体機械に置き換えられ変色している。顎の力を増強するためか、歪な形状の頭部だ。

「が、が、がががが......」

 男は狂ったように喉を鳴らす。発声能力を失った生体改造者特有の笑い声。令斗はため息をつく。

「女王はどこだ」

「ががががががががががが......」

「女王はどこだ」

 イヤホンから呼び出し音。視界に表示される通話アイコンを視線誘導で選択。同僚からの通信だった。

〈令斗、見つけたんだな〉

「ああ、女王の居場所は知らないらしい」

〈なら処理対象だ〉

 通話終了。同時に、令斗は拳銃の引き金を絞る。50口径弾は、男の顔を撃ち抜き、青紫色に変色した血液をコンクリートにぶち撒ける。力なく倒れた男の死体。

 それを蹴りつけ、食われていた遺体を見る。腹部が損壊した、まだ若い女の遺体。身元までは不明。ジャケットの内ポケットから簡易サンプル採取器を取り出し、切り取り用の刃を展開させる。それを遺体の腕に走らせ、二の腕付近からサンプルを採取する。

「サンプルの採取完了」

回収用無人機ドローンに渡してくれ〉

 天井の一部を壊しつつ、無人機がやってくる。そのボディには、警視庁捜査一課の刻印。自動で開かれた回収ポートにサンプルを放る。

 来た道を戻る無人機を見送り、令斗は銃をしまって廃虚を出る。コンクリートの破片で靴裏の血を落とす。

〈今日の業務は終了だ〉

「......」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る