第三章

1 父と兄弟

「兄弟は助け合わねばならぬ」


 かつて白の氏族長であった父の厳格な声と共に、幼き日の記憶が蘇る。


 あれは、砂上に鉄板を置けば途端に熱され凶器と化すだろうと思うほど、強烈な陽光が降り注いだ夏のこと。アースィムと弟のシハーブは、天幕の中で日中の日差しから身を隠していた。


 先ほどまで、幼い二人で棒を打ち付け合い戦いごっこで戯れていたのだが、砂竜の世話から帰って来た父の姿を目にするや否や、居住まいを正し、父の言葉に耳を傾けた。


「たった二人の兄弟なのだから互いに補い合い、氏族を繁栄に導くのだ」


 家系により身体的特徴があるのと同じように、各氏族の民にも気性の傾向がある。アースィムらの父親は、北方紫の氏族出身の男であるためか、柔和な白の氏族の者達とは異なり、やや古風で厳格な性格だ。


 父は、尊敬に値する立派な男だが、幼い兄弟にとっては親愛よりも敬愛を抱かせるような人物だった。


 父は常々、兄弟の結束がいかに重要かを説いた。


「アースィム、おまえは次期族長として常に精進し、長としての強さと優しさを身につけなさい。だが、自負が驕りになることがあってはならぬ。弟や周囲の助言に耳を傾け、白の氏族の男として恥じぬよう、善良に過ごすのだ」

「はい、父さん」

「シハーブ、おまえは次期族長の補佐として、兄を支え、時に諫めなさい。そのために、正しき心と、物事を俯瞰し多角的に思考する力を養うことに努めなさい」

「はい、父さん」


 兄弟はそれぞれに向けられた言葉を噛み締める。父は厳粛な顔で頷いて、傍らに置いていた銀の杯を手に取った。


「では、水神マージに誓いなさい」


 促され、天幕から出て灼熱の陽光を全身に浴びる。


 差し出された杯の中では、清らかな水が煌めく波紋を描いている。アースィムとシハーブは代わる代わる手のひらで水を掬い、砂上に撒いた。


「強く優しく善良な族長となるよう、精進します」

「正しき心と広い視野を持った補佐役となるよう、精進します」


 あまりに強烈な日差しに熱されて、砂に黒く描かれた水の軌跡は、程なくして消える。蒸発して天に還る水に乗り、水神マージの御許みもとへと誓いの言葉が届くだろう。


 このように儀式張った誓いを行うのは決まって、氏族の始祖である英雄の命日だった。毎年繰り返されることであったのだが、この年父が最後に述べた言葉は、特に強く印象に残っている。


「だが、ゆめゆめ忘れぬよう。氏族繁栄の妨げになるのならば、たとえ兄弟同士とて、衝突を恐れず悪を正し合わねばならない。情に流されることなく、正しい決断を厳格に下すのだ」

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