第23話 月3

 単にエレベーターが無いからと勝手に思っていたが、どうやら前の借り手の時代に事件があったようだ。


 事故もの物件は、不動産の空きフロア情報を流すときには明確に表示し、説明することになっている。


 ただこの物件は、社長の知り合いの不動産経営者から安い物件があると話を聞いたのがきっかけだった。


 「とにかく安いんだ。ただし若干の訳ありでね。それでも良いのなら・・・・・」


 「訳ありって、殺人事件があったなんてこと無いでしょうね」


 「いやそんな恐ろしい話じゃないよ。ちょっとした事故があったって程度の話なんだけどね」


 酒の席でのそんな軽いやり取りの中で、社長は細かい確認をする事なしに借りることを決めてしまったようだった。幹部であるリーダーたちは、ふとそんな話を思い出していた。


 我社が入る前までは1年程度の空きがあったようだが、それ以前はファッションデザイン関係の小さな会社がこのフロアにあったと聞いている。


 職員は25人程度の会社で、独自キャラクターを創作し、自社ブランドの女性服を製作し卸しをしていたという。


 偶然ではあるが、若手の女性アイドルが愛用したことによりテレビ露出もあり、若者向けにかなり流行ったようだ。


 50代の社長は、大学卒業したての自分の娘を副社長に据え、会社も収益は大幅に増大し前途洋々に見えた。


 しかし、社長がそのアイドルに入れ込み、私財をつぎ込むうちはまだ良かったが、会社の金さえ持ち出すようになっていた。


 そのアイドルが不倫事件を起こし、芸能界から姿を消すと同時に、服の売れ行きはピタリと止まり、職員の給料さえも払えぬ廃業寸前の状態となった。


 その後、1ヶ月ももたずに、社長は娘や妻を残したまま蒸発した。残された社員も給料の支払いや仕事の目処もつかない会社に愛想を尽かし、次々と退社していった。


 社長の娘が抜けた社長の後を継ぎ、最後まで残ったのは、会社創設時からの古い社員2人の計3人だけであった。


 3億円を超えた借金の返済の当てもなく、会社の立て直しなど到底無理の状態であり、残務整理をしていた。


 前社長が銀行のみでなく、裏金融などあらゆる処からも借りまくった借金の取立ても激しく、社内には連日蛮声が響き渡っていた、


 身の危険さえ感じられる状況に、ベテラン社員の2人さえ退社し、社長ひとりのみ誰もいない社内に立ち尽くしていた。


 美しい満月の夜であった・・・・・

 日中借金の取り立てに現れた数人のならず者に汚された夜であった。

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