第12話 瞬4
めちゃくちゃ緊張して、恥ずかしくて、興奮して、嬉しくて、精一杯の見栄を張って頼んだ料理もお酒も、味など覚えていない。
ふたつの人生が融け合い、新たなひとつの人生が生まれる喜び。高級レストランでの幸せな2時間は瞬く間に過ぎていく。
レストランの厚く重い扉を押し開け、見慣れていたはずの新しい世界に踏み出した。
昨日までの過去は、扉の向こうに置いてきた。今日からは、たった今からは彼女とオレの新しい人生が始まる。
右手のカバンには、もう指輪も手紙も入ってはいないが、左手には温かくやさしい指が柔らかく絡みついている。
この際だから調子に乗って囁いてみた。
「もし良かったら、オレの部屋でコーヒーでも飲んでいかない?」
下を向いたまま、恥ずかしそうに小さな声で囁いた。
「はい・・・・・」
左手を握る細い指に少し力がはいった。
駅に向かう最初の信号機。青に変わるのをゆっくり待って渡る。
片側3車線の幅広い幹線道路の中程に差し掛かった時、左走行車線に黒い乗用車のライトが飛び込んできた。
まだ歩行者信号は青なのに、スピードを緩めず突っ込んでくると感じた瞬間、彼女を庇い抱きかかえた。
「ガシャッ!」
凄まじい音と衝撃が走る。
偶然歩道にいた歩行者数人が、その音と衝撃に呆然と立ち尽くしていた。
4m位であろうか?2人は跳ね飛ばされ、激しく路面に激突した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
目を開いた。真っ白い天井が目に入った。どうやらほんの一瞬だけ、意識を失ったようだ。ここは、どうやら病室のようだ。
車に激突され、激しい衝撃でかなり遠くまで、跳ね飛ばされたことまでは覚えている。
たぶん、彼女を衝撃から護れたはずだった。激突する車と彼女の間に咄嗟に自分の身体を入れたはずだった。遠のく意識の中で、弾き飛ばされ激突する硬い道路の路面と彼女の間にも自分の身体を入れたはずだった。
自分の命よりも一番大事なものを護るために・・・・・
ベットの足元が重い。ズキンと痛む首を起こして足元を見ると、白髪が目立つ50代位の女性が、ベット横のイスから上半身のみオレの足元に覆いかぶさっていた。
疲れて眠っているようだった。
誰? 母親は25歳の時に既に他界している。病院に見舞いに来る親戚などいるはずがなかった。
ベットの上、足元で眠る女性の左手の薬指に、見たことがある小さなハート型ダイヤの指輪が光っていた・・・・・
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