第8話 感2
病院に行く事は大嫌いであった。大病院には多数の患者が行き交う。診察を待つ間、支払いを待つ間、寂しげに俯いて佇む、多くの人々が目に入る。
その中には、知り合いの姿もあった。その人たちは数日後に、必ず人生の幕を閉じていた。
お年寄りに出会うのも嫌だった。駅のホーム、なぜか線路に血塗れの佇む人も何回も見てきた。数日後のスポーツの試合結果、選挙の結果、競馬の結果も分かっていた。
喜びも悲しみも、楽しさも怒りも、先に分かっていると、驚きも感動も次第に色褪せていった。虚しさと嫌な思いだけを残して・・・・・
なぜこんな力、こんな未来が見える能力を持ってしまったのだろう。
会社3年後には辞めた。なるべく自室から出ないようにした。そして、この力の意味を分析することに、時間を費やすことにしたのだ。
生活費には全く困らなかった。大学時代から趣味で始めていた株式のトレーディングをするだけで、月に50万以上は収入を得ていたため、両親は特に反対もなかった。
小さな時からの思い出せる限りの現象をノートに記していく。分析や解明など出来はしない。しかし、間違いなく一つだけはわかったことがある。
予感は自分自身の趣味や思考、行動の範囲内に限定されているようだった。学校で起こること、通勤途上で起こること、自分が通う病院で起こること。
スポーツや選挙の結果は、テレビでよく見るものであったし、競馬は父親の趣味でよく聞かされる範囲内であったこと。
東大も就職も、幼い頃に夢見た憧れの一部、株式も母親の小遣い稼ぎから興味を持ったこと。ほとんどがそうだ。
自分が数日後に経験するであろう近い未来を、予感できる力のようなのだ。
でも、これは予感なのだろうか?それとも予感と思い込んでいるが、本当は今そのものが幻想なのだろうか?
今の予感は、いや今の自分を取り巻く現実が、数日後に生きている自分自身の単なる過去の思い出の中だけの幻影でしかないのだろうか?
では本当の自分は、本当の実体としての自分は、予感を感じている今の自分なのか?それとも数日後の人生を生きている自分なのか?
予感は数日後に確かな現実として確立されるのであれば、今の自分は過去の思い出の中に生きるだけの幻なのかもしれない。
自分の力の分析の結果が朧げながら見えてきたようだ。自分を取り巻く部屋の風景が揺れて滲んで歪む。自分の手のひらが少し透けて見えた・・・・・
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