第157話
澪奈の人気に関係するため、一刻も早く彼女から離れたいのだが、澪奈はまだ俺の腕にしがみついている。
もはやこれはカップルが腕を組んでいるというよりは、子どもが親の腕に抱き着いているかのような状況だ。
軽く腕を動かすと、澪奈の柔らかな胸がふにょふにょと俺の腕に張り付いてくる。……くそっ。意識しないようにしているというのに、吸い付いてきやがる。
「あれ、マネージャー? もしかして私の胸を触りたくてわざと動いている?」
「そんなことはないから。ほら、歩きにくいし離れてくれって」
「でもマネージャー。ちょっと鼻の下伸びてる」
「え? い、いや伸びてないから」
ま、まさか顔に出ていたか……?
慌てて鼻の下へと手を伸ばすと、澪奈がにやりと笑う。
「嘘だけど、もしかして意識してくれてた?」
「……まったく。男として、澪奈みたいな子にくっつかれたら反応するんだ。澪奈はもうちょっと自分が可愛いことを自覚してくれ」
「……う、うん」
俺がそういったとたん、澪奈は急に頬を赤らめて俺の腕から離れる。
一体何に反応したのかはわからないが、離れてくれる分には構わないので俺はほっと胸をなでおろす。
幸い、俺たちに気づいている様子の人はいない。
気配を消している俺たちはそれこそ、路傍の石程度にしか認識されていないのだろう。
すたすたと澪奈とともに歩いていくと、澪奈がぽつりと漏らす。
「でも、こうして人前にいるのに誰にも気づかれていないのは、なんだか興奮してくるかも」
「あほなこと言ってないで、次の現場に向かうぞ」
あまりにも歩き出さない澪奈を急かすように声をかけ、俺たちは次の現場へと向かう。
隣に並んだ澪奈は周囲の視線を気にする素振りを見せた後、ベレー帽を深く被りなおした。
「でも、こうして人目を忍んで移動するようになるなんて、前だと考えられない」
それは、俺の能力があんまりなかったからかもな……。
事務所に所属していたときは、俺のマネージャーとしての腕が微妙で、澪奈の魅力をうまく伝えられなかったんだろう。
澪奈はもともと才能があったから、人の目につくきっかけさえあれば伸びるとは思っていた。
そのきっかけを作れなかったが、俺は周りの助けがあってこうして澪奈を有名にさせることができたのだと思う。
結果的に、事務所の炎上騒動も後押しになってくれたしな……。
迷宮にはもちろん感謝しているが、事務所にもだな。
「澪奈は魅力的で能力もあったんだ。伸びる要素はいくらでもあったよ」
本当にきっかけ一つなんだと思う。
前に、ある有名人が「自分はたまたま波に乗れただけ」という発言していた。それは半分正解で半分不正解だと思う。
波に乗れるだけの運は必要だが、波に乗ったあと成功するかどうかはその人の能力がなければだめだ。
まれに、波に乗れてもすぐに人前に出なくなる人もいる。
長く業界に残る人はやはり何かしらの魅力、能力があるんだろうしな。
その波に乗れるように、日々努力する必要はあるんだけど。
そんな分析をしていると、澪奈が静かに俯いていることに気づく。
「どうしたんだ?」
「い、いきなり告白されると……照れる」
「告白?」
「魅力的で、抱きたいって……」
「ずいぶんと自分勝手な耳をお持ちのようで。魅力的で能力があるとしか言ってないからな」
「魅力的で……可愛い、と?」
「そうはいってないけど、可愛いのは事実だな」
「! ……そ、それはそれで、照れる」
交差点の信号が赤になり、俺たちは足を止める。
澪奈は自分で言ったくせに赤信号のように顔を真っ赤にし、俯き続けている。
しばらくして信号が青になり、人々が歩き出し俺たちもその流れに乗るように歩いていく。
と、澪奈がぎゅっと手を握り締めてきた。
人前でまた迂闊な行動をするな……と言いたかったのだが、澪奈は真剣な表情でこちらを見てきていた。
「最近はカトレアが一緒にいることが多かったから、少しだけ二人きりでしかできないことがしたい」
「……それが手を繋いで歩くことか?」
「うん」
ふざけた様子がなく、隣に並ぶ彼女に、俺は何も言い返すことができない。
周囲の人たちはまるで俺たちに気づいている様子はなかったので、俺も少しの間だけその行動を許すことにした。
それが、澪奈のモチベーションに繋がるのなら、っていう気持ちもあったからだ。
「ありがとう、マネージャー。それに、これからもよろしくね」
「……こちらこそ。俺を選んでくれてありがとな」
そんなやり取りをかわすと、澪奈は嬉しそうに微笑み俺から手を離した。
今は人気が出ているとはいえ、それだっていつまで続くかは分からない。
だけど、俺は澪奈の人気が続くように、これからも努力していく必要がある。
澪奈と話したおかげで、改めてその決意を固めることができた。
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