第114話



 剣だと、長すぎて俺の動きについていけないと判断したのだろうか?


 大きく息を吸った俺は、腰を落としてから地面を蹴りつけた。

 キングリザードマンの眼前へと迫り、拳を振りぬく。

 しかし、その一撃はキングリザードマンの左腕に阻まれる。


 アーマーの頑丈さに顔を顰めて右手の剣が襲い掛かってくる。

 それをかわすと、続いて蹴りが――。

 剣と格闘を合わせた連撃。しかし、格闘のほうはそこまでの技術ではない。


 合わせるなら――ここだ!

 キングリザードマンが牽制のために振りぬいてきた拳を左手で受け流しながら、右の拳を顔面へと振りぬく。

 両者に衝撃が生まれ、お互いに弾かれる形となったが……そのダメージはキングリザードマンのほうが大きいだろう。


 片手を空けたことによって、こちらの俊敏な動きについてくることはできていたが、その分攻撃力が下がっていた。

 ……まあ、筋力が高いので、大して踏み込んでいない拳でも恐ろしい一撃なのには変わりないのだが。


 すぐに立ち上がって首を回していた俺とは対照的に、キングリザードマンはよろよろと体を起こす。

 睨みあっていたキングリザードマンが剣を構えなおす。

 さっきと同じ……ではない。キングリザードマンの周囲に【軍勢】が現れる。


 ……あれは恐らくMP的なものを使って召喚しているのだろうが、キングリザードマンのMPはまだ切れないのだろうか?

 まあ、俺も澪奈も魔力を込めて攻撃することが多いが、それでも切れたことはないので、そもそもスキル自体が消費するMPが少ないのかもしれないな。

 相手のMP切れまで粘るというのはゲームでは低レベル攻略などで作戦の一つとして挙げられるが、それを狙うのはさすがに無謀か。

 召喚された【軍勢】は八体。それらが俺を囲むように飛びかかってきてので、迎え撃つ。

 だが、【軍勢】たちは俺の眼前まで来た瞬間、その体が膨張する。

 ……まるで腹の中で何かが膨れ上がったかのようなその異様な変化。

 同時に周囲を満たす重圧な魔力。


「……ま、さか」


 急激に膨れ上がった【軍勢】たちの魔力。

 キングリザードマンは、この一撃にすべてを賭けていたのだ。

 【軍勢】たちの自爆をもっとも有効活用できる瞬間を――。

 俺が回避のために地面を蹴ったのと、【軍勢】たちが一斉に爆発したのはほぼ同時だった。



「……いって……」


 ……ギリギリで気づいて回避したから、直撃は避けられた。

 だが、ダメージは絶大だ。

 服はボロボロになってしまっているし、体のあちこちに爆発による火傷のようなダメージが残っている。


 常に全身を痛みが襲い掛かっていて、骨のあちこちが折れているのではないかと思う。

 よろよろと立ち上がった俺と、キングリザードマンの目が合う。

 その目が、好奇に染まり。


「シャ!」


 キングリザードマンが地面を蹴りつけて一気に距離を詰めてくる。

 俺が弱っている今のうちに、片をつけるという作戦なのだろう。

 迫るキングリザードマンをじっと観察していた俺は――体の傷が全快する。


 俺の変化に気付いたキングリザードマンが慌てて足を止めるが、遅い。俺の眼前で止まるという最悪の一手に、俺は全力の膝蹴りをお返しした。

 吹き飛んだキングリザードマンが地面を転がり、体を起こす。


 ……アイテムで回復するのはフェアじゃないと思う気持ちもなくはなかったが、さすがに死にたくはない。

 残っていた治療玉の一つを消費し、俺は体の傷を治した。

 といっても、無限にあるわけではない。この前装備を整えるときにゴールドはほとんど使ってしまったからな。


 ただ、数に余裕があるわけでもないので、無駄遣いするわけにはいかない。

 ……一気にけりをつける。

 キングリザードマンに突進し、【軍勢】を召喚される前に懐へと入る。


 俺に合わせて剣が振り下ろされるが、最小限の動きでかわして拳を振りぬく。よろめいたキングリザードマンに、腰を回して拳を振りぬく。

 全体重を乗せた一撃が、キングリザードマンの顔面を殴り飛ばした。


「ガアア!」


 キングリザードマンが咆哮を上げ、【軍勢】を召喚する。

 こちらへと迫ってきた【軍勢】たちは、俺と対面した瞬間に体を膨張させる。

 先ほど同様の自爆。

 だが、自爆するまでに、時間があるのはさっき見て分かっていた。


「二度も、食らうか!」


 弾き飛ばすように蹴りを放つ。それはサッカーボールでも蹴り飛ばすような感覚だ。

 分身体はキングリザードマンの近くに転がり、爆発する。


「グゥゥゥ!?」


 キングリザードマンは爆発に巻き込まれ、悲鳴をもらす。

 砂煙の中、立ち尽くすようにこちらを見ていたキングリザードマンの顔に、疲労の色が見えた。


「ガアアア!」


 その中で、キングリザードマンは両手に剣を持ち直し、こちらへと突っ込んでくる。

 全力だ。それまで以上の動きとともにキングリザードマンが剣を振りぬいてくる。

 一切の隙がない。恐らくは、魔力で肉体を強化しているのだろう。


 俺もまた、同じように迎え撃つ。

 キングリザードマンの全力の乱舞を、全力の拳で。

 剣の腹を殴りつけるようにして、剣を近距離で捌き続ける。


 速い。だが、キングリザードマンの動きは初めに比べて明らかに鈍っている。

 ダメージと疲労が蓄積しているのだろう。

 俺が反撃のために前に出た瞬間、キングリザードマンが二つの剣を交差するように振りぬいてきた。


 俺はその一撃を、跳躍してかわす。交差した剣の上を過ぎるように、回転蹴りをキングリザードマンの頭へと落とした。

 地面にめり込んだキングリザードマンは、そのまま動かなくなる。


 やがて、キングリザードマンの体が消滅すると、その体があった場所に素材がドロップした。

 魔石と、キングリザードマンの素材と、そしてアクセサリーだ。

 ……キングリザードマンのネックレスか。


 キングリザードマンのネックレス ランク28

 効果:【筋力+60】【速度+60】

 スキル:【軍勢】


 へえ、あのスキルが使えるようになるのか。

 俺のステータスの半分で召喚できるのなら、悪くないスキルになるだろう。

 さらに、ショップにもスキルが追加されている。


 これで俺も【剣術】としてデビューできるのだろうけど、別に今の状態で困っていないからな。

 って、のんびり考えている場合ではないだろう。

 見れば、すでに澪奈はカメラと女性を抱え、こちらにやってきていた。


 いつもなら、ここで声が聞こえて迷宮が消滅するのだが――。

 声は聞こえず、俺たちの体は迷宮の外へとはじき出された。

 いつもの部屋に戻ってきてすぐに迷宮があった場所を見てみるが、そこには何もない。


「……あれ?」


 聞こえていた声もなくなり、すっかり元通りとなった部屋の中には、


「……マネージャー。女性は、いる」


 ……俺たちが出会った女性だけが残っていた。






―――――――――――

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