第58話


「年季の入ったアパートですね」

「外観は載せないでくださいね」

「分かってます。住所が特定されそうな情報はすべて隠しておきますよ。ただまあ……わりともう手遅れな感じだと思いますけど」

「ほんと、そうなんですよ。最近はつけられていることも多いですし」


 橋本さんとともに部屋へと入ったところで、橋本さんが鞄から三脚を取り出す。

 それは小さなもので、カメラを置くものではない。

 橋本さんがこちらへと差し出してくる。


「茅野さん。こちらスマホ用の三脚です。使っていないものが余っていたんで、もらってきましたよ」

「え、いいんですか?」

「今日撮影の許可をしていただきましたからね。その報酬の一つみたいなものです。もちろん、取材費はちゃんと払いますから気にしないでくださいね?」

「……ありがとうございます。助かります」


 今度の配信のために、俺はスマホ用の三脚を探していた。

 実際のカメラマンに訊いた方がいいと思い、橋本さんに相談してみたのだが、まさか用意してくれるとは思っていなかった。

 橋本さんは迷宮のある部屋の撮影を行っていく。


「……これが、迷宮ですか」

「橋本さんって迷宮に入ったことってありましたっけ?」

「いえ、まったくないですね。というか、中々入れる記者なんていませんよ。入っても低ランク迷宮か、大手クランと同行して、くらいですしね」

「そうですか。それなら、俺が守るので少し中に入ってみますか?」

「……え? 大丈夫ですかね?」

「うちの迷宮の利点って初めから魔物が出ていることなんですよ。そんなに魔物もわんさかいるわけじゃないですし、出現地点もある程度決まっているので大丈夫だとは思いますが……最後に決めるのは橋本さんですね」


 もちろん、100%安全とは言い切れないが、それでもほぼ安全に案内できると思っている。


「……」


 橋本さんは少し迷ったあと、目を輝かせて拳を固める。


「行かせてください! お願いします!」

「分かりました。それじゃあ早速行きましょうか」


 記者魂に火がついたかのようで、橋本さんの瞳に炎が宿っている。

 橋本さんとともに迷宮へと入ると、橋本さんはすぐに周囲へとカメラを向けて、撮影を開始する。


「ここがいつも配信で使われている場所ですか! いや、凄い! 広大ですぅぅぅ!」


 橋本さんがしきりにカメラで撮影していると、こちらにワーウルフが近づいているのが感じられた。


「橋本さん、ワーウルフがもうすぐ正面から来ます。一応、最悪の場合は黒い渦に飛び込んで逃げてください」

「……わ、分かりました!」


 俺が声をかけ、前へと出ると向かいからワーウルフがやってきた。

 こちらに気づいたワーウルフが雄たけびを上げて飛びかかってくる。


「ひっ!?」


 橋本さんはカメラを乱射しながらも、悲鳴を上げる。

 ……一般人からすればワーウルフの速度は恐ろしいものがあるのだろう。

 振りぬかれた拳をかわし、側面へと回る。肘で顔を殴りつけ、怯んだところでワーウルフの手首をつかみ、思いきり投げた。


 合気道に似た動き。

 相手の重心を崩したために、簡単に放り投げることができた。

 投げる部分に関してはたぶん、合気道だけではなく他の武術を組み合わせているのだろう。

 柔道とか……? 俺も詳しいことは分からない。


 合気道に関しても、少しだけ心得があっただけだ。

 冒険者とはいえ澪奈のマネージャーを務めるため、護身術程度は学んでいたからだ。

 手首を掴まれたときの対処法、などを簡単に指導されていたので、多少知識があるというわけだ。

 最悪の場合盾にならないとだからな。


 背中から地面に落ちたワーウルフが肺の空気を吐き出すようなうめき声をあげるが、すぐに体を起こそうとしたのでそれより先に膝を叩き潰す。


「ギィ!?」


 怯んだワーウルフの頭へ、俺は飛び上がり重力を活かした踏みつけで仕留めた。

 最近戦闘をしていて学んだのが、攻撃する場合、いかに筋力以外の力を借りられるかが大事だ。


 例えば、重力。例えば、踏み込んだときの運動エネルギーなどだ。

 そういった、他の要素を組み合わせることで、一般人でも通常以上の力を出せるのが、武術を極めた人なんだと思う。

 【格闘術】がそれの補助をしてくれ、さらに魔力による追加攻撃まで身に着けられるのだから、このスキルは非常に便利だ。


「橋本さん?」

「……」


 橋本さんは呆けた顔をしながらひたすらシャッターを押しまくっていた。

 ……驚きながらもカメラのシャッターを切れるのは、記者としての根性なのだろう。


「橋本さん、戦闘終わりましたよ」

「はっ! い、いや……凄いですね。私も、格闘技などの撮影に同行したことはありますが、あのとき並みのいえ、あのとき以上の迫力があったかもしれません……!」

「まあ、迫力の質が違うと思いますよ。こっちは……命のやり取りなのでたぶん、楽しみ方も違いますよ」


 競技と殺し合いでは、色々と違ってくるだろう。

 どちらが上かではなく、もはや違うもので競っているようなものだ。

 野球とサッカー、どっちのほう迫力ある? なんて聞いても、解答は人それぞれで、今はまさにそうだ。


「それにしても、まさかワーウルフとの戦いが見られるとは思っていませんでした。これ、凄いですね……!」

「あれ、確か記事ってWEBニュースですよね? 公開日っていつですかね?」

「はい。今週の金曜日予定ですね」

「それでしたら、金曜日の配信で戦う予定の一つ上の強さを持ったワーウルフも見せますよ」

「お、お願いします!」


 橋本さんは、最初の怯えはすっかり消えたようで俺の後をついてくる。

 途中ワーウルフを倒しながら進み、荒地エリアへと向かう。








―――――――――――

ここまで読んでくださり、ありがとうございます!


『楽しかった!』 『続きが気になる!』という方は【☆☆☆】や【ブクマ】をしていただけると嬉しいです!


ランキングに影響があり、作者のモチベーションの一つになりますのでよろしくお願いします!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る