第31話
次の日。
なんか、昨日の生放送がバズっていて、ニュースなどでも取り上げられていた。
登録者はもちろん、昨日の生放送を再生してくれている人もいるようで、めちゃくちゃ伸びていた。
朝から澪奈のTwotterにテレビ局から取材の依頼もあり、ひとまず簡単に取材を受けて……今に至る。
その撮影されたインタビューは昼頃にはもうテレビで流れていた。
それだけ緊急のニュースだったということだろう。
ここまでフットワークが軽いことに軽く驚きはあったが、だからこそテレビがメディアの一つとして長年人気だった理由なんだろう。
想定外の地上波デビューだったな……。
澪奈だけではなく、俺までも一緒にインタビューを受けてしまったのだから、人生分からないものである。
「澪奈、今日も配信する予定だけど……大丈夫か? 疲れ溜まってないか?」
「うん。インタビュー自体はすぐ終わったし」
「それならいいんだけど……あれ?」
生放送の予定は夜からだったので、その前に一度諸々確認しようかと思っていると、俺のスマホに着信があった。
……高野からだ。
もちろん、俺が所属していた『スピードフォーク』の先輩だ。
まあ、あまり出る必要もないし連絡先を消そうかと思ったが、一応退職後の何か法的な処理とかの連絡の可能性もあるわけで……。
この前も花梨、麻美、高野からの連絡では罵倒ばかりだったので出るのに少し迷っていたが、
「マネージャー。改めて、話したいこともあるし出てみたら?」
「……そうか?」
澪奈の話したいことは分からなかったが、早くしないと電話が切れてしまうと思ったので、通話に出ることにした。
澪奈も聞きたがっていたので、スピーカーモードにしてだ。
「……えーと、お疲れ様です。どうされたんですか?」
『……おい、茅野! てめぇ、花梨と麻美の変な噂流してんじゃねぇぞ!』
「……どういうことですか?」
『あいつら、配信するたびにどんどん変なことばっかり言われてんだよ! ネットでは好き勝手言われてな! おまえがなんかしてんだろ!?』
……それは、恐らく二人の能力不足が原因だ。
完全に能力がないわけではない、と思う。
ただ、決定的に集中力がなく、飽き性だ。……それを必死に取り込めるように俺はしてきたのだが、どうやら高野がマネージャーになってからも同じようだ。
……高野は、そこら辺もすべて知っていたんじゃないようだ。
「こちらからは何もしていませんよ……評価が低いのは、見直して改善していくしかないんじゃないですか?」
俺も前に所属していた場所なので、多少は二人の様子も見てはいた。
……高野の言う通り、評価はどんどん下がっているようだ。
登録者数も少しずつ減っていってしまっていて、何かテコ入れが必要なのは確かだ。
『まあいい。……とにかく、茅野。さっさと澪奈を事務所に戻してくれよ!』
「……それ、以前断らなかったですか?」
『直接会って話せば考えも変わるだろ!? とにかく頼む! 今はチームをまとめる人間が必要なんだよ! 戻ってこい!』
……お願いしている立場からは考えられないような怒声が返ってくる。
そう考えていると、突然向こうで声が上がった。
何かやり取りをするような音が聞こえた後、
『おい』
……高野から別の人間に変わった。
これは、恐らく社長だ。
「……なんですか?」
『茅野。おまえ、事務所の悪い噂流してんだろ!? ブラック企業だなんだと色々言われてんだぞ!?』
「いや……その……」
困った。それに関しては直接は口にしていないが、異常な勤務時間であるような発言はしてしまっている。
答えに窮していると、
『まあ、いい。さっさと事務所に戻ってきやがれ』
「……へ? 何のことですか?」
『察しの悪ぃやつだな! だから、いつてめぇと澪奈が事務所に戻ってくるかだよ! さっさと戻ってこい!』
まったく、話が見えてこない。
怒号を張り上げる社長に、俺が首を傾げながら問いかける。
「いや……俺たち事務所を脱退させられましたし、戻る理由はないですよね」
『あああ!? 誰が、てめぇらを育ててやったんだ!? 使えなかったてめぇを育ててやったのは誰だ!?』
育てて……もらっただろうか?
うちの事務所はそんな余裕はほぼなく、俺が先輩に同行することはあっても、基本的に何も指導などをされることはなかった。
見て覚えろとか、疑問を質問しても自分で考えろ……とか。
そんなわけで、ほとんど俺は独学で学ぶしかなかったんだよな……。
まあ、でも、まだ戦力になっていないときから給料を支払ってもらっていた恩は……あるといえばあるか。
「それについては……一応感謝しますが……俺は戻る予定はありませんよ」
『ああ!? ぶっ殺すぞ!? てめぇ、調子乗ってんじゃねぇぞ! 今うちの状況知ってんのか!? 花梨と麻美とかいう使えないやつを残していきやがって……! こっちに押し付けんじゃねえぞ!』
「調子に乗ってるのは、そっち」
隣で静かに聞いていた澪奈が、社長の激高に反応する。
俺のほうに片手を差し出してくる姿はとてもかわいらしいのだが、その姿には怒りが見える。
スマホを彼女に渡したところで、社長が上機嫌な声を上げる。
『おっ、ちょうど澪奈もいたのかよ。ま、そっちの茅野はどうせ無能だからいいや。おまえだけでも帰ってきな』
「ふざけないでマネージャーは無能じゃない。それに、人を道具にしか思ってない事務所になんか戻りたくない。前も、言ったでしょ?」
『ああ? あんま舐めた口きくんじゃねぇぞ?』
「脅したら誰でもかれでもいうこと聞くと思わないで。私は、ここでマネージャーと一緒にトップMeiQuberを目指す。そっちはそっちで勝手にしてて」
『てめぇ……っ! マジで戻ってくる気ねぇんだな!? 後悔すんじゃねぇぞ!』
『まあまあ、社長。こっちには私もいますから……落ち着いてくださいよ』
これは高野か? 電話越しにそんな声が聞こえてきたのだが、社長は何やら苛立った様子だ。
『てめえはさっさとあの二人をなんとかしやがれ! 最近あいつらのことで色々問題になってんだよ! 何だよこの前の配信はよぉ!』
『ひぃ! す、すみません……っ!』
ただ、あまりうまくは言っていないようだ。社長の怒鳴り声に、高野がビビっている雰囲気が伝わってくる。
……空気が非常に悪い。
「私は戻るつもりないから。退職関係以外で必要のない電話はしてこないで。それじゃあ」
『ふざけんじゃねぇぞ! おい、澪――』
澪奈が一方的に言い切ってから、通話を切った。
珍しく怒った顔をしていた彼女がスマホをこちらに向けてきて、俺は受け取る。
「……向こうは、色々バタバタしてるみたいだな」
「もちろん、私とマネージャーがいなくなったんだから当然。今の勢いを活かせれば、絶対伸びるし……伸ばすから」
澪奈が固い決意とともにそう言ってからこちらに顔を向ける。
「だから、これからも……私のマネージャーとして、支えてほしい。よろしく、お願いします」
「……ああ、もちろんだ。澪奈の夢が、俺の夢にもなったんだ。絶対、かなえような」
「……うん。ありがとう。一生傍で支えてくれるんだね」
「まあ、俺の力が必要な限りはな」
「婚姻成立?」
「そういう意味じゃない。ほら、今日の配信の準備でもするぞ」
澪奈のいつもの冗談に苦笑を返しつつ、立ち上がる。
……この一か月ほどで俺の生活は大きく変わったけど、それでも俺のやることは変わっていない。
澪奈をトップMeiQuberにすることだ。
ただ、恐ろしいのはこれで事務所とは完全に敵対関係になってしまったことだ。
とはいえ、俺がやることは変わらない。
澪奈の一番最初のファンとして、これからも彼女の魅力を引き出し続けるだけだ。
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