第29話
ひとまず俺たちは、再び迷宮調査課に連絡をし、再調査を依頼する。
やってきたのは、この前対応してくれた男性だ。
部屋に澪奈と俺を見た男性職員が、ちらと女性を見たが特に触れることはしない。
「……えーと、迷宮の再調査、ですよね?」
「ええ。その、俺の知り合いに迷宮攻略をしてもらったんですけど……それからちょっとおかしくて」
「おかしくて?」
「はい。迷宮が作り替わったって感じなんですけど……」
「……作り、替わった? よくわかりませんが、とりあえず調べてみますね」
……ちなみに、今も澪奈は生放送中だ。さすがに男性職員を映すようなことはせず、音声のみを届けている状態だ。
男性職員が持っていた調査器具を使って迷宮の測定を行うと、
「……こ、これ! Dランク相当の迷宮になっていますよ!?」
「Dランク、ですか」
「え、ええ。階層に関しては……分かりませんね。階層が……ない、のでしょうか?」
「……そうですか」
「とりあえず、上には報告にあげておきますね。ただ、魔物が外に出てくる様子はないのでひとまずは大丈夫だと思いますが、気を付けてくださいね」
「わかりました。ありがとうございます」
……調査自体はすんなりと終わり、男性職員は立ち去っていった。
それから、澪奈がカメラを迷宮へと向ける。
話している間も生放送は続けていて、澪奈が声を上げた。
「ということで、なんかDランク迷宮になったみたい」
〈ということって……どういうことだってばよ?〉
〈さくっと流されてたけど、まったくもって状況が分からん!〉
〈これ、決定的な瞬間で生放送してて良かったな。新しい迷宮の出現かもしれないぞ〉
〈本当にな。ていうか、さっきのシーンが切り抜かれて、それがかなり再生されているみたいだけど、切り抜きとかってオッケーなんだっけ?〉
「切り抜きは大丈夫。切り抜いた人の収益に関しては、まだ検討中です」
こくこく、と澪奈のほうに頷いておく。
……まさか切り抜きされるほどになるとは思っていなかったので、そんなこと一切考えていなかった。
澪奈のコメントのいう通り、先ほどの俺たちのシーンが切り抜かれている。
……結構衝撃的な内容だったようだ。
ていうか、え? Twotterのトレンドに新迷宮のワードが入っている。
これって……この迷宮のことだよな?
そのおかげか、どんどん視聴者は増えていってるし、チャンネル登録者も増えている。
俺が澪奈のほうにTwotterrを見せると、澪奈も俺の意図を理解したようだ。
「とりあえず……今日の目的だったゴブリンリーダーは倒したんだけど、すっかり忘れちゃってた」
〈そういえばそうだった〉
〈ゴブリンくんたち、あんなにぼこぼこにされてたのに……〉
〈不憫すぎて草〉
「それで、なんだけど。明日からはこの新迷宮について攻略していってみようと思います。気になるって人はぜひ、また見に来て」
ひらひらと手を振って澪奈がにこりとほほ笑む。
視聴者は……なんだかんだ20000人を超えている。これは澪奈目当てのファンというよりも、冒険者関係の人が増えている感じだな。
これは……迷宮が再構築されたというイレギュラーのおかげだろう。
「それじゃあ、最後に。スパチャしてくれた人たちのコメントを読み上げていきます」
……一番盛り上がっているところではあるが、気になる人は次の生放送にも来てくれるだろう。
澪奈がそういって、スパチャを読み上げていく。読み上げながらもスパチャがきているので、なかなか大変そうだな……。
「生放送、終わった……っ」
澪奈が伸びとともにそういった。
時刻は二十一時二十分。なんだかんだスパチャを読み上げるのに時間がかかり、この時間となった。
疲れた様子ではあったが、澪奈は笑顔だし満足そうだ。
「色々と考えないといけないことはあるけど、ひとまずお疲れ様」
「うん、ありがとう。でも、結局まだ迷宮は残ったまま。そういえば、声がしたって言っていたけど、マネージャーには何か聞こえてたの?」
澪奈も、俺の発言に深く触れなかったのは、触れないほうがいいと察したからなのだろう。
「……ああ。俺が初めて迷宮に入ったときと同じ声が聞こえたんだ。……なんだったんだろうな?」
「その声、私には聞こえてないから何も言えない……」
「やっぱり、聞こえてなかったんだな」
謎の声の主、については検討してもどうしようもないか。
……ただ、間違いなく俺に【商人】の力を与えたものと共通なのは確かだ。
さっきの声からも悪い印象は感じなかったし、それはひとまず置いておこう。
「まあ、考えても分からないことは仕方ないな。とりあえず明日の予定をどうするかってところだよな」
「うん。だらだらと生放送してもちょっと問題だし、明日は午前中に迷宮の探索をして、頃合い見て生放送にしよう」
「そうだな。って、まあ今日はもういったん仕事は終わりにしよう! 澪奈、ほらそろそろ帰らなくていいのか?」
「今日はお泊り。シャワー借りていい?」
「……忘れてなかったか。ああ、使っていいぞ。ほら、着替えセット」
俺がインベントリから澪奈の着替えが入ったカバンを取り出す。
澪奈がそれを受け取り、キッチンのほうの廊下へと運ぶ。
「マネージャーも、迷宮での戦闘で汗とかかいた?」
「そうだな」
「それじゃあ、シャワー浴びたい? 先に入る? 背中流してあげるけど」
「大人二人も入れるほどうちの風呂場に余裕ないぞ?」
「大丈夫、密着すれば」
「それは常識的に大丈夫じゃないから」
「むぅ……残念」
澪奈が風呂場へと向かい、まもなくシャワーの流れる音がした。
俺は部屋の片づけを行いながら、マットレスをしいていく。
澪奈の分だ。購入したばかりなので、俺のものよりもしっかりしている。
俺のなんて、買ったときの半分くらいのサイズになってしまっているからな。
澪奈の布団を用意した後、なるべく澪奈から離れるようにして俺の布団も敷く。
……これで、まあ大丈夫か? 本当のことを言うのなら、敷居でも作りたいところだがそれは現実的に不可能だ。
俺もシャワー以外の寝る準備をしていると、まもなく澪奈が風呂場から出てきた。
ただ、風呂と廊下が直通であり、そこに部屋があるわけではない。一応、澪奈が泊まるということで、着替えのスペースが必要だと思い、廊下の端と端に突っ張り棒をして、のれんのようなカーテンをつけてある。
その緊急的に作ったカーテン一枚を隔てて、澪奈が着替えを行っている。
……いやいや、意識するな俺。
平常心、平常心、と思っていると、
「わ!?」
澪奈のほうから悲鳴が上がった。
ちらと視線を向けると、ズボンに足をかけた際に澪奈がよろけてしまったようで、こちらに倒れてくる。
上半身裸の、ズボンを中途半端に履いている澪奈が慌てた様子で手をばたつかせていて、俺はすかさず彼女を助けるために飛びついた。
腕を必死に伸ばし、その体を抱きとめる。
「だ、大丈夫か!?」
「う、うん……ありが…………!」
澪奈はそこで、顔を真っ赤にする。
俺も、そこで自分の手が触れる柔らかな感触に気づいた。
……彼女を抱きとめた際の左手が、彼女の左胸をつかんでいて……。
普段なんだかんだ過激な発言を連発する澪奈は、耳まで真っ赤にして顔を伏せている。
そんな澪奈から俺は慌てて手を離した。
「わ、悪い! 悪気があったわけじゃないから!」
「……分かってる、から」
澪奈は顔を真っ赤にしたまま、いそいそとカーテンの奥へと向かう。
……とりあえず怪我がなくてよかった。
そんなことを思いながら、先ほどの感触を脳から追い出そうと、俺は部屋に戻り、精神統一を行う。
すぐに澪奈が戻ってきたが、いまだ顔は真っ赤だ。
「シャワー、浴びてくるな」
「……うん」
澪奈はすっかり静かになっている。
俺が何か言うとセクハラになりそうなので、俺も何も言えずにシャワーを浴びる。
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