二章の三
ショッピングモールの外のベンチ、ねこさんの「寝坊したから先に遊んでて」というメッセージを見ていると、近くでキョロキョロと周りを見回している少女の姿に気がつく。
いつもの長く綺麗な髪は後ろに纏められて、ブカブカの帽子に隠されていた。
元々起伏の小さい身体を隠すようなパーカーで、一見すると美少女なのか美少年なのか分からないような服装だ。
性別を隠すような格好は、昨日の「デート」という発言を気にしてのことだろうと思うと、子供っぽくて可愛らしいように思えた。
「あ、せ、先輩! すみません、お待たせしました!」
「いや、まだ約束の十分前。いつ、ねこさんの姉が来るか分からないから開店前だし」
「……山田さんのお姉さん捜し、うまくいくといいですね」
「いや、普通に見つからないと思うぞ。ここに来る保証もないし、そもそも広過ぎるし、ねこさんもそれは分かってるだろうから、そんなに気張らずに。どっちかと言うと小説の方をメインでいいと思う」
まだ店が開いていないので俺の座っていたベンチにぺたりとアコが座る。
「小説、書いた?」
「……ほんの少しだけですけど。あ、パソコンに入ってるので」
「そうか。どんな感じ?」
「……水着が校則の学校であると書きました」
「そんなプロット作ったのか文豪!?」
「いえ、僕が付け足しました」
「アコさん……!?」
なんでそんなアホな設定を……!!
「男の人って水着好きじゃないですか……?」
「好きでもやっちゃいけないことってこの世にはあるんだよ。というか、男への理解が浅い」
俺がそう言うとアコはほんの少し迷ったような表情をして、それからベンチから立ち上がる。
「分からないです。男の人の気持ちが。……あの、なんで、僕のお願いを聞いてくれたんですか?」
「なんでって……」
そう俺が答えようとしたとき、アコは続ける。
「……変なことを聞きました。先輩はすごくいい人だから、ですよね」
ほんの少し悲しそうに感じる表情。
それは一瞬で、すぐに笑顔を俺に向ける。
「えへへ、ありがとうございます。先輩みたいないい人に頼んでよかったです」
「……いい人ではないぞ。普段は絶対に断ってる。アコのも、もちろん……ねこさんのも」
アコの表情が驚いたように固まる。
「……や、山田さんにヤキモチ妬いてたの気づいてたんですか?」
「いや……そういうわけでもないけど」
「…………あれ、また僕、墓穴を掘りました!? き、聞かなかったことにしてください、やきもち妬いたって!」
「……おう」
「それで……普段はってどういうことですか?」
ポスリと座り直して俺の方を見る。……それでいいのか。
「……アコは、俺のこと好きなんだよな」
「へあっ!?」
「……隠し事ってわけでもないんだけど、俺の名前をググれば出てくるし。俺、かなり小さい頃に誘拐されてな」
「……えっ」
「……なんか、自分の子供は持てないけど、どうしても子供がほしくて……とか、まぁそこら辺はネット記事が書いてたことだけど。10歳ぐらいまで、誘拐した人を本当に親だと思ってた」
アコが言葉に澱んだのを見て、誤魔化すように笑いかける。
「んで、その人の……親と思っていた人の命日だった。その人を本当の親と思っていたけど、今はちゃんと血が繋がって……ずっと探してくれていた家族のところに帰ってきて。……その人の葬式や法事に、出れるわけないよな、今、すぐそばにいる本物の家族からしたら何がなんでも許せないような奴だ」
流石に暗い話をしすぎたか、適当に笑みを作る。
「……だから、弔いをしたいみたいなことを、七回忌の日に言われたら、どうしてもな」
「その、すみません」
「いや、救われたって話だ。……ありがとう、俺を誘ってくれて」
気まずそうに、けれども俺の言葉が本当だと分かったのか俺の方を見て小さく頷く。
「よし、そろそろ開く時間だな。朝飯は食べたか?」
「あ、はい。食べてきました。……先輩は?」
「俺ももう食べてきた。買い物したいとか、小説の取材をしたいとか、そういう場所はあるか?」
「……えっと、ゲームセンターとか、でしょうか? あと映画も……ですけど、映画は山田さんの目的から離れるので」
「本人が遅刻してるからもういいと思うけどな」
じゃあまずはそこに行くか。と立ち上がり、開いた店内に足を踏み入れる。
「あんまり早く来たことがなかったから、全然人がいない店内は少し新鮮ですね」
「コメディの方は書けるのか?」
「……任せてください」
「不安だな……」
なんか真面目だしズレてるし、苦手そうな感じがする。
「……今から面白いことを言います」
「!?」
「面白いところを見せて、先輩を安心させて見せます」
「……いいのか? やれるのか?」
「はい。やってみせます」
アコはスッと息を吸う。
「サスティナブルに目覚めたメスガキ「エーコ♡ エーコ♡」」
「…………」
「…………」
「…………」
「僕を殺してください」
「いや、まぁ、俺は面白いと思ったよ」
「ならなんで黙ったんですか」
「…………」
いや、まぁ、方向性が思ったのと違って。
ゲームセンターに着いたが、施設全体の開店とは開店時間が違うのか機械が動いている気配がない。
「開いてないし、そこの喫茶店で待つか」
「は、はい」
こうして隣を歩くと背の小ささがよく分かる。歩幅に気をつけていなければすぐに置いていってしまいそうになる。
「どうかしましたか?」
「いや、何にする?」
「ん、んー、アイスコーヒーで」
「俺もそれでいいか」
ふたつ頼んで受け取ってからふたり掛けの席に座る。
アコは少し落ち着かない様子だが……まぁよく考えたらそれもそのはずだ。
俺のことが好きらしく、俺がそのことについて何も言っていないのだから。
「……俺のことを何で知ってたんだ?」
「えっ、あ……その、それは……取るに足らないことなのです」
「……?」
よく分からないと思いながらアイスコーヒーにガムシロップを入れる。
無色の液体が黒いコーヒーに馴染んでゆらりと溶けていく。
アイスコーヒーの結露に指を這わせたアコは恥いるように俯く。
「……人は、動物ですから。僕たちくらいの年齢になると、異性への関心が高まって、動物的な欲求から恋やらに浮かされて、浮つく。……まぁ、そうでない人もいますけど、僕はそうだったようで」
ストローをアイスコーヒーの中に入れて、カラリと氷の音を立てる。
「思春期らしく、動物じみた、そんな水に浮く氷よりも浮薄な感情でして」
説明になっているようでなっていない。
恋に恋する年頃と言いたいのだろうが、だとするとよく知らない俺が相手というのは妙な話だ。
……けれども、自分を貶めても隠したいという意図は伝わってきた。
「……そんな薄っぺらな感情に付き合わせて、辛い過去のことまで話させて……申し訳ないです」
「いや……そんな落ち込むことでもないと思うけど……俺が勝手に話したことだしな」
今の微妙な関係性について何か言おうかと思ったけどやめとくか。
「……おじいさんとは仲良かったのか?」
「えっ、あっ……いえ、それは……その……」
アコは口籠る。
こんな風に時間と手間をかけて弔おうとしているのにすぐに答えられないことに違和感を覚えていると、アコは小さく首を横に振る。
「……祖父には、たぶん、嫌われていました」
「こんなことしてるぐらいおじいさん想いなのにか?」
「僕の方は、祖父が好きでした。……生前の、罪を拭うためという意識もあります」
「罪って……あー、いや、いい。答えなくても。……けど、まぁ、部外者が話も聞かずに勝手な意見を言うんだけどさ、北倉アコはすごくいい子だから、たぶんその罪とかなんとかは勘違いだと思う」
アコは俺の適当な発言を聞いてクスリと笑い、唇をストローにつける。
……やっぱり、人間って生きていると色々あるものだな。悩みとか、そういうの。
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