願わくば、未完であれ。

人間 越

願わくば、未完であれ。

『――えらく身勝手な独白をどうか許して欲しい』


 書き出しはこんなものだろうか。

 ほんの少し目に入った題材で思案を始めて十分弱。なんだ意外と動くじゃないかと、気分は埃まみれの機械を動かす持ち主のようだ。ただ不安にさせるようなガチャガチャという異音が混じっているから気は抜けない。

 機械――小説を書く頭の部分はどこにあるのだろうか。少し前はよく使っていて、それこそ手入れもちゃんとしていたのに、最近じゃどこにあるのかも分からない。こうして時折引っ張り出してはおっかなびっくり使う始末だ。


 小説家になる。

 そんな夢を掲げて、十年くらい。

 時間ばかりが過ぎ去り、学生の身分から社会人へと成り果てた。夢を掲げてしばらくは頑張っていたかと思う。プロになる奴の努力かと目を背けたくなるが、今と比べればよっぽど熱中していた。

 ただし、実は結んでいない。

 目標立てたは良いものの高校生で作家なんて現実味に欠けるだろうと、自分を慰め、高校生ながら作品を完成させ賞に送ったことに意義を見出した。そして大学四年あればと高を括った。

 大学四年あってもなれなかった。在学中にデビューなんて現実味に欠けるし、仕方ない。社会人になっても諦めないで頑張ればいい。今は就活、そして人生最後の学生期間。今しかできないことをしよう。幸いにも、執筆の経験は仮初の志願先にも好印象である。

 かくして、社会人。

 ほぼ書いていない。大学の終盤から書いていない。

 仕事をしながらの執筆は、これまで以上のハードルであったが、それにしても、だ。

 そのくせ、職場の会話では目標は小説家です。

 大したホラ吹きである。


 Q.休みの日も書いてんの?

 A.まあ一応。でもちょっとスランプで。


 書いていない。

 何もしていない。

 小説家になるなんて夢は、もはや免罪符に成り下がっていた。

 仕事で上を目指さないための、或いは他とは違う自分を演出する飾りのような。

 

 学生時代、小説家になれる。

 なんの根拠もないが、なれる未来を疑っていなかった。

 社会を知らない故の無邪気さか、自分の至らんとする場所の門の狭さを図る手段を持たないゆえの未熟さか。若さ、なんて纏められるほど自分はまだ置いてはいないはずだが。

 ともあれ、その未来から俺は少しずつ遠ざかっていた。社会人になって書かなくなってからではない。大学で他の人生経験も重視し始めたタイミングから、いやもっと前、小説家になれないままに高校を終え安牌な進路を選んだ時かもしれない。そもそも現実味とはなんだ。作家になるに妥当なタイミングなどあるものか。小説家になるとはいえ、賭け皿に人生を乗せずに片手間に目指して来たから――。

 いや、過去に責任転嫁するべきではない。そうする権利はあるが、それで得る解決は考えるのを止めて寝て忘れることと変わらない。


 ふむ、今のはいいな。鍵括弧で括るか。止めておこう。

 別にこの葛藤は作品との対話じゃない。それに小説家への熱を取り戻し、前向きになろうという話でもない。

 そんなのはドラッグと一緒である。すぐに効果は切れる。長続きしない。


 書ける書けない、書く書かない。何のために書く。どうして書ける。

 自分のことながらそれが分からないのだ。

 つまるところ書く時には書ける。それだけだ。

 書けない理由を挙げればそれは、気分が乗らない、構想が湧かない、仕事が忙しい。

 書かない理由を挙げれば、やる気が出ない、明日の予定に響く、なんか思い通りにいかない。

 枚挙にいとまがない。

 それはそれで仕方のないこと。少なくともこれまではそういうことにしてきた。これからは分からないが。


 しかしながら、書いていないことを恐ろしく感じるのは、小説家になれないからか。

 ならば、どうして小説家になりたいのか。

 何故、物語を書きたいのか。


 究極、――――――――――――よい。


 小説家になることを、およそ正しい根拠をもって強いる者はどこにもいない。

 それは動機、理由ないことには生を止める選択肢を持ちうる現代人類の生に似ている。止めたところで何も起こらない。せいぜい少しニュースになる程度だろう。悲しむ者はいるだろう、憤る者もいるだろう。だが、その決断を否定することが出来るのは、咎めることが出来るのは自分だけだ。


 本当を言えば、こんなことを考えてはいたくない。

 なんで書くのか、なんで書けないのか、なんのために書くのか。自分は小説家になれるのか。小説家になりたいのか。小説家になって食べていけるのか。何人分養えるのか。


 考えたくはないが、書いていないと考えてしまう。

 仮初の仕事をしている時や、通勤の電車の中、寝る前にでも考えてしまう。

 こんなことを考えずにいられる時。

 それはきっと唯一、作品を作っている時、物語を書いている時だけだ。


 だからこそ、思う。

 身勝手にも、希う。

 どうかこの物語よ、完結しないでくれ。

 書き終わらせないでくれ、と。

 

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