「貴方の人生、買って差し上げましてよ」〜助けた美少年が侍従から婚約者になりました〜

ネコ助

第1話「貴方の人生、買って差し上げましてよ」



「貴方の人生、買って差し上げましてよ」


そう言い放ったメルティーのことを、眩そうに見つめる薄汚れた少年。

そんな少年を見て、メルティーは鮮やかに笑った。





話は遡って、数日前。

メルティーこと、メルティアーノ・ステファン・リリアーベル公爵令嬢は、自身の成人でもある17歳の誕生日会にて着るドレスを選んでいた。


「お嬢様は肌も白く、お髪も艶やかなキャラメル色。このワインレッドのドレスなんていかがです?」


「そうねぇ、大人っぽくて素敵。でも少しフリルが多くないかしら?」


「ではこちらのフリルを取り除き、腰元にリボンを足してはいかがでしょう」


メルティーは自分付き侍女であるアンナとそんなやりとりをしながら、一月後に迫る誕生日会に想いを馳せる。


(わたくしが主役なんだもの、欠席なんて許されるはずないわ。でもあのアホ婚約者…ブラッドと踊らなきゃならないなんて、憂鬱)


メルティーはリリアーベル公爵家の次女である。少し切れ長な琥珀色の瞳、美しいキャラメル色の髪、出るとこは出てひっこむところはひっこんだ抜群のスタイル。夜会に出れば美しい所作に優雅なダンス、隠れたファンクラブがあるほどの人気だった。

だがメルティーには身分相応であるもう一つの公爵家、サンドラ家の次男ブラッドとの婚約が決まっていた。

だがしかし、そのブラッドが問題だった。

ブラッドは次男のため、家を継ぐ必要はない。そのせいか公爵家の子息という自覚が薄く、夜会に出席しては令嬢を取っ替え引っ替えしているというもっぱらの噂である。

──婚約者であるメルティーがいるのにも関わらず、である。


(いくら幼い頃に決められた婚約であるとはいえ……あのアホに嫁がなきゃならないなんて。ああ、もしも婚約解消できるならどんなことでもするのに)


そんなことを考えていたメルティーの顔が曇っていることに気がついたのか、アンナが「少し休憩いたしますか?」と声をかけてきた。そこでハッとしたメルティーは、アンナに笑顔を向けてありがたくお茶を頂くことにした。


(顔に出てたなんて……公爵令嬢なんだからしっかりしなくては)


そう思いながらメルティーは自身のこの先を憂いたのであった。




ドレス選びが終わった後、メルティーは父に呼び出された。

メルティーの父、フラントヘイム・リリアーベル公爵は王宮に文官として仕えている。性格は穏やかで真面目、メルティーやメルティーの兄・姉にも優しく接する、メルティー自慢の父である。


コンコンコン


メルティーが父の書斎をノックすると、中から「入りなさい」と返事があった。

入った先には、つい先ほどまで机で書き物をしていたらしき様子のフラントヘイムがいた。


「お父様、なにか御用でしょうか?」


「ああ、メルティー。来てくれてありがとう。実はね、君の誕生日プレゼントなんだが……」


「まぁ、プレゼント。お気遣い痛み入ります」


「ああ、いやいいんだ。可愛い娘の成人だからね。それで、プレゼントなんだが……なんでも一つ、願いを叶えるのはどうかな?」


「なんでも……」


メルティーの脳内をよぎったのは、ブレッドとの婚約解消だ。しかし、それをお願いするにはメルティーはあまりにも責任感がありすぎた。一瞬よぎった考えを捨て、メルティーは考える。しかし、すぐには他の願いは思いつかなかった。


「……お父様、少しお時間を頂いても宜しいでしょうか?」


「うん、構わないよ。ただ、なるべく早めだと助かるかな」


フラントヘイムはにっこりと笑い、さて食事に行こうかとメルティーに言った。



それから数日後。

メルティーは父からの誕生日プレゼントを何にしようか考えながら、街へ出ていた。

街に行けば欲しいものが見つかるのではないかと思ったためだ。


「お嬢様、あちらに素敵なガラス細工がございますよ」


「あら、本当。行ってみましょう」


侍女のアンナに誘われ、ガラス細工のある店に行こうとしたそのとき、メルティーの目の端に一人の薄汚れた少年が映る。しかもその少年の腕を恰幅のいい男性がガッチリと掴んでいた。


(こんなところにあんな少年が……あの男性の子どもにしては服装に差がありすぎるわ)


メルティーは疑問に思い、その二人を目で追う。少年が掴まれている腕の細さを見ると、大分細いようだ。

二人はガラス細工の店に行く途中にある細い路地へと進んでいった。


(なんでしょう、胸騒ぎがするわ)


メルティーは勘が鋭い。それは昔から持っている特殊能力と言っていい。

胸騒ぎを信じ、メルティーはアンナに警備兵を呼ぶよう声をかけると二人を追いかけた。

ちなみに、リリアーベル公爵家には裏の顔がある。表向きは文学に優れた者を多く輩出する家だが、裏では格闘技にも優れている。

メルティーも例外ではなく、幼い頃から格闘技を学んでいた。


そんなメルティーが追いかけた先では、先ほどの少年がいかにも怪しい男に引き渡されるところだった。

(まさか、奴隷商?)

メルティーはすぐには声をかけなかった。

まだ金銭のやりとりはしていない。金銭のやりとりが成立して初めて、捕えることができる。


メルティーは影に隠れ、男と男のやりとりを見つめる。薄汚れた少年は、俯いて逃げる様子はない。


怪しい男は少年の顎を掴むと、グイッと上に向かせた。そしてじろじろと顔を見ると、納得したように頷いて懐に手を突っ込んだ。そしてその手には、硬貨が入っているだろう袋があった。


(もう少し……!)


その手に持つ袋が怪しい男から少年を掴む男の手に渡った瞬間、メルティーは飛び出した。


「あらそこのお二人、なにをしてらっしゃるの?」


いかにも今発見しましたという顔で、メルティーは男達に声をかける。

男達は肩をびくつかせた後、メルティーを見、安心したような顔をする。


「なんだ、お嬢ちゃん。俺たちはただ世間話をしてただけだ」


怪しい男はそう言いながら、さりげなく少年の肩を抱く。金を受け取った男は、その袋を懐に入れた。


「そう? それにしても、その子随分と汚れているわ。綺麗にして差し上げた方が宜しいのではなくて?」


メルティーは男が金を懐に入れたのを確認し、あとは警備兵が来るのを待つ間男達を引き止めようと話しかける。


「ああ、この坊主は俺の甥っ子でね。迷子になってたのをようやく見つけたんだ。だから家に連れて帰ったらすぐ綺麗にしてやるよ」


怪しい男はそういいながら、少年を離さない。


「そう…迷子だったのね。そしたらお腹が空いてるでしょう。このお金で買って差し上げて」


メルティーは懐から金貨を出すと、怪しい男に差し出す。それを見た男は、さっとメルティーを眺めて値踏みし、金を持ってそうだと判断したらしい。急に小声でメルティーに話しかけてきた。


「お嬢ちゃん…いえお嬢様。実はこの子は甥っ子なんだが、俺ん家と甥っ子ん家はひどく貧乏でして。良かったらこの子を買ってくれませんかね。なんでもさせて構いませんから」


「あら、この子を? そうねぇ、丁度侍従が欲しかったのよね。検討してみようかしら」


そう言いながらメルティーは少年──黒髪に碧眼で、よく見れば顔立ちの非常に整った少年を見つめる。

少年はメルティーをじっと、感情のない目で見つめる。


(なんて可愛い子なのかしら……。待ってて、もうすぐ解放してあげるからね)


そう思った直後、後ろからバタバタと複数人の足音が聞こえた。


(来た!)


「ここです、人身売買をしています!」


メルティーは目一杯叫ぶ。

男達はギョッとし、足音の方向を見つめると、少年を置いて慌てて逃げ始める。

だが警備兵の足の方が速く、すぐに男二人を捕まえた。


その様子を見たメルティーは、ホッとしながら少年を見る。

少年は驚いたような顔をしながら、男達が捕まるのを見ていた。

メルティーは少年に話しかける。


「ねぇ、君はなんて名前なの?」


少年はしばし考えた後、「……レオ」と答えた。


「レオ、素敵な名前ね。貴方はもう自由よ。行く宛はある?」


その問いに対して、レオはしばらく考え、首を横に振る。そして、メルティーを見つめてこう言った。

どうか俺を買ってくれませんか、と。

その発言を聞いたメルティーは、驚いた顔でレオを見つめる。


「レオ、人は買うものじゃないのよ。そりゃあ労働時間とかはお金で人を買ってるわ。でもそれは契約があってのことよ。レオがウチで働きたいなら検討するけれど、貴方自身を買うことはできないわ」


それを聞いたレオは、俯く。そして決意を秘めた目でメルティーを見つめる。


「……なら、俺は貴女様に仕えたい。一生……貴女様の側にいたいです。お願いします」


メルティーは、まるでプロポーズのような言葉にドキッとしたが、相手は少年、相手は少年……と心を落ち着かせた。


「レオ……私の側にいることは、並大抵ではないわよ。それでもいい?」


レオは迷いなく頷いた。


「なら── 貴方の人生、買って差し上げましてよ」


こうしてメルティーとレオは、主従関係になったのだった。







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